第90話 寡兵・2
第九十話 寡兵・2
「この帝都攻略作戦は大きく分けて四段階あるデス」
そう言うと先生は机に拡げられたイースディアとその周辺の地図の四隅に緑色をしたコマを置く。
「まず第一段階はスバルたちファシオーネ部隊が四方向からイースディアを守る砦に向けてデストロイアを散布するデス」
「ちょっ、それって確か帝国の開発した兵器じゃないんですか?!」
「そうデス。以前、アルトス防衛戦で偶然クレアが手に入れたやつデス。それを私が
「そんなあっさりと……」
先生が事もなげに言う姿にユウは思わず脱力してしまう。これでは帝国軍のデストロイア開発陣の面子が立たないだろう。
「効果が分かってさらに実物が目の前にあるんデス、解析と合成にはそれほど苦労しないデスよ。ネタが分かれば後は材料を揃えるだけ、何か特殊な細菌を培養とかじゃなかったから後は簡単なもんデス」
「……そのデストロイアで敵の理力甲冑は
スバルが鋭い眼差しで先生を見る。先生もその質問を待っていたようで、特に困った風でもなく答えた。
「多分、スバルの考えている通りデス。まず、デストロイアの総量はそれほど多くないのが実情デス。それに加えてファルシオーネ全機に搭載出来る量も限られているデスからね、前回の効果と帝都に常駐していると考えられる戦力から逆算して……およそ五割って所デスか」
「五割……スか」
ヨハンが苦い顔をし、ネーナが心配そうに先生を見る。
「それもほぼ無風、計算上で最大限にガスが拡散した場合の話デス。この五割を少ないと見るか、多いと見るかは判断に悩むとこデスが」
「敵の半分が戦闘不能にできると考えたら、それは事実上の全滅よ。むしろ大戦果と言っていいわ」
「そう……だね、クレアの言うとおりだ」
ユウは推定される敵の全戦力を相手にしないだけ
「話を続けるデス。デストロイア散布後、ファルシオーネ部隊は生き残った敵の陽動をしてもらうデス。それぞれ街から離れるように移動しつつ、とにかく暴れまわるデスよ」
そう言うと先生は
「とにかく敵の目を惹くのと、街の守りを手薄にすることが肝要デス。ある意味、これが達成出来なければ作戦は失敗したも同然デスね」
「それはそれは……責任重大じゃないですか」
「ま、スバルの力量なら心配いらないデスね」
「帝国軍でも私のレフィオーネと戦った事のある連中はそう多くない。特にイースディアに引きこもってる操縦士連中は空から奇襲すれば簡単に釣り出せるわ」
帝都を防衛する操縦士は精鋭中の精鋭揃いだが、初めて体験する空からの強襲に的確な対応が出来るものは果たしてどれだけいるだろうか。クレアはこれまでの経験からそうそう多くはないと太鼓判を押す。
「ファルシオーネはレフィオーネほど装甲が薄くないデスけど、それでも被弾はなるべく避けるデス。敵の陽動が成功したらあとはひたすら粘り続けるデスよ」
「了解しました。きっちりと任務を果たして見せましょう」
スバルは力強い声で期待に応える。危険な任務ではあるが、ケラート奪還作戦の時のような、無理に気負う様子は無い。
「さて、それでは第二段階デスが……」
「アタシ達、レジスタンスの出番だね!」
「そうデス。レオとリディア、そしてレジスタンスは事前にイースディアへと潜入してもらうデス。出来れば帝都に家族や親戚、それに友人がいる人間が好ましいデスね」
「どうしてです? 別に誰でもいいんじゃ?」
「簡単な話デス。レジスタンスにやってもらうのは主に噂を流すことデスから、余所者や旅人だと目立ち過ぎて街の衛兵に目を付けられるかもしれないんデス」
「あ、つまり誰かの身内や知り合いだったら変な噂でも通報する事はないのか」
先生の説明になるほどと頷くユウ。確かに見ず知らずの人間はともかく、知った顔の噂話なら訝しむことはあってもそれ以上どうこうするつもりは起きにくい。
「そういう事デス。いくら怪しい噂でもその場の与太話で終わるからデス。それで……」
先生から説明をクレアが引き継ぐ。
「そして流してもらう噂は主に三つ。一つ目、連合軍が大規模攻撃を仕掛けようとしていること。二つ目はその具体的な日時。そして三つ目は不安になって街から逃げ出したくなる内容ね」
「一つ目と二つ目はアレっスか、街の人達を混乱させて帝国軍にその対処をさせるやつっスか」
「その通り。街を混乱させる事で、ただでさえ私達の奇襲で手一杯の所に混乱した市民が溢れかえれば帝国軍はその対処もしなくちゃいけなくなるってわけ」
「必然、帝国軍の動きは鈍くなる、か……。それはいいとして、三つ目は? 無用な混乱を与えるのはちょっと……」
「ユウの言いたい事は分かるわ。いくら戦争といっても、民間人に大きな被害を与えるのは人道的にも条約的にもマズいしね。そもそも、この噂の真意は作戦の第三段階に関係するの」
* * *
「こちら第二小隊、四番機が撃墜! 操縦士の生死不明ッ!」
「構わず編隊を組み直せ! なんとしても敵を惹き付けろ!」
「了解!」
スバルは心身ともに消耗しだした味方を鼓舞しつつ、再び垂直降下からの斬撃を繰り出す。
ファルシオーネ部隊がイースディアへ強襲を掛けてから既に一時間は経った筈だ。当初は空からの攻撃に戸惑う帝国軍の理力甲冑だったが、流石は帝都を守る精鋭部隊。そろそろスバルらファルシオーネ部隊への対応がこなれてきたように見える。
(そろそろ弾薬が尽きる頃……!)
スバル機のファルシオーネ改は二振りの刀、森羅と万象で戦うが、他の機体は小銃しか装備していない。そもそもデストロイアを詰めた容器と大量の弾薬を詰め込んでは積載量に余裕がないのだ。
スバルはファルシオーネ改を飛翔させ、砦上空から帝都の方を見やる。少し前まで帝都の中央を貫く大通りは溢れかえるほどの人で一杯だったが……。
「どうやら上手くいったようですね」
ここから見える範囲では人っ子一人、それどころか衛兵の類も見えない。殆どの民間人は頑丈な建物に籠もったか、街の外へ向かって逃げている頃だろうか。そして予定通り、大多数の敵理力甲冑はファルシオーネを迎撃するべくイースディアの周囲に広がる平野部へと展開している。
「こちらスバル。ホワイトスワン、道は開かれました。第三段階に移行できます。それとそろそろ補給を」
「こちらホワイスワン。了解、これより突撃するよ! それと、
「それは助かります。それではご武運を!」
無線を終えたと同時に、遠くの空から蒼い機体がキラリと陽光を反射させたのが見えた。クレアのレフィオーネだ。
「お待たせ、補給の弾薬持ってきたわよ」
レフィオーネは背部に大きなコンテナのような物を背負っていた。ファルシオーネ各機は勢いよく上昇し、地上からの銃撃が届かない高さまでくると、レフィオーネの周囲に次々と集まる。
ガコンと音を立て、コンテナが開くとそこには小銃の弾倉が納められていた。ファルシオーネはそれぞれ新しい弾倉を手に取ると再び降下していき、地上部隊を攻撃していく。まさに空中補給といった所で、一方的に制空権を確保出来ていることと、
弾薬も補給でき、機体の損傷もほぼない状態のファルシオーネ各機。対して、地上にいる帝国軍の理力甲冑部隊は数は多いものの、相当の被害を被っていた。やはり空中からの一方的な銃撃に加え、スバル機の圧倒的な機動性と鋭い斬撃は次々とステッドランドをただの金属塊に変えてしまう。他の砦を攻めているファルシオーネ部隊も同様だろう。
だがしかし、状況はまだ楽観視できない。
いくら一方的とはいえ、ファルシオーネの飛行には通常の操縦よりも集中力を要するうえに、かれこれ戦闘機動を一時間以上続けている。いくら訓練を積んできたとはいえ、やはり実戦の緊張感は精神の消耗を早めてしまう。特にファルシオーネはステッドランドよりも装甲が薄いため、わずかな油断が命取りに繋がりかねないのだ。現に先ほど一機撃墜されてしまっている。
「補給、ありがとうございます。他の部隊へもお願いします」
「ええ、分かったわ。……もう少しだけ粘ってちょうだい。必ず作戦は成功させるから」
「信じてますよ。ここの敵は絶対にスワンへと近づけさせません」
レフィオーネの理力エンジンが唸りを上げ、大量の圧縮空気を吐き出す。別の砦方向へと向かうのを見て、スバルは一つ深呼吸をした。
「スバル隊長! 敵の一部が砦……いや、街の方へと向かってます!」
部下からの無線に、ファルシオーネ改は眼下を見下ろす。たしかに何機かの理力甲冑がイースディアの方へ駆けだしていた。もしかすると一部の人間は
「市内へと続く大通りを封鎖されたらこの作戦は失敗します。貴方達は引き続き、ここを押さえていてください、あっちは私が食い止めます」
「了解です! お気をつけて!」
無線が終わるや否や、ファルシオーネ改は姿勢を反転、真っ逆さまに落ちるように急降下する。機体の肩部と腰部のスラスターから噴出する圧縮空気と重力加速度によって一瞬にして地上付近まで到達、激突する寸前でスラスターの向きを変えることで
操縦席のスバルは強烈な遠心力に耐えつつ、目標を見定める。敵ステッドランドは八機。そのうち一機の頭部には特徴的な角が生えていた。
「相手にとって不足は無し。いざ、尋常に……と、言いたい所ですが!」
普段であれば全力を以って挑むべき強敵。しかし今は作戦の成功が最優先。一機の強敵に固執して、他の機体を取り逃がすわけにはいかないのだ。
「
ファルシオーネ改は右手に
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