第94話 衝突・3

第九十四話 衝突・3


 ゴールスタ・プラスの鉄拳がグラントルクの顔面を捉える。金属が折れ曲がり、割れる音が響いた。


 グラントルクの下段蹴りがゴールスタ・プラスの下腿部へと突き刺さる。鈍く激しい衝突音と砂煙が立つ。



 活火激発、あるいは力戦奮闘。



 グラントルクの胴体へとゴールスタ・プラスが組み付く。片腕だけとはいえ、凄まじい腕力はギリギリと機体を締め上げる。たまらずグラントルクはその背中に向かって鋭い肘を何度も振り下ろした。


 肘当て部の鋭利な装甲がゴールスタを叩くが、文字通り剣も槍も通さないほど分厚い装甲はびくともしない。それならばと装甲そのものではなく、その継ぎ目や理力エンジンの給排気孔を狙い澄ます。何度も何度も、繰り返し叩き込むことで次第に鋼鉄の板は歪みだしていく。


 さらにその太い大腿と頑丈な膝をゴールスタ・プラスの腹部へと蹴り上げた。密着しているがゆえに、機体の操縦席付近目掛けて幾度となく打撃を加えていく。


 いくらゴールスタの重装甲といえどもその衝撃を全て吸収することはできず、生身のドウェインを容赦なく襲う。長年、理力甲冑の操縦士をやっている彼にとって近接格闘の強烈な衝撃と振動は慣れたものだが、それでも限界というものはある。小さく呻き声を洩らしつつ、仕方なく相手を突き飛ばすようにして離れた。


 急に突き出されたグラントルクは後方へとたたらを踏んでしまい、軍本部のある敷地を囲う壁へと倒れ掛かってしまった。半分ほど壁を崩し、もたれ掛かるようにして止まったが、すぐさま飛び起きる。


 その直後、ゴールスタ・プラスの動かない筈だった右腕が強襲してきたのだ。ドウェインは機体を大きく振り回し、使い物にならない腕ならば叩きつけても構わないだろうという判断したのだ。こういう乱暴とも合理的とも、どっちにも取れる判断を瞬時に下して実行するのが彼らしいとも言える。


 薄い壁をなぎ倒すと、向こうで帝国軍の侵入に備えている連合の機体がビクリと肩を震わせながらその様子を見守っていた。彼らにしても、帝国で一、二を争う操縦士であるドウェインと正面切って戦う度胸は無く、戦々恐々としているだけ。だが、それを責めるものはこの場に誰一人としていなかった。


「おっさん、そろそろ肩で息してるぜ?」


「ぬかせ! まだまだ若いもんには負けんぞ!」


「その台詞がもう年寄りなんだよ!」


 ただ、一人。シンとグラントルクだけが彼に立ち向かうのみであった。




 * * *




「くそっ、これじゃあシンの加勢どころか街にも入れやしねぇ!」


「弾薬も心許ない、どうにかならないか?!」


 シンと同じ部隊、大剣使いのクィンシーと銃器の扱いに長けるネストが同時に叫ぶ。彼らの周囲には帝国軍のステッドランドが輪を作り、包囲してどこにも行かせないようにしている。これではいくらクィンシーとネストといえども容易に突破は出来ない。


「……俺が包囲に穴を空ける。お前達二人はそこを抜けてシンと合流しろ」


 静かに隊長であるエリックが指示を出す。確かにエリックの言うとおり、二人だけならばこの包囲を突破して孤立状態にあるシンとグラントルクに合流できるだろう。


「……ッ!」


「仕方ない。それでいこう」


 今は三機でなんとかこの包囲からの攻撃に耐えられているが、それをエリック一人残していけばどうなるか。そのようなことはもはや自明の理であった。


「よし、いくぞ!」


 エリックの合図で二人の乗るステッドランドは街の方向へと走り出す。それを阻止すべく、帝国軍の機体が一斉に銃口を向けた。


 だがエリックは一瞬の隙を突き、手にした自動小銃の引き金を引き絞る。連続して発射された弾丸は何機かの敵ステッドランドの小銃へと命中し、破損または射撃を中断させた。しかし全ての銃撃が止んだわけではない。


