第94話 5

第九十四話 衝突・5


「うおおおぉぉ!」


「でえぇりゃあぁ!」


 二人の雄たけびがクレメンテの街に木霊こだまする。グラントルクとゴールスタ・プラスが互いに互いの顔面を殴りつけた。


 轟音と共に吹き飛ぶ装甲の破片、細かな部品。


 ゴールスタの左腕と、グラントルクの右腕が交差するようクロスにして重なりカウンター、両者はお互いの顔面にその拳をめり込ませたまま、動きを止めてしまった。この一撃は互いにとってトドメの一撃となるだろう、この場にいる誰もがそう思った。勝ったのはどちらだ、もしや相討ちか?


 グラリ、とグラントルクが姿勢を崩す。まるで全身の力が抜けたかのように、その場へと今にも倒れ込もうとしていた。




「……まだ勝負はついちゃいねぇぜ!」


 シンは腹の底から叫ぶと、萎えかけていた両足に気力と理力を振り絞る。軸となる右脚をしっかりと大地に突き立て、体幹を固定する。そして腰と上半身を連動させつつ左脚を大きく弧を描くように蹴りだした。遠心力と重量を乗せた足刀は速く鋭く、ゴールスタの右膝へと叩きこまれる。


「ぬぅぅ!」


 鋼鉄と鋼鉄が激しくぶつかり、その衝撃は関節部の機構へと大きな負荷を掛ける。だがこの程度の打撃、ゴールスタ・プラスはこれまで何度も耐えてき――――


 ガァン、と弾ける音。


 ゴールスタの膝関節がまるで破裂するかのような勢いでバラバラに破壊されてしまった。片足を喪った機体はゆらりと震え、そしてその場に崩れ出す。咄嗟の出来事だからか、それとも受け身すらもう取れないのか、ゴールスタは地面を大きく揺らしながら仰向けに倒れ込んだ。


 その光景に誰も我言葉を失った。ドウェインとゴールスタが敗れた。


 激しい戦闘の衝撃と負荷は見た目よりもゴールスタ・プラスの機体を痛めつけていたのだ。元々超重量級であるゴールスタはその下半身に多大な負担を強いる。そしてとうとう、その重量と負荷に膝関節は耐えきれず、殆ど自壊するように砕けてしまったのだ。




 巻きあがった砂煙が落ち着くと、そこにはグラントルクがゴールスタを見下ろしていた。


「……この勝負、儂の完敗だな」


「…………」


「だが、。まぁ、これも戦争というやつよ……悪く思うなよ、若造?」


 その瞬間、銃声と理力甲冑が地を掛ける音が響く。通りの向こうからは鈍色のステッドランドが二機、こちらへ向かって来るではないか。


「シン! 加勢に来たぜ!」


「ちっ、こんなにいやがるとはな……!」


 グラントルクの無線機からクィンシーとネストの声が。だが、それを聞くシンの表情は暗いままだ。


「すまねぇな、お前達……」


「どうしたシン?! どこか負傷したのか?!」


「……まさかその機体、ドウェイン・ウォーの乗機か?! それを倒すとは……よし、あとの雑魚は俺たち二人に任せろ!」


 二人の機体はそれぞれ得物を担ぎ、グラントルクとゴールスタ・プラスの周囲を取り囲む帝国軍のステッドランドへと襲いかかろうとする。




「連合軍に告ぐ! 今すぐにすべての戦闘行動を停止しろ!」


 突然、無線機と外部拡声器スピーカーから戦闘停止が呼び掛けられた。無線はあらゆる周波数で呼びかけられており、どうやら相手は帝国軍のようだ。


「な……?! どういう事だ?!」


 驚くクィンシーとネストは何が起きたのか理解できない。と、そこへドウェインがゴールスタの外部拡声器を使って呼び掛けた。




「現時刻を以って、都市国家連合軍北方司令部、並びに議会場は我々帝国軍が占領した。また、それに伴い主要な人物も拘束している。こちらとしてはこれ以上の戦闘を望まない」




「…………!」


「どういう事だよ、シン!」


 グラントルクの胸部装甲が酷い音を立てながらゆっくりと開く。そこに現れたシンはひどくボロボロで、あちこちを負傷していた。


「どうもこうもねぇ、負けちまったのさ。俺たちは」


 ただ、淡々と呟くように、事実を述べる。そう、敗けたのだ。




 ドウェインは自身がシンと戦っている最中、歩兵部隊へ司令部の攻撃を命じていたのだ。結局のところ、帝国軍にとっての勝利条件とは北方司令部の掌握であり、理力甲冑部隊を全滅させることではない。ここでドウェインが勝とうと負けようと、大勢には何ら影響しないことを最初から彼は承知してシンとの一騎打ちに臨んだのだ。


