第95話 白影・1

第九十五話 白影・1


 白色に塗装された流線型の船体はあちこちに銃痕と爆発跡が増え、独特な高音を発していた大型理力エンジンの騒音は先程よりも弱々しいものとなる。


 ホワイトスワンの周囲をステッドランド・ブラストとカレルマインが防衛しているが、それでも全ての攻撃を防ぐことは出来ない。侍衆の理力甲冑カゲロウに混じって帝国軍のステッドランドが何機か見える。どうやら、ガス状兵器デストロイアの難を逃れた機体が侵入者であるホワイトスワンの迎撃に到着したようだ。


 カゲロウだけなら近接兵器のみの武装なのでホワイトスワン防衛もまだどうにかなるが、ステッドランドはそれぞれに小銃やバズーカ砲などを担いでいる。集中砲火、というにはまだほど遠いが、動かないホワイトスワンは彼らにとっていい的でしかない。


「ううう! レオ、弾幕薄いデス! しっかりするデス!」


「……!」


 ホワイトスワンのブリッジ、そこでは大きな声で指揮する先生と船体外壁に取り付けられた機銃を操作するレオ、そして無線を介して各機体の戦闘状況を中継するリディアの三人が必死に己の役割を全うしていた。すでにブリッジの窓という窓は爆発の衝撃で割れており、中はガラスの破片が散らばっている。


「理力探知機レーダーに感アリ! 街の北側から敵機の集団が接近!」


「クレアに足止めさせるデス!」


「了解! クレア、聞こえる?!」


 リディアの問いかけにすぐさまクレアが反応する。短距離の割に雑音が入っているのはあらゆる周波数無線がこの場で飛び交っているからだろうか。


「ええ、聞いてたわ。少しの間スワンを守れないけど、なんとか持ち堪えてちょうだい」


 窓枠に残っていたガラス片がカタカタと震え、レフィオーネの理力エンジンとスラスターの音が次第に遠ざかる。それを機に、船体への衝撃が一層強くなったように感じる。かつてグレイブ王国にてホワイトスワンの船体を改修した際、各所へ装甲板を追加したのだが流石にここまで攻撃に晒される想定はしていない。


「くぅぅ! このままじゃジリ貧デス!」


「そんなこと言っても! ファルシオーネ部隊を一部、こっちに呼ぶ?! そうすれば……」


「それは駄目デス、ファルシオーネには街の外で大多数の敵を惹き付けて貰ってるデス。それをこっちに呼ぶという事は、その敵まで街中に入れてしまうデス!」


 オーバルディア帝国首都イースディア、その周辺では数多くの帝国軍とスバル率いるファルシオーネ部隊が戦闘を繰り広げている。スバルらの役目はその帝国軍を街の外に釘付けにすることであり、彼らはさらなる増援を食い止めているに等しいのだ。




(ボルツ君……ユウ、まだデスか……?)


 先生はホワイトスワンの格納庫にいる二人をただ、信じて待つ。




 * * *




 一方、ホワイトスワン格納庫。


 そこには白い理力甲冑が鎮座していた。その周囲にはいくつもの配線と接続器、そしてやたらゴチャゴチャした機械が散乱していた。それらは先生が開発した新兵器、理力砲の構成部品なのだが、つい十数分前の発射時、あまりの高エネルギーに耐えられず半壊してしまったのだ。


 そして今、理力砲の心臓部として接続されていたアルヴァリス・ノヴァの切り離し作業が行われている真っ最中だった。


「ボルツさん、まだですか?!」


「ユウ君、落ち着いてください。焦っても状況は好転しませんよ」


 普段から冷静なボルツはこんな時でも冷静だった。戦闘の振動で小刻みに揺れる中、彼はアルヴァリス・ノヴァの背面で理力エンジンの最終調整に入っていた。


 先程まで理力砲、及びホワイトスワンの大型理力エンジンと同期していた為、アルヴァリスに搭載されている理力エンジンは目一杯稼働するように設定されていた。それを戦闘用に安定した出力になるよう戻しているのだ。


