第90話 寡兵・1

第九十話 寡兵・1


 理力甲冑とは操縦士の理力に反応して機体各部の人工筋肉が収縮し、まるで人間のような動きを実現する人型兵器である。


 この人工筋肉はネマトーダと呼ばれる魔物の筋肉を加工して作られるため、ある程度使えば劣化するし、長期間放置すれば腐って使い物にならなくなってしまう。通常は防腐処理や定期的な検査によってそういった事はないのだが……。




「クソッ、なんで急に人工筋肉が劣化するんだよ!」


「出せる機体は早くしろ! 敵はもうすぐそこまで来てるんだぞ!」


 帝都を守るはずの理力甲冑部隊は混乱の極みにあった。


 昨日までは正常に稼働していた機体群のうち、約五割もの数が起動不能、もしくは殆ど動けないほどの異常が発生していた。


「駄目だ、この機体も人工筋肉がイカれてやがる!」


「予備はねぇのか?!」


「あるにゃあるが、全身の交換で丸一日掛かっちまうよ!」


 そこかしこで理力甲冑の操縦士と整備士が似たような会話を繰り返す。軍の基地や倉庫には予備の人工筋肉が収められているが、さすがにこれだけの数を交換する量は無い。人手も時間も。



 * * *




 ガコン、と機械音が鳴り、小さな容器が真下へと落ちていく。小さい、とはいってもそれは理力甲冑の大きさからすればの話だ。


「ファルシオーネ全機、デストロイアの散布終了。装備を小銃に切り替え、低空からの陽動に移る。各機、対空砲に注意しろ」


 部隊の隊長であるスバルが無線で指示を飛ばす。それを合図にそれぞれファルシオーネは小銃の安全装置を解除し、腰部のスラスターを可変させた。


 四機編隊を維持したまま、薄緑の装甲に朝日を反射させながらファルシオーネ各機は急降下する。目標は砦から出撃した、な敵ステッドランド。


「……全機、射撃開始!」


 三つの銃口が火を吹き、鉛の飛礫が敵を襲う。上空からの奇襲に、敵の精鋭は慌てふためく。


 そこへスバルの搭乗するファルシオーネ改が一振りの長刀を担いだまま、文字通り敵陣へと斬り込む。急降下の速度を活かした一撃は、森羅の鋭さと相まって敵機を真っ二つに斬り裂いた。


 スバル機以外のファルシオーネはその隙に綺麗な楕円の軌道を描き、低空から再び上昇していった。敵の何機かは小銃で反撃を試みるが、空高く登りきった後ではまともに命中するものではない。


 スバル機は近くの敵機をさらに斬りつけ、何機かを瞬く間に戦闘不能へと追いやる。そして肩と腰部のスラスターを全開にし、圧縮空気による旋風と共に再び上空へ。飛行性能確保のため、装甲が薄めのファルシオーネが取れる戦法はヒットアンドアウェイが基本だ。そして、それを実現出来るだけの機動力と腕前を彼らは十分に備えている。


「……ざっと二十機以上……まだ出て来る、か。デストロイアでおよそ半分以上が戦闘不能になる目算とはいえ、それでも多いですね」


 スバルは眼下に群れる敵ステッドランドを見て呟く。


 四小隊、計十六機のファルシオーネはそれぞれイースディアの四方にある砦へと攻め込んでいる。理力甲冑の人工筋肉を破壊するデストロイアの散布と残った敵を惹き付ける役割、それが彼等の任務であり、この作戦の第一の要だった。




 * * *




 イースディア市内。早朝だというのに、街は俄かに騒がしくなっていた。


「ちょっと! 連合軍が攻めてきたって本当なの?!」


「ったく、軍の奴らは何してるんだ!」


「ちょっとお父さん、そんな荷物は置いといて早く逃げなきゃ!」


 街のあちこちでは敵襲の報が市民にも駆け巡り、あらゆる通りと広場は逃げ惑う人々で一杯になってしまっている。街の衛兵らもこの混乱に対処すべく、非番の者も総動員しての対応にあたるが。