「だまし討ちのようなやり方ですまんな、若造」


「へっ、最初から分かってた事だ。街中へテメェら帝国軍を降ろさせた時点でクレメンテの陥落は決まっていた……後は早いか遅いかの違いだ」


 シンの言うとおり、この結末はほぼ決まっていた。多数の地上部隊を展開して連合軍戦力を可能な限り分散し、街の中を手薄にする。そして制圧を目的とした歩兵部隊を擁する空挺部隊が一気に軍中枢を制圧する。クレメンテを防衛するためにはこれらを看破し、飛行船部隊を近づけさせなけれはいけなかった。


「……おっさんさえいなければ、俺一人で降下部隊は全滅出来たのによぉ……」


小童こわっぱが、ほざきよる……!」


 シンの軽口に獰猛な笑みを浮かべるドウェイン。だが彼の胸中ではその通りかもしれなかったという疑念が渦巻く。もしドウェインがこの作戦に参加していなかったなら、果たしてこの黒い理力甲冑を誰が止められただろうか。最悪、本当に理力甲冑部隊が全滅すれば歩兵部隊は十分な支援を得られずに敗走していたかもしれない。




「さて、疲れているところ済まないが、貴様ら理力甲冑の操縦士は拘束させてもらう。……頼むから暴れたりしないでくれよ?」


 よっこいせとドウェインがゴールスタの腹部から出てくる。激しく損傷した装甲はハッチを開けるのにも一苦労したらしく、最後は力任せに無理やりこじ開けていた。そして自身の機体を改めて眺める。


 自慢の重装甲は見る影もないほど損傷し、右腕左足は完全に破壊されている。装甲の下の人工筋肉もそうとう劣化しているか、破裂しているだろう。それに内部骨格インナーフレームもひどく歪んでしまって使い物にならないはずだ。


 そしてそれは、相対した強敵も同じ。グラントルクの黒い装甲はすっかりボロボロになり、よく五体が満足に残っているとドウェインは我ながら思う。だがそれは彼が戦いに熱くなり過ぎ、愛機の事を省みなかった故の差だと自省する。


 ゴールスタは超重量級の理力甲冑である。その重量は大きな武器になると共に、非常に危険な諸刃の刃と言えた。確かに重いという事は格闘戦や接近戦において有利に働く事も多いが、それ以上に各関節や内部骨格、特に腰部や膝といった下半身に大きな負荷が掛かり、今回はそれが敗北へと繋がった。


 普段であれば、それらを考慮した動きを心掛けているドウェインだが、今回ばかりは我を忘れてしまった。それだけシンとグラントルクが手強かった証拠であり、ここまで激しい戦闘になったのはあの白い機体アルヴァリスとユウ以外には……いや、あの戦いよりも苦戦したと実感した。


「まったく、ここまでやられるとはな……やっぱり儂も歳かのう……」


「けっ、何言ってやがる。こんな無茶な戦いするジジイがいるかよ」


「んなにおう?!」


 散々なシンの物言いに少しだけ憤慨するドウェイン。シンを拘束しにきた帝国軍兵士も顔には出さないが、心の中では何度も頷いていた。


「だがまぁ……流石に猛将というだけはあるのな、おっさん。自分は暴れ回ってただけなのに、きっちり作戦は完遂させやがって」


「儂だけの力ではない……ここにいる理力甲冑の操縦士、本部を制圧した歩兵の一人一人……この作戦を立案し指揮した者エベリナ……それに他の多くの人間が支えてくれたお陰よ」


「……ったく、そういう妙に悟ったような所は……ホント年寄り臭……え……」


 急に語気が弱くなるシン。どうしたと傍らの兵士が彼を見ると、まさにシンが地面へと力無く臥す瞬間だった。





 * * *





「ユウ君! 作業は終わりました、どうぞ行ってください!」


 ボルツが無線機を通して操縦席にいるユウへと合図を出す。すると背部の理力エンジンが力強いうなりを上げ、そして白い機体はゆっくりと立ち上がる。


 白い装甲はより目立つようにフチを鮮烈な赤で彩られ、背部には大きな出力を生み出す理力エンジンが。機体の各部には圧縮空気を噴出させる姿勢制御用スラスターが配置され、より高機動な動きを可能にする。


 腰には一振りの剣、左腕には装甲と同じ白の頑強な盾。背中には異様な雰囲気を纏った大剣を背負い、両腕には最新式の自動小銃アサルトライフルを携えていた。


 精悍な顔つきの鋭い目つきが光ったように見え、その理力甲冑は出撃準備を終えた。格納庫と外を隔てるハッチの向こうでは、仲間が今も必死に戦っている。


「ユウ・ナカムラ……アルヴァリス・ノヴァ、出撃ます!」







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