 ドォォン……


 ホワイトスワンの近くでバズーカ砲が着弾したらしく、大きな振動は操縦席で待機するユウを体の芯から揺らした。


「うっ……敵の攻撃が激しく……ボルツさん、大丈夫ですか?!」


「……ん? どうかしましたか?」


「いえ、なんでもないです……作業に戻ってください……」


 この痩身の男は自身のこめかみに銃が突きつけられても今のように動じないのだろうか。つい、そんなことを思ってしまうユウ。


「……ユウさん。戦況は芳しくないようです」


「え? あ、そうですね。だから早く……」


「こういう事を言うのはスワンの皆さんを裏切る事に等しいと分かっているんですが、敢えて言わせてください。もし、どうにもならないとなったら直ぐにしてください」


「……ええ?!」


「帝国軍も一国のちゃんとした軍隊です。ちゃんと投降の意思を見せれば悪いようにはしない筈、それにアルヴァリスの理力エンジンを交渉材料にすれば先生や他の皆も命だけは……」


「ボルツさん」


 ユウは彼の言葉を遮る。




「大丈夫です。僕は、僕達は必ず勝ちます」




「……どうやら、少し弱気になっていましたね……すみませんでした」


「いえ、なんかボルツさんでも緊張したり弱気になるって分かって少しホッとしてます」


「はは、そうですか? 私は今も脈拍が落ち着かなくて困ってるくらいですけどね」


 二人して静かに笑い合う。


 ユウは自身の強張っていた両手に気付き、ゆっくりと開いた。口ではああ言ったが、彼自身も知らず知らずのうちに緊張していたようだ。


「……と、調整は終わりました。直ぐに出撃出来るようにするので、ユウ君は理力エンジンを始動してください」


 ユウは操縦桿をしっかりと握り直し、アルヴァリス・ノヴァと理力エンジンを起動した。低い唸りを上げ人工筋肉の保護液が循環し、理力エンジンの何かが高回転するような高音は次第に音程が上昇していく。それはまるで何かの楽器を奏でているようにも聞こえた。


「ユウ君、普段の理力エンジンは壊れないよう一定の回転数以上には回らないようになっています。ノヴァ・モードはそれを無理やり解除してるようなものなんですが、今回の調整は通常でもかなりの高回転域まで回るようになってます」


「……うん、この感じ……限界までパワーを使い切れそうな気がします。これなら不安はありません」


「その様子なら大丈夫そうですね。でも気を付けてください、無理に回し過ぎるとエンジンの耐久性を超えてしまうかもしれませんので」


 そう言うとボルツは理力エンジンが納められているハッチをバタンと閉め、その上から装甲を取り付ける。




「さぁユウ君! 作業は終わりました、どうぞ行ってください!」


 ボルツが無線機を通して操縦席にいるユウへと合図を出す。すると背部の理力エンジンが力強いうなりを上げ、そして白い機体はゆっくりと立ち上がる。


 白い装甲はより目立つようにフチを鮮烈な赤で彩られ、背部には大きな出力を生み出す理力エンジンが。機体の各部には圧縮空気を噴出させる姿勢制御用スラスターが配置され、より高機動な動きを可能にする。


 腰には一振りの剣、左腕には装甲と同じ白の頑強な盾。背中には異様な雰囲気を纏った大剣を背負い、両腕には最新式の自動小銃アサルトライフルを携えていた。


 精悍な顔つきの鋭い目つきが光ったように見え、その理力甲冑は出撃準備を終えた。格納庫と外を隔てるハッチの向こうでは、仲間が今も必死に戦っている。




「ユウ・ナカムラ……アルヴァリス・ノヴァ、出撃ます!」


 アルヴァリス・ノヴァはわずかに屈むと、その場で一気に跳躍し、格納庫から外へ出る大きなハッチを思いきり蹴り飛ばした。






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