第89話 伏兵・1
第八十九話 伏兵・1
シンたち、連合兵が勇猛果敢にクレメンテで戦うより少しばかり前、アムリア大陸の中央からやや西の方――――
オーバルディア帝国首都イースディア。このアムリア大陸でも都市国家アルトス、クレメンテ、ケラートと並ぶ大都市の一つである。人口、経済、政治……帝国の全てがイースディアを中心に発展していると言われているほどだ。白を基調とした街並みは美しく、徹底された区画整理はもし上空から見下ろす事が出来れば綺麗な碁盤目状になっているという。
イースディアは大まかに三つの層に分けられる。
一つは中央付近に位置するイース宮殿を中心とした一帯だ。ここは帝国が建国する際に、旧王国の一都市を大工事の末にその基礎を作られた。皇帝一族が住まう宮殿と、政治を取り仕切る議会場。いわば、国としての中枢部分である。
その周囲には公的機関や商会の建物が立ち並び、それを取り囲むように民家が建てられていった。これが二つ目の層で、大多数の市民が暮らす地域である。
そして街の外周を堀と生活用水を兼ねた大掛かりな水路が整備され、その外側に帝国軍の基地が置かれた。これはまだ帝国の歴史が浅く、諸外国からの攻撃から身を護るためであり、今でも街中にはその備えのあったことが見て取れるという。
そして三つ目は、今からおよそ百二十年ほど前に新しく出来た区画だ。帝国がその勢力を強め、国として発展すると帝都の人口に対する居住部分が足りなくなってしまったのだ。そこで先ほどの水路の周囲に新たな居住区画や商業区画、工房などが集まる工業区画を整備したのだ。特に居住区画は、以前からある中心部を旧市街、新しい方を新市街と俗に呼ばれるようになるが、前から旧市街に住む市民はもっぱらその呼び方が気に入らなかったらしい。
これは古くからこの帝都に住んでいるという先住的意識、そして帝都の重要区域にほど近い場所に位置するという優越感などに起因する。要するに、新市街に住む者は後からやって来た新参者や地方出身、自分たちは昔からこの帝都に住んでいる古株であり都人だ、という事だ。
当初は新市街と旧市街で妙な対立や対抗心があったらしいが、流石に今ではもう一部のお年寄りくらいしか気にしないという。しかし昔の名残なのか旧市街、特に中央へと近くになるにつれ上流階級が多くを占め、新市街は中流階級と地方から出てきた者という棲み分けが暗黙の内に成り立っていた。
「いつにまでこの戦争は続くのかしらねぇ」
「うちの主人も戦地に行ったきり」
「早く終わってくれないと、こっちの生活もままならないわぁ」
旧市街の一角、近所に住むご婦人たちが井戸端会議に勤しむ。日々の愚痴や不平不満をここで吐き出さなければ、この鬱屈としたご時世ではやっていけないのだ。
ただ、彼女たちがいう不満は市場や商店に並ぶ品物の数が少しばかり減っただけ、先月よりもいくらか値上がりした程度のこと。同じ帝国領内でも地方と比べれば、余程
「それより聞きました? この帝都でもまた徴兵されるんですって」
「またなの? 上の子供もいい歳だし、ウチもそろそろかしら……」
「せっかくなら理力甲冑の操縦士が良いわよね。お給金も良いし、戦争が終わった後も軍が職を斡旋してくれるって話よ」
どこかで聞きかじった程度の噂話。帝国が戦争を行っているという事実は知っているが、彼女たちが実際の戦場を見ることは無く、また、戦地の過酷さを知らないのは一種の幸せなのだろう。
だが、そんな平和な帝都イースディアに不穏な動きがある事を一部の人間を除いて知るものはいなかった。ましてや、前線から遠く離れたこの地が、戦場になろうとしているとは。
* * *
「やっぱり一番の障害は警備の厚さデスねぇ」
幼い雰囲気を残す少女がため息混じりに言う。目の前には色々な情報が書き込まれたイースディアの地図のようなものが広げられていた。
