第88話 衝突・2

第八十八話 衝突・2


 グラントルクが連打を放つ。


 ゴールスタ・プラスの分厚い装甲へと直撃する瞬間、やや緩めに握った拳を一気に握り込む。金属同士の衝突ながらその音は鈍く響き、どことなくシンには寺の鐘を彷彿とさせた。


「オラァ!」


 凄まじい打撃の嵐を繰り出すグラントルク。しかし、それを平然と受けきるゴールスタ・プラスも恐ろしい防御力を見せつける。特に発達した大胸筋を思わせる胸部装甲は、あの剛槍の一撃を真正面から食い止めただけあり、僅かに槍で抉れた箇所以外に傷はほとんど付いていない。


 だが、流石にあまりの猛攻を前にしては自慢の装甲もやや歪んでみえる。実際、装甲を繋ぐ接合部などからは嫌な音が聞こえてきているではないか。


「ふ、ふふ……仮とはいえ、ゴールスタをここまで痛めつけるとはな」


 操縦席にどっしりと座るドウェインはまるで子供のような破顔を見せる。彼もシンと同様、力と力をぶつけ合う戦いに高揚していたのだ。


 乱打を受けながらもゴールスタ・プラスが右腕を大きく振りかぶる。シンはすぐに後方へと飛び退り回避しようと試みるが、その巨体に似合わぬ身のこなしは想像以上だった。


「ぐぅう……!」


 グラントルクはなんとか両腕を交差させてゴールスタ・プラスの拳を受け止めた。だが、その重量と運動エネルギーは確実に機体へと損傷を与えている。


「まだまだグラントルクは戦えるぜェ!」


 シンは一歩後ろへ下がった脚を踏ん張り、胴体がガラ空きになったゴールスタ・プラスへと潜り込んだ。機体を低く屈ませ、上半身と下半身のバネを最大限に活かした突上げは一瞬だがかの巨体を宙に浮かせた。


「ぬぅ!」


 ドウェインは直下からの衝撃になんとか耐えつつも、操縦桿を握る手は少しも緩めない。ゴールスタ・プラスは落下の勢いを利用し、両手を組んでグラントルクへと振り下ろす。


 背面装甲を激しい衝撃が襲う。黒い装甲がビリビリと振動し、内部の人工筋肉が一瞬だが蠕動ぜんどうし、その動きを止めてしまう。だがこの程度でグラントルクは大破するようなヤワな造りではない。そしてシンの闘志はまだ少しも勢いを衰えさせてはいなかった。


 ゴールスタ・プラスが組んだ両手を離そうとする僅かな隙を突き、グラントルクは相手へと飛び掛かるように小さく跳躍した。空中で脚を跳ね上げるように姿勢を変え、そのままゴールスタの右腕へとしがみ付く。


 なんとシンは理力甲冑相手に関節技を仕掛けたのだ。いわゆる腕ひしぎ十字固めが極まった右腕は完全に伸びきっている。


「これは……外れん……?!」


 ゴールスタは膝をつく事なく力任せに抵抗するが、肘関節からはメリメリという音が聞こえだしてきた。おそらく、人工筋肉と内部骨格インナーフレームを繋いでいる腱にあたる部分が裂けだした音だろう。これ以上は右腕が使い物にならなくなってしまう。


 しかし、グラントルクの背筋力をもってしてもすぐに関節は破壊出来ない。それだけゴールスタの人工筋肉まわりと骨格が頑丈に設計されている証拠だ。


「もう……少し……おわっ!?」


 シンが奇妙な浮遊感を味わったと思った次の瞬間には、激しい衝撃が彼を襲った。グラントルクを振り放せなかったゴールスタ・プラスはなんと、そのまま相手ごと右腕を地面へと思い切り叩きつけてしまったのだ。


 グラントルクは一回転したあと、どうにかその場で止まった。これまでの戦闘で分厚い装甲はあちこちが傷だらけになり、ところどころ痛ましいヘコミが出来ている。だが、内部骨格や人工筋肉はまだまだ正常稼動しているようで、動作に怪しい所はない。


