第95話 白影・3

第九十五話 白影・3


「速い! 速すぎる!」


 一人のカゲロウ操縦士が叫ぶ。刀を中段に構え、全周囲からの攻撃に備える。もはや、速すぎて彼にはどこから仕掛けられるか分からないからだ。


「どこから……どこ……ぐぁ!」


 カゲロウは背後から体当たりを食らい、前方へと姿勢を崩す。どうにか踏ん張ろうとするが、その両脚を切断されてしまい無様にも地面を転がっていった。


「これで十機!」


 ユウは撃破した敵機の数を叫ぶ。その間にもアルヴァリス・ノヴァはオーガ・ナイフを思いきり振り回し、飛び込んできた敵機を斬り払う。


「十……一機!」


 別のカゲロウが袈裟斬りに斬り込んでくる。それをユウは一歩機体を下げつつ、左腕の盾で受け止めた。カゲロウが持つ刀はなかなかの業物なのだが、それでもオニムカデの堅牢な甲殻を加工した盾の前では簡単に止められてしまう。


 わずかに刃が食い込んだまま、盾を強引に引くと同時に大剣の根本の方をカゲロウの肩口にめり込ませる。アルヴァリス・ノヴァは自重を掛けるようにして無理矢理に刀身を圧しこんでいった。


「いけぇ!」


 バギィ、と鉄が破断する音が響き、肩と胴体を繋ぐ関節が分かたれた。急に腕の重量が無くなるのと圧しこまれた反動で尻もちをつく。


「十三!」


 アルヴァリス・ノヴァはそのまま倒れ込んだカゲロウの頭部を踏み潰し、それと同時に新たに襲い掛かってきた敵機の胸部へとそのオーガ・ナイフを突き立てていた。


 そして刃を上に、思いきり斬り上げる。胸の上部から頭にかけて真っ二つに割かれたカゲロウはその場にへたり込むようにして倒れていく。


 カゲロウの操縦士はその様子を自機の操縦席からただ見上げるばかりだった。激しい音を立てて天井部分が切り開かれていき、その亀裂からは逆光と共に二つの目が暗く光る。


「ひっ……!」


 その操縦士はアルヴァリスの顔に何か鬼気迫るものを感じ、思わず声が漏れてしまった。その相貌はまるで御伽話に出てくるような鬼のような……。




 * * *




「凄い……完全に流れが変わった……」


 眼下にイースディアの街並みを見下ろしながらクレアはポツリと呟く。先程からどうにか地上の対空火器を避けつつユウ達を支援していた。なので戦況をこの場の誰よりも把握していた彼女だからこそ分かる。さっきまでのホワイトスワンは明らかに劣勢だった。


 帝国軍でも精鋭が集まる侍衆を相手に、ヨハンとネーナはよく戦っていた。明らかに格上の相手とも渡り合い、ギリギリだが打ち破りもした。


 だが、本来の作戦ではここまでの強敵の存在は考慮していなかった。侍衆や角付きが多数待ち構えている事は分かっていたが、それらは事前に散布するデストロイアの効果で大半は戦闘不能になっていた筈だったのだ。


 作戦が全て、机の上で考えた通りに行くことは稀だ。いや、ほぼ無いと言っていいだろう。だからこそ戦場では作戦目標に向かって臨機応変に対処していかねばならない。ならないのだが、いくらなんでも多勢に無勢、ステッドランド・ブラストとカレルマイン、それとレフィオーネの支援だけではいつか負けてしまう。少しずつ理力甲冑の動きも鈍り、手にした刃は欠け、銃弾は尽きる。




 それがアルヴァリス・ノヴァが出撃したことで、その嫌な流れが大きく変わった。変わってしまった。


 多数の理力甲冑に包囲され、身動きの取れないホワイトスワン。それを必死に守る二機の理力甲冑。縛りつけられ硬直したこの状況を、たった一機の白い機体が覆す。




「鋭い踏み込み……だけど!」


 カゲロウの斬撃をオーガ・ナイフで受け止めたユウはそのまま手首を返す。刀を押さえ込まれてしまった敵機は押すことも引くことも出来ず、動けない所をアルヴァリスからの蹴りを食らって吹き飛んでしまった。


 ユウは正に一騎当千の活躍を見せるのだった。




 今や、半分ほどに減ってしまった敵戦力。このままいけば作戦通りに事を運べるかもしれない。今の所、残存戦力が他から駆け付ける様子もなかった。いや、あれは……。


「……? 新たな敵……?」


 と、ここでクレアは街中を移動する機体を見つける。たった三機、それぞれ異なる色の装甲を纏っており、侍衆のカゲロウではないようだ。


「あれ?」


 一瞬のうちに数が減っている。二機しかいない。見間違いだったのか?