ホワイトスワンの食堂兼、会議室では先生の他にいつものメンバーが集まっていた。
「戦力比でいうと一対二十……予備役や理力甲冑以外の部隊も含めるとそれ以上よ」
「まともに戦うだけ無駄って事スね」
長い銀髪をかき上げるクレアに、ヨハンがフムフムと頷く。
「ファルシオーネは空からの
ユウの何気ない発言に、ファルシオーネ部隊を率いるスバルがやや難しい顔をする。
「自分達も訓練は積んでいますが、やはりクレアさんに比べると飛行時間と空中での実戦経験が少ないのは事実です。そこをカバーするとなると……」
「正攻法じゃ駄目って事デス。どうにかこうにか敵を無力化するか、敵が出揃う前に王手をかけるしかないデス」
先生のその細い指が指し示した先は、帝都中心部、イース宮殿。オーバルディア皇帝が住まう場所。
「皇帝は基本的にこの宮殿で執務をしている筈デス。議会が開いてる時はそっちにいる事のが普通デスが、ここ最近は重要な案件以外では出席しないとか」
「皇帝の一日の予定はある程度推測出来ます。もう何日か貰えればより正確に」
「やっぱ前線から離れてるだけあって、警備も住人も危機感が無いんだよね。ちょっと拍子抜け」
そう言うのはレオとリディアの兄妹。二人は密かにイースディアへと侵入し、街の詳しい地図や情報を入手していたのであった。
「ただ、軍の施設や宮殿方面は流石にね〜。レオはああ言ってるけど過信はしないでね」
「そこは仕方ないわ。レジスタンスは助けてくれないの?」
「ああ、悪いけどそっちはあんまり期待しないで、クレア。元々レジスタンスの大半は帝都に不満を持つ地方出身者ばかり。
レオの方を見るとやや申し訳無さそうにしているあたり、リディアが言っていることは概ね正しいのだろう。
「ま、それでもレジスタンスの連中には別のやってもらいたい事があるデス。ね、クレア」
「そうね、彼らには色々と引っかきまわして貰わなくちゃ」
「
「今更、実家に頼るわけにはいかないでしょうしね。ネーナは気にしなくていいわよ」
ネーナの実家は帝国でも一番の貴族、それも皇帝の血縁でもある。つまり皇帝の動きを知るには都合がいいものの、ネーナ自身は
「それでも、何か私も……!」
「それなら後で一つ頼まれてくれない? 私が話を付けようと思ってたんだけど、ネーナ
「分かりましたわ! お任せ下さいクレアさん!」
「とにかく、そっちはレオさんとリディアに任せるよう。残る問題は、それでも帝都を守る理力甲冑の数が多いって事だけど……」
「フッフッフ……!」
突然、ユウが喋っているのを無視して先生が高笑いを始めた。
「要は敵を無力化出来ればいいんデス。いくら配備されている理力甲冑が多かろうとも、実際に出撃できる機体が少なければこっちにも十分勝機は見えるデス!」
「そりゃそうでしょう。数さえなんとかなれば、私のレフィオーネとファルシオーネ部隊で帝都全体を制圧だって出来るわ」
「その敵の数さえなんとかなればって所で躓いてるんスけどね……」
「ところがどっこい! 私にいい考えがあるデス。こんな事もあろーかと、前々から考えていた案があるんデス!」
「へぇ、どんなのですか?」
「まぁ待つデス。その案……というか装置はまだ実験も何も、理論の段階なので成功確率は低いデス」
「それじゃ駄目じゃないですか!」
先生の発明に期待していたユウたちは明らかにがっかりといった顔になる。だが、当の先生はまだ不敵な笑みを浮かべたままだった。
「今の段階では、デス。もう一個の案は時間さえあれば何とかって所デスね。とりあえずユウ、オマエちょっと手伝うデスよ。というか、ユウのお陰でこの作戦は起死回生、九回裏の満塁逆転ホームラン! 100パー成功するデス!」
「は、はぁ……」
自信たっぷりな先生とは対照的に、色々と不安がよぎるスワンメンバーであった。
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