「皆さん、自宅に戻って下さい! 街中は安全ですから!」


「うるさい! 噂じゃあ連合軍は空飛ぶ理力甲冑でここを攻撃するって話じゃないか!」


「そうよ! もし爆弾や毒を撒かれたら私達はどうしたらいいって言うの!」


 あまりの殺気立った市民らに気圧されて衛兵たちは思わずたじろいでしまう。さすがに暴動へと発展はしないだろうが、この状況が長く続けばそれもどうなるか分からない。


「やっぱり噂は本当だったんだ……! 連合の奴ら、俺達を虐殺するつもりなんだ!」


「ウソ、あれって本当だったの?!」


「どうするんだ、早く街から逃げればいいのか?!」


 ザワザワと動揺が市民らの間に広がっていく。彼らの表情は一様に不安に染まっており、これは昨日今日のものではない。前線から最も遠く、戦争の脅威が感じられない帝都市民たちも知らず知らずのうちに恐怖を感じていたというのか。




「何かおかしいな……」


「衛兵長、いかがしました?」


 衛兵らに押し返される市民を見ながら、この地区の衛兵長がポツリと呟く。


「連合軍が攻めてきてからまだそう時間が経っていない。なのに、市民がここまで動揺して街に溢れかえるのが早すぎると思ってな」


「ああ、それはきっと噂のせいですよ」


「噂だと?」


「ええ。ここ最近、市中のあっちこっちで流れてた噂があるんですよ。なんでも連合軍が数日中に空から爆弾を落としながら攻めてくるって。知りません? 連合軍のスカート付きの理力甲冑」


 部下の話によると、その噂は戦時中の市民の間でよく広がる荒唐無稽な類のものだった。しかし連合軍の攻める段取りや詳細が噂にしては出来過ぎており、多くの市民はそれを信じないまでもどこか現実味のあるものとして心のどこかに引っかかっていたのだろう。そして実際に敵襲の鐘と遠くに聞こえる戦闘の音を耳にすれば、あの噂は本当だったと思わざるをえないのも仕方ない。


「もしかして一連の噂は連合軍の破壊工作なのか……?」


「まさか、そんな余所の連中が街中に沢山いれば俺達が見つけてますよ。何年この街で衛兵やってると思ってるんですか。それにそんな怪しい噂を流す連中がいたら嫌でも分かりますって」


「それもそうだが……」


 それでも訝しむ衛兵長。だが真実がどうあれ、今となってはもはやどうでもいい。最優先すべきは一刻も早くこの混乱を鎮めることだった。


「え、衛兵長! あれ!」


 と、部下が天を仰ぎ指を指す。その方向には。


「あれが……連合軍の理力甲冑……!」


 甲高い特徴的な和音と、轟轟とけたたましい騒音を撒き散らしながら帝都の空を翔ける四機の薄緑。まさに噂に聞く空飛ぶ理力甲冑そのものだ。


「本当に……理力甲冑が空を飛ぶなんてな……」


 それなりに距離はあるが、その圧倒的な存在感は広場に集まった市民一人一人に刻み付けられる。いくら帝都の周囲を数百の理力甲冑が守ろうとも、空を飛ばれては意味がないことは子供でも分かることだった。しかし話に聞く脅威と、実際に目の当たりにする脅威では後者のほうがより説得力を持つものだ。


「う、うわぁああ!」


「逃げろ! 早く!」


 半ば呆然と空を見上げていた市民らは火が付いたかのような勢いで我先にと駆けだす。あの空飛ぶ理力甲冑が何らかの攻撃を仕掛けてくるかもしれない、もしここへ爆弾でも投げ込まれれば――――昨日までの他愛のない噂が、今まさに忍び寄る死の恐怖を駆り立てる。もはや広場にまともな判断力を持つ者は殆ど居なくなっていた。





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