 対するゴールスタ・プラスは右腕の関節が動かない点以外はほとんど無傷に近い。背部の帝国製理力エンジンも特に異常はなさそうだ。やはり常識外れの超重量級を誇る機体の耐久力タフさは伊達ではない。




「お、おい……! すげぇ戦いだな……!」


「俺、こんなの見た事ねぇよ……!」


 グラントルクとゴールスタ・プラスの戦闘を間近で見ている歩兵や理力甲冑の操縦士、帝国も連合も関係なく一様に息を呑みつつ見守っていた。


 その中でも帝国軍の年若い兵士が少し心配そうにしながら隣の同期へと話しかける。


「な、なぁ、ゴールスタが少し押されてないか?」


「バッカだな。たしかにあの黒い理力甲冑は良く動くし、何度もゴールスタの攻撃を耐えてはいるが……あのドウェイン様が負けるはずないだろ」


「それも……そうか。そうだよな、ロックベアの勇名轟くドウェイン閣下が負けるはずねぇな!」


 一見すると、右腕を破壊されてしまったゴールスタ・プラスの方が不利にも思える。実際、観衆のうちの何割かはそのように見る向きもあったが。




「ふん! 丁度いい。このままだと儂の圧勝で終わりそうだったしの!」


「けっ、負け惜しみ言ってんじゃねぇ!」


「……負け惜しみかどうか、身をもって思い知らせてやろう!」


 使程度で、ドウェイン・ウォーとその愛機ゴールスタが苦戦するなどという事は無かった。


 ゴールスタ・プラスは腰を低く落とすと、猛然とグラントルクへと突進しだした。その勢いはまるで巨大な猪か猛牛を想起させるほどで、眼前に迫るソレを見たシンにはまさにブルドーザーか何かを連想してしまった。


 右肩の衝角めいた突起がグラントルクの胸部へと突き刺さる。いくらグラントルクがステッドランドよりも分厚い装甲を持とうとも、相手は通常の運用を想定していない重量級のゴールスタ・プラスだ。数倍の量の人工筋肉とドウェインの技量、そして理力エンジンが生み出す怒涛のパワーは何者にも止める事が出来ない。


 真っすぐで広い通りを、グラントルクが宙を舞う。普段であれば多くの人が行き交う主要な大通りだが、今ではすっかり荒れ果ててしまっている。そこへ激しい轟音と振動を響かせてグラントルクが墜落してきた。


 敷き詰められた石畳は深くから掘り返されてしまい、周囲の建築物や民家にガレキが飛び散る。二機の理力甲冑がぶつかり合うだけで凄まじい衝撃が起き、その余波と振動で辺り一帯は巨大な嵐でも通り過ぎたかのような惨状だ。民家の窓ガラスは散乱し、大きな穴がいくつも空いている。グラントルクが突っ込んだ建物は半壊し、ゴールスタが踏みしめた道路は大きな陥没となってその跡が残る。


 この戦いの後、この惨劇を目にした住民たちはこう思う事だろう。まさか帝国軍は巨大な魔物でも街に放ったのか、と。




「…………」


 意識が朦朧とする。全身に痛みが走る。口の中が鉄の味で一杯だ。


 この間隔には覚えがある。


(確か……何度目かの試合で……ボコボコにされた時……)


 明らかに格上の相手を前に、怯まず仕掛けていった試合。結果はKO敗け。


 あの時も意識が朦朧としていて、負けたと分かったのは控室に運ばれてからだった。


(だけどよ……今の俺はあの時とは違うんだぜ……?)


 シンはゆっくりと操縦桿へと手を伸ばし、そして掴む。打ち身が痛むが、まだ身体に力は入る。霞んでいた視界もようやくハッキリしてきた。


 顔にぬるりとしたものが流れ落ちた。どこかにぶつけて頭を切ったのかもしれない。だが、そんな事はどうでもいい。今は、今は――――


「この闘いを楽しまなくちゃあなァ!」


 シンは眼前へと迫りくるゴールスタ・プラスへと向かって力の限り吼えた。






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