第89話 伏兵・3
第八十九話 伏兵・3
それから数日の後。まだ日も昇らぬ明朝頃。
半分の月明かりが街を薄く照らし、肌寒い空気が辺りを包む。
帝都イースディアから少しばかり離れた森の端にはホワイトスワンが隠れ潜んでいた。
「これから例の作戦を決行するデス。野郎共、準備は良いデスか?」
「うっス!」
「ちょっと、私たちは野郎じゃないわよ」
「そうですわ、訂正をお願い致します」
「こっちは問題ないデスね。ファルシオーネ隊、聞こえるデスか?」
「こちらスバル。ファルシオーネ隊、いつでもいけます」
「ファルシオーネ各機は理力エンジンを始動、発進に備えるデス。……ユウ、そっちの準備はどうデス?」
「ハイ、今ボルツさんに調整してもらってます……あと五分程で完了だそうです」
「許容範囲デスね……リディア、
「仕込みは上々ってやつ。予定通り、グレイブ王国軍も損耗を抑えながら帝国軍を引きつけてるって。それとレジスタンスの皆も」
「いい具合に市中で
「フッフッフ……これで準備は整ったデス。それでは作戦名『
* * *
「ふわぁー……」
「おい、しっかりしろ」
帝都イースディアを防衛するため、街の四方に配置された砦。その見張り台に立つ歩兵の一人は大きなアクビをしてしまい、それを隣に立つ同僚に諫められてしまった。
「でもよ、こうも毎日空ばっかり見てたら飽きるのもしょうがねぇって」
「我慢しろ、あともう少しで日の出だ。そうすれば交代の時間になる」
「へいへい……」
ここ最近は見張りに駆り出される人員が増え、前線から遠いイースディアでも厳戒態勢が敷かれている。それはやはり、連合軍が運用しているという飛行可能理力甲冑の襲撃を警戒してのことだろう。
とはいえ、連合軍の最前線基地からイースディアまでは相当な距離がある。いくら空を飛べるからといって、無補給の強行軍でここまで進軍してくる可能性はほぼ無いといっていいだろう。この警戒任務も、兵士たちの間ではもっぱら後方であるこの部隊の戦意を維持するためではないかと噂されている。
(いくら見張りが多くたって、空飛ぶ敵を迎撃できなきゃ意味ないよな)
見張り台の下、砦の中に盛り土をして周囲より高くなった部分。そこには最新鋭の対空用火器が二基、据え付けられていた。従来の火砲よりも仰角が取れ、弾薬の改良により射程も飛躍的に伸びたそうだ。
しかし、いまだ配備数が少なく、担当砲手も迎撃訓練の真っ最中だ。しかもその訓練自体も具体的なものではないらしく、話を聞いている分には不安しかない。
「ま、連合の奴らはここまで来やしねぇよ……それより
高い位置から眺める空は大分明るくなってきた。遥か向こうの山には薄く霧が掛かり、そこから太陽の明かりが黄色く滲む。もう少しすれば霧も晴れ、朝日が拝めるだろう。
今日の天気は快晴。風も穏やか。気温は今の季節にしてはやや暖かいはずだ。戦時中でなければ気持ちのいい一日が始まっていたことだろう。そう、今が戦争中でなければ。
……ィィィーン……
妙な音が聞こえた。
見張りの兵士は何の音だろうと辺りを見渡す。甲高く、何かの楽器を鳴らしたような……。
「な、なぁ……アレって……」
もう一人の見張りが指さした方向。遥か高空に何かが見える。あれは鳥だろうか……? いや、それにしては大きい。それに翼を広げているようには見えず、どこか人の形にも見え――――
「……違う、鳥じゃねぇ! あれは連合軍の理力甲冑だ!」
ようやく気付いた二人は備え付けの鐘を鳴らす。敵襲の合図を知らせるソレはガランガランと大きな音を立て、砦を俄かに叩き起こした。
「敵襲ー! 南東の空に敵の理力甲冑! 空飛ぶやつだァ!」
あらん限りの声を振り絞り、下の連中に伝える。すぐに待機状態だったステッドランドが動き出し、出撃の準備を始めた。それと同時に対空砲が稼動しだし、長い銃身が南東の空を見上げる。
「くそ、ここはイースディアだぞ?! 帝国の中心、首都なんだぞ?!」
「おい、しっかり周囲を見ろ! 他に敵がいるかもしれないだろ!」
「分かってるよ! でもあいつ等バカじゃねえのか?! ココに攻撃を仕掛けてくるなんて!」
「俺が知るか! いいから他に敵はいないか?!」
みるみるうちに連合の理力甲冑はこちらへと近づいてくる。先ほど聞こえた甲高い音はどうやら飛行装置に関係するものらしく、よりハッキリと耳に届いてきた。
その時、小さな破裂音が何度も響いた。
見ると、眼下の対空砲が空へと向けて射撃を開始したのだ。薄明るい空へと真っ赤な線が描かれていく。発射の間隔は思ったより短く、二基の対空砲は大量の弾薬を天高くばら撒いていった。
「下手くそがっ! 全然当たってねぇじゃねえか!」
しかし悲しいかな、手動で狙いを付けるこの対空火器でかなりの高空を飛ぶ敵機を狙い撃ちするには命中精度がいささか低かった。そのため、連射速度を上げることで欠点を補おうとしたのだが――――
「おい、もう弾切れなのか? 止まっちまったぞ?!」
連射速度が上がったことで弾切れになるのも早くなってしまったのだ。やはり運用に関して蓄積量と経験が甘いと言わざるを得ない。今頃、弾薬装填を担当している班が弾帯を交換しているのだろうが、もう遅かった。
「チッ! 敵が砦を越える!」
砦の真上を、四機の理力甲冑が通過する。やはり砦を無視して帝都を直接攻撃するつもりなのか。だがしかし、ここから見える範囲では都市を攻撃するような武装はもっていないようだ。
「……なんだ、この粉?」
「?! 毒か!」
咄嗟に服で口と鼻を覆うが、特に異常はない。おそるおそる呼吸をしてみるが、これが毒でなければ一体……?
* * *
「何ィ?! 理力甲冑が動かんだとォ?!」
砦の格納庫。そこには先ほどから多数の理力甲冑が待機状態にあり、出撃を今か今かと待ち構えていた。そのはずだったのだが……。
「は、はい! すべての理力甲冑が行動不能に陥っています!」
「原因は分からんのか!」
「その、人工筋肉が機能不全に陥っているとしか……」
「いいから何とかしろ!」
「そ、そんな! 私は整備士でも技術屋でもないんですよ?!」
「帝都の一大事にそんなこと言ってられるか!」
熟練の操縦士が荒々しく叫ぶが、どうしようもないこともある。現場のあちこちは混乱しきっており、おそらく砦の指揮所も情報が錯綜していることだろう。
* * *
「こちらスバル。ファルシオーネ各機はデストロイア散布終了後、敵を街の外に引き付けろ。いいか、ホワイトスワンの方へと敵を一機も向けさせるな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます