第94話 衝突・4

第九十四話 衝突・4


「状況はどうなっている!」


 ゴンゴンと機械の音が鳴り響く飛行船。そのブリッジでは騒音に負けじとエベリナの苛立ちがにじみ出る声が張り出される。


「ハッ、未だ降下部隊からの連絡はありません。例の黒い機体との交戦が続いているようです」


「クレメンテ周辺に展開する我が方の戦力、七割を切りました! あと一時間、保つかどうか……」


「今、別動隊から無線入りました。惹き付けていた敵飛行戦力ファルシオーネの一部が反転を開始。コチラクレメンテへと戻るようです」


 眼鏡の奥の瞳はいつも通りの固い意志を宿しているが、今はいくらか焦りが見え隠れしている。エベリナ・ウォーは作戦の大幅な遅延をどう挽回するか、必死に考えていた。


(予定ではもう連合の北方司令部を制圧している頃……まさか、ゴールスタ義父を投入しているというのに、これは想定外ね……)


 この作戦の要である空挺降下部隊は、その戦力に限りがあった。貴重な資材と人材をつぎ込んで建造された飛行船は一度に運べる理力甲冑に制限があり、機体重量と弾薬、その他諸々を可能な限り詰め込んでの作戦決行である。さらにはあの手この手で連合軍の戦力を分散、あるいは街から離すように策略を巡らせた。地上部隊の大規模侵攻、貴重な飛行船部隊の一部を割いてまでのファルシオーネ部隊の陽動……ここまでしておきながら失敗しましたでは許されない。


 そのため、ドウェインとゴールスタの存在は非常に心強かった。彼と一機の理力甲冑で連合軍の部隊数個を苦も無く壊滅出来るため、いくらクレメンテに駐留する部隊が激しい抵抗を見せようとも必ずや打ち砕けると


「身内びいきが過ぎていたのかしら……?」


「あの、何か……?」


「いえ、何でもありません。急ぎ街の外にいる各部隊を集結、再編の指示を。ここが正念場です、必ずやドウェインとゴールスタが敵司令部を制圧してくれます」


「ハッ!」


 彼とゴールスタの名前を出した途端、ブリッジの暗澹たる雰囲気が打ち払われたような気がした。やはり帝国にその名が轟く猛将ドウェイン。その力強さに助けられる場面はこれまで何度もあった。


(よもや、あのドウェイン・ウォーがそう何度も負けるなんて、あり得ません。だからお願いしますよ?)




 * * *





「オラァ!」


「ヌゥン!」


 互いの気勢がぶつかり合い、鉄の拳と拳が激突する。


 もはやグラントルクもゴールスタ・プラスも、あちこちの装甲は剥がれ骨格は歪みだしている。既にどこが無事なのかを探す方が大変なほどだ。操縦席付近の装甲も酷く曲がっており、両者ともまだ操縦できていることが不思議なくらいだ。


 グラントルクはもう両手がボロボロになり、まともに殴れないほど。膝や肘、打撃に使えそうな箇所はどこも装甲が脱落しているか摩耗しきっている。対してゴールスタ・プラスもその自慢の装甲は見る影もないほど傷ついていた。


 互いの操縦士もほとんど気力で意識を保っているようなもの。いつ倒れてもおかしくないほどの疲労が蓄積し、格闘戦の衝撃で体力は残っていない。


「でぇりゃあぁぁ!」


「ぅうおおおぉぉ!」


 半ば、魔物か猛獣の咆哮のような叫び声。荒々しく獰猛なその叫びは、しかしどこか殺気だけではないものを感じさせる。


 ゴールスタのボロボロな左手がグラントルクの頭部をガシリと掴むアイアンクロー。メキメキと音を立てて装甲が悲鳴を上げるなか、シンはその戦意を決して喪わない。


 重量級であるグラントルクが片手で持ち上げられ、今にも頭部が握り潰されそうになるが、黒い理力甲冑は負けじと勢いをつけた下段蹴りを繰り出す。両手で相手の肩を掴み、何度もグラントルクの太い脚をゴールスタの膝に食らわせる。あまりの衝撃にゴールスタは思わず姿勢を崩してしまい、その隙を突いて万力のような左手から抜け出した。


 着地の衝撃をうまく緩和できずフラフラになるも、即座にグラントルクは次の動作に移る。


 軋む機体を無理やり屈ませ、低い姿勢から思い切り拳を突きあげる。アッパーがゴールスタの腹部にめり込み、ドウェインは思わず顔を歪ませる。互いに満身創痍ながら、まだこれほど力を隠し持っていたことに驚きつつもその手強さに歪んだ表情が次第に獰猛な笑みへと変化していく。


「気に入ったぞ若造! お前と戦っていると心が躍る!」


「へっ! 俺もおっさんと殴り合ってると面白い! こんな感覚は初めてだ!」


 ドウェインもシンも、自分の所属も使命も忘れ、ただ目の前の敵を殴る。蹴る。投げ飛ばす。その衝撃、振動、激しさが心地よい。鋼同士が衝突し、火花が散る。人工筋肉が限界まで膨れ上がり、機体を駆動させる。


「くっ……アハハハッ!」


「ぬぐっ! 面白い、実に面白いぞ!」


 急に笑い出すシンとドウェイン。心の底から湧き出る、この愉しみ。殴り合いながら笑い合う二人は、傍から見れば狂人の類にしか見えないが、この闘いは誰にも止められない。


 ゴールスタ・プラスの拳がグラントルクを殴り飛ばす。グラントルクの膝がゴールスタ・プラスを蹴り上げる。


(そうだ、これが! これが俺の求めていた闘いだ! ただの格闘技じゃねぇ、殺し合いでもねぇ、力と力のぶつかり合いだ!)


 シンは心の底から思う。元の世界では得られなかった、戦闘の歓び。生身での戦いではないにも関わらず、それ以上の高揚感と興奮が全身を駆けめぐる。真の強敵との闘いとは、こういうものなのか。


 次第に霞む視界、激しい振動で不確かになる平衡感覚。機体の動きにキレはなく、動くたびにあちこちから軋む音が聞こえてくる。人工筋肉も限界を超え、いつ動けなくなってもおかしくはない。だが、それでもまだ闘える。


「シンとか言ったな、若造」


 と急にドウェインが話しかけてくる。


「なんだよおっさん。とうとう負けを認めるのか?」


「違わい! ちと礼を言いたくてな……ここまで愉しい戦いは久しぶりだった。年甲斐もなくを出してしまったわい」


「ケッ、よく言うぜ……」




 お互いに睨み合い、ピリピリとしていた空気がさらに張り詰める。二人の闘気が最高潮に達し、まさに爆発寸前の火薬といった雰囲気を醸し出す。




 シンは荒くなっていた呼吸を鎮め、深く、ゆっくりと息を吸い、そして吐く。おっさんドウェインの言葉に噛みつきはしたものの、彼自身もそう長く戦っていられないと自覚する。全身の打撲に加え、肋骨や肩がひどく痛む。恐らく骨にヒビが入るかしているだろう。体力も気力も限界を超えているうえに、そろそろ機体を動かす理力も底をつく。


(ここまで楽しいのは久しぶりだったな……)


 だからこそ、勝負をつける。どっちが強いか、白黒はっきりさせなくては。




 戦場となっている通りに一陣の風が吹きすさぶ。砂ぼこりを巻き上げ、やがて何事もなかったかのように静かさを取り戻した。



 グラントルクが、ゴールスタ・プラスが地を駆けた。


 両者とも、大きく拳を振りかぶる。最後の力を込めた一撃。


 そして次の瞬間、鋼の巨体と巨体が激しくぶつかり合った。







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