「うおおお!」


 エリック機は思い切り地面を蹴り、片手に剣を携えて突撃する。この剣はナタのように切先へと重心が寄っており、刃の重量と遠心力を利用して近くにいた敵機の腕を簡単に斬り落としてしまった。続けて隣にいる機体へ向けて自動小銃を乱射。胴体の中心部へいつくもの孔が空き、その敵機は力なく倒れてしまう。


「隊長……死ぬなよ?」


「分かってるさ。お前達こそ、シンの足を引っ張るんじゃないぞ」


「へっ、言ってくれらぁ!」


 クィンシーとネストの機体は包囲から完全に抜け出し、もうもうと煙が立ち昇るクレメンテの街へと走っていった。そして、それを追いかけようとした帝国軍のステッドランドが走りだそうとした瞬間、銃撃音が鳴り響き脚部がことごとく破壊されてしまう。


「……これで弾薬も尽きたか」


 弾倉が空になった自動小銃をその場に放り投げるエリック機。残る武装は片手剣と小振りな短剣、そして左腕に装備された円状の小さな盾だけだ。


 だが、この包囲を形成しているステッドランドの操縦士らは彼の実力を今の今まで目の当たりにしている。いくら武装に乏しくとも、一筋縄ではいかぬ相手だという事がその身に沁み込んでいるというものだ。


 エリック機は左腕の盾を胴体を守るように、そして右手の剣を下段に構える。全周囲のどこから攻撃が来るか分からない現状、操縦席を守りながら咄嗟の回避と反撃に移れるよう彼は神経を尖らせた。残る敵は……十五、いや十六。


 と、突然エリックのステッドランドがその場でクルリと反転しつつしゃがむ。僅かな差で何発かの銃声が鳴り響き、その瞬間にはもうエリック機は敵機へと襲い掛かっていた。虚を突かれた敵操縦士は咄嗟の判断が出来ず、棒立ちになってしまっている。そこへエリック機は片手剣を真っすぐ振り下ろし、分厚く鋭い刃は頭頂部から首までを縦にカチ割り、胸部装甲でようやく止まった。しっかりと食い込んだ刃を抜くため、足で敵機を蹴り飛ばす。そこへ左右から別の敵機が迫りくる。


 彼は動じることなく機体を制御し、回避、そして反撃へと移る。紙一重で敵の斬撃を避け、装甲と刃が僅かに擦れ合う。飛び散った火花はすぐに消えてなくなり、ほんの少しだけ鉄臭さを残した。




 * * *




 帝国軍の操縦士たちに動揺が広がり始める。どうしてあの連合のステッドランドエリック機は倒れない?


 こちらはまだ十機で、あの一機を取り囲んでいる。いや、また一機落とされた。これで九機。それでも圧倒的にこちら帝国軍のほうが有利であり、並みの操縦士では耐えられないはずだ。


 もう銃器の弾薬はとっくに尽き、手にしている剣も明らかに刃が鈍っている。あのままでは今にも折れてしまうだろう。それなのに。


「くっ……早くアイツを止めろォ!」


 また一機、帝国軍のステッドランドがうなだれるように倒れた。




 * * *




「ちっ、帝国のやつら……好き勝手に暴れやがって」


 ネストが悪態を吐く。街の中はまだ全容が知れないが、あちこちから煙が昇り、その空には依然としてあの空飛ぶ風船飛行船が陣取っている。


 帝国軍は複数の飛行船による機動力を以ってクレメンテの街へと空挺降下を仕掛けた。対空兵器など殆ど実用化されていないこの世界では迎撃する手段がなく、頼みのファルシオーネ部隊も有効に働かなかった。そのため、帝国軍は難なく街へと侵入してみせたのだ。


「あちこち戦闘の跡が見られるが……どこにも敵機はいないな」


 クィンシーの言う通り、銃弾や剣で抉られたような傷がそこかしこに見られるが、今は歩兵の一人も見当たらない。


「こういう時、敵はどこを目指す? 敵地のど真ん中、速やかに攻略すべき場所……」


「軍本部か……!」


 二人は互いに頷くと、一気に機体を駆けさせた。





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