「ッ!」


 突然、クレアは激しい衝撃に襲われる。レフィオーネが何らかの攻撃を受けたのだ。咄嗟にスラスターを吹かし、その場から離脱しようとするが。


「機体が重い……!」


 普段とは異なる挙動、動きが鈍い。理力エンジンを思い切り回すが、思ったほどの出力は得られないでいた。と、ここでようやくクレアはレフィオーネの状況を理解する。


「ヘッヘッヘ……久しぶりだなァ! スカート付きィ!」


 レフィオーネの脚をしっかりと掴む銀色の腕。狼を模した特徴的な頭部。カゲロウのように装甲を減らして防御よりも機動力を選択した機体。


「アンタはあの時の……!」


「そうだよ、アタシグレンダとテーバテータだよッ!」


 白銀の機体はもう片方の腕に持った大振りな戦斧をレフィオーネ目掛けて振るう。反動で振り子のように大きく揺さぶられるが、テーバテータはがっしりと万力のような握力でレフィオーネの脚を掴んでいるため振りほどけない。このままでは分厚い刃で真っ二つに切断されてしまう。


「……それなら!」


 突如、レフィオーネの全てのスラスターがぶわりと向きを変え、激しい風を巻き起こす。全推力を天頂に向けて。そう、地面へと真っ逆さまに落下していく。


「うおおぉぉ?!」


「ほら、早く手を放さないとアンタも墜落しちゃうわよ!」


 理力甲冑二機分の重量とスラスターの最大加速。その二つが合わさり、一瞬にして地面が近づいていく。眼前にはどんどん広がっていく石畳、このままでは墜落の衝撃で二人とも死んでしまうだろう。


「チィ!」


 堪りかねてグレンダはレフィオーネを蹴り飛ばすようにして離脱する。そのまま空中でクルクルと器用に回転し、まるで猫科の動物のように両手両脚で華麗に着地した。対するレフィオーネは蹴られた反動とスラスターをうまく偏向させて水平にカッ飛んでいく。


「相変わらず無茶苦茶な機体と操縦士……ねッ!」


 イースディアに広がる民家の屋根を少しずつ削りながらもレフィオーネはなんとか機体を立て直そうとスラスターを何度も吹かす。ようやく安定したと思った瞬間には、再び最大出力で加速しなければならなかった。


 クレアの目に映ったのは、青い空へと高く跳躍する銀色の機体、テーバテータが斧を振りかぶってこちらへ突っ込んでくる姿だった。


 民家を文字通り真っ二つに断ち割ったテーバテータはゆっくりと空を飛ぶレフィオーネを睨みつける。


「お前ら、たったこれだけの数でこの帝都に攻め込むとか……ほんと頭が足りねぇんじゃねぇの?」


「うっさいわね、アンタみたいに敵へ突っ込むだけが取り柄の奴に言われてくないわ。まぁ、そんなアンタにこっちの作戦を話しても? 少しも理解できないでしょうけどね」


 ザリザリと雑音が混じり、元々歪んだ音声を発していたテーバテータの外部拡声器スピーカーからはグレンダの怒りが漏れ出すかのようだ。


「よし決めた。テメェはバラバラに引き裂いてから殺してやる!」


 直後、レフィオーネとテーバテータは引き絞られた矢が放たれるかのように跳んだ。





 * * *





「そろそろ現れる頃だと思いましたよ」


 ユウは振り返らずに背後の理力甲冑へと話しかける。


「ふむ、だいぶ派手にやっていたようじゃないか。しかし困るな、こういう時には私も呼んでもらわないと」


「いやぁ、連絡先を知らなかったもので……次は必ず呼びますから」


 アルヴァリス・ノヴァは対峙していたカゲロウを一息に斬り捨てると、ゆっくり振り返った。そこには黒と黄の装甲にアルヴァリスと同じ理力エンジンの音。装甲形状はステッドランドに似ているが、骨格はどちらかというとアルヴァリスと同じようだ。


 ユウは改めてその機体、ティガレストを見据える。


「次……次か。果たしてその次回は訪れるのかな?」


「確かに……とりあえず、先の事は……」


 アルヴァリス・ノヴァは静かにオーガ・ナイフを構え、それに応えるようにティガレストも腰の片手剣を抜いた。


「戦った後に考えましょう?」


 白い理力甲冑と黒い理力甲冑はほぼ同時に跳び、凄まじい衝撃と共に衝突した。







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