第87話 果断・3

第八十七話 果断・3


 ガシィン!


 この日、何合目かの打ち合いが響く。


「ぐうぅ!」


「こんのぉ!」


 グラントルクの槍が、ゴールスタ・プラスの戦鎚を弾く。突き、払い、薙ぐ。お互いがお互いに攻撃と防御を繰り返していた。


 グラントルクが大地を踏みしめて下半身を固定させると、腰の捻りを効かせた横薙ぎを放つ。それをゴールスタは戦鎚を振り下ろして迎撃する。時面に叩きつけられた得物は石畳を砕き、破片を辺りに撒き散らした。


 そのままゴールスタは槍を抑えつけるように戦鎚へと重量を掛けつつ、反対の柄頭をグラントルクへと強襲させる。シンはそれを上手く槍の柄で受け止め、自然と鍔迫り合いのように押し合う格好となる。


「力比べか! 望むところよ!」


「やってやろうじゃねぇか! おっさんに負けるほどヤワじゃねーぞ!」


「言ってろ若造!」


 グラントルクとゴールスタ・プラス、二機の装甲の下にある人工筋肉が一気に膨れ上がっパンプアップした。それと同時に、ゴールスタの背後に搭載されている理力エンジンが唸りを上げる。


 ギギギ、と鋼が歪む嫌な音が聞こえる。あまりの力に装甲はおろか、内部骨格インナーフレームが軋んでいるのだ。特に関節周りは人間でいうところの軟骨にあたる板バネのような構造クッションが仕込まれているのだが、これが破壊寸前にまでなっている。


 全身の力を振り絞り、前へ前へと圧しだす。足の爪先から大腿へ、さらに腰を通して背面の筋肉を総動員し腕を支える。まるで見る人が見れば相撲の取組にも見えたかも知れない、そんな力と力のぶつかり合いだった。


「ぐぐ……!」


「ふ……ん!」


 操縦席に座る二人も力がこもる。理力甲冑の操縦は操縦士の思考に左右されるので、特に瞬発力や最大筋力を要する動作は知らず知らずのうちに力が入ってしまう。


 一見すると両者の力比べは互角のようだ。機体の体格と重量差、そして理力エンジンが搭載されているゴールスタ・プラスの方が出力が高い筈なのだが。


「負けられるかよォ!」


 シンの気迫と、新型人工筋肉がその不利を覆す。通常の理力甲冑に使われる人工筋肉と比して数割増しの収縮率と耐久性を誇る新型はこの瞬間、その性能を遺憾なく発揮していたのだ。




 ギリ、ギリ、と柄同士が擦れ合う。超重量級の理力甲冑の全力を受けて大きくしなる柄。これ以上は折れてしまうのでは、と思わず目を背けてしまうほどだ。


 一進一退。どちらも全く譲らない。


「ぐおぉ……!」


「うぎぎ……!」


 ドウェインもシンもこめかみに血管が浮き、全身からは滝のような汗が流れ落ちる。二人共、かなりの体力と気力、そして理力を消耗していた。


 だが、その均衡は一瞬にして崩れ去った。


 突如、グラントルクが後ろに倒れかかったのだ。それを観ていた周囲の観衆も、ゴールスタが勝ったのだと思ったが――――


「ヌウッ!」


 グラントルクが時面に倒れ込むと同時に、ゴールスタの戦鎚が宙高くに舞う。グラントルクが倒れる直前に思い切り上空へと蹴り上げたのだった。


 そう、グラントルクは力負けしたわけでは無かったのだ。わざと倒れ込み、その反動を利用してゴールスタ・プラス戦槌を蹴り飛ばしてしまうというシンの作戦が上手く決まった。


 グラントルクは倒れる直前、槍を支点にして華麗に着地する。と、同時にその遥か後方で戦鎚が大きな音と土煙を上げて何かの施設へと落下した。


「これで形勢逆転だぜ……? おっさん」


「……フム、見事。豪快さと大胆さが貴様の持ち味なのかのう。というか、さっきは貴様が落とした槍を拾ってやったろうが。それなのにこの仕打ちとは……鬼畜か?」


「うるせぇ! 俺はおっさんに優しくするのは嫌なんだ! それにおっさんは武器無くても十分強いだろうが!」


「それは……たしかにそうだな?」


 眼の前のゴールスタ・プラスは徒手空拳のまま、まるで熊が両手を上げて相手を威嚇するような構えを取る。


(チッ、本当の武器はその重装甲と重量ってわけかよ!)


 確かにゴールスタは戦鎚の他には何も武器らしいものを装備していない。それは彼とゴールスタにとって必要ではないからだ。




 見た目に似合わない機敏な動きでゴールスタが両手を振り下ろす。他の機体よりも大型なマニピュレータがグラントルクへと襲いかかった。


「こなくそ!」


 シンは舌打ちをする間もなく、愛用の槍でなんとか攻撃を捌いていく。只の殴打ではあるが、ゴールスタのとてつもない重量から放たれる打撃はいくらグラントルクでも何度も耐えられはしないだろう。いや、ひょっとすると操縦席付近を殴られれでもしたら、中にいるシンが保たないかもしれな。


 たまらずにグラントルクは大きく後退して、槍の間合いを作ろうとする。だがドウェインはそれを見越して離されないように上手く自分の間合を保つように動く。この辺りの動き方は流石、歴戦の操縦士といったところか。


「防戦一方てのは、俺の性に合わないんだ……よ!」


 グラントルクは槍を脇に挟みつつ石突を後方の地面へと突き立て、穂先をゴールスタ・プラスへと向けた。ちょうど地面から槍がそびえ立ち、そこへ間合いを詰めようとしたゴールスタが飛び込む形となった。




 硬質な金属音が鳴り響く。




 黒い槍、宵闇月明の穂先はゴールスタ・プラスの胸部装甲、そのど真ん中を――――




 いくらか食い込んではいるようにみえるが、穿っていはいなかった。そして。


「でぇえりゃああぁ!」


 裂帛れっぱくの気勢を上げるドウェイン。それと同時にゴールスタはもう一歩前へと足を出す。すると、あまりの重量に耐えきれず槍の柄が爆ぜるように粉々に砕け散ってしまったではないか。理力甲冑の装甲を幾度貫こうとも歪み一つないほど頑丈な剛槍が。


「な……?!」


 ゴールスタの体当たりと槍が弾けた衝撃でグラントルクは後ろへとたたらを踏むが、幸いに大きな隙は無くすぐさまシンは体勢を立て直す。わずかに逸らした視線の先には唯一残った槍の穂先が地面へと突き刺さっていた。


「これで貴様の得物も無くなってしまったな?」


「……お互い、残ったのは二つの拳だけ……ってか?」


 グラントルクは拳をさすると、さっと両腕を構えた。武術の型も何もない、いわゆるケンカスタイルだ。


 それを見てゴールスタは両腕を横に広げたまま立ちはだかる。防御を捨てたのか、それとも相手の攻撃を誘っての後の先カウンターを狙うのか。


「勝負はまだこれからよ、若造!」


「おっさん、そういう時はな……第二ラウンド開始ってんだよ!」


 黒騎士と岩熊の戦いは続く。







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