第87話 果断・2
第八十七話 果断・2
シンはあまりの衝撃に前後不覚となってしまう。
(何が……起きた……?)
頭を小さく振り直前の出来事、一瞬にしてあの機体が巨大化したかのような感覚を思い出した。
(いや、あれは突進してきたのか……あの場面でコッチの懐に飛び込むとは……)
と、シンは慌てて操縦桿から離れていた手を戻し、機体を飛び跳ねさせる。その直後、グラントルクが寝ていた石畳の地面は派手に吹き飛んでしまった。ゴールスタ・プラスの戦槌が勢いよく振り下ろされたからだ。
素直に敵を称賛する暇もない。シンは小さく舌打ちすると、ようやく機体の違和感を感じ取った。グラントルクの両手には何も握られていないのだ。
相手に隙を見せぬよう、周囲をさっと見渡す。すると、先ほどまで倒れていた付近に愛用の槍が突き刺さっているのを見つけた。
「……大ピンチ、ってか?」
槍を取りに行こうにも、眼の前にはゴールスタ・プラスが立ちはだかっている。この状況でみすみす槍を取らせる隙を見せる事も無いだろう。シンはグラントルクの両腕を挙げて徒手空拳で構えながら、どう攻めようか思案する。が、予想だにしない展開でその考えは打ち切られてしまった。
「それ、受け取れ。戦士が簡単に得物を落としてはいかんぞ?」
なんと、ゴールスタ・プラスは突き刺さっていたグラントルクの槍を無造作にひっこ抜き、シンへと投げ返してきたのだ。
「……なんのつもりだ?」
「なんの? つもりだと? そんなもの、一つしかなかろう?」
シンは罠や奇策を警戒しつつも、投げられた槍を受け取る。幸い、何かを仕掛けてきたり、二機を取り囲むようにしている他のステッドランドが攻撃してくる様子はない。
「貴様の槍捌きは見事なものだ。なら、その妙技を全て受け切った上で貴様とその黒い機体を倒さんと
と、初老らしい
「……ハハハッ! おもしれ―爺さんだな。そういや俺の名前、名乗ってなかったな。俺はシン。シン・サクマ。それでこの機体はグラントルクだ」
「ふむ……その名前、道理で……」
「こっちはちゃんと名乗ったぜ? 爺さんはなんていうんだ?」
「爺さん言うでない、まだ儂は五十過ぎだわい! ……儂はドウェイン・ウォー、そしてコイツはゴールスタだ」
ドウェインは自信たっぷりに名乗りを上げる。その瞬間、辺りの空気が変わったようにシンは感じた。
「へぇ。オッサン、有名なのか? 帝国も連合も関係なく兵がピリリとしてるぜ?」
「……貴様、儂の名前知らないのか? ホントに?」
「? ああ、知らないぜ?」
「どこかで帝国の
「ロックベアかぁ……一度戦ってみたいとは思ってるが。スゲェ強い魔物なんだろ?」
「……やっぱり儂はもう引退した方がいいのかのう……最近は負けが込んどるし」
「ヘッ、よく言うぜ……そんな殺気をビンビンに出しといてよ」
傍から聞いていれば呑気な会話だが、その間にもドウェインは鋭い剣先のような殺気を発し続けている。さしものシンも、背中に流れる汗が冷たい。
「まぁ、引退するかどうかは戦えば分かるしの。戦士は死ねばそこで最期……よ」
* * *
再び、辺りは緊迫した雰囲気に包まれる。ビリビリとした闘気とでもいうのだろうか、常人はおろか、訓練された兵士、操縦士たちもグラントルクとゴールスタ・プラスの一騎打ちから目が離すことが出来ない。
ザッと、摺足で前に出るグラントルク。重心をブレさせず、滑るように移動させるのは生身でも理力甲冑でも難しい。
「なかなかの腕前……実戦経験もそれなりにあるようだが、惜しむらくはまだ若いということくらいかの」
ドウェインはやや残念そうに呟く。シンの実力は非常に高く、一連の動きからもそれが分かる。
(あの白い機体の……ユウと同じ別の世界から召喚された日本人だろうな……)
睨み合いは続く。
ドウェインはシンが繰り出す槍や一挙手一投足を予測し、それを潰すように立ち回る。戦鎚を前面に構えての防御姿勢から、柄を杖術のように素早く振り回す構えへと移行させると、グラントルクは一転防御重視の構えに切り替わる。
戦槌の柄頭は打突用の四角錐になっており、その重量から柄を振り回すだけでも十分な威力が見込まれる。ただ、相手のグラントルクはゴールスタに匹敵する装甲の厚さだ。適当に打っても有効な一撃にはならないだろう。そこでドウェインは一気に槍の間合いの内側に入り、超接近戦で勝負を決めようと考えた。
「……!」
だが、一向に動かない。いや
一見するとグラントルクは槍で機体を守るように構えているが、その構えがどうも
「ならば……」
いくらカウンターといえども、槍の間合いを外れればその威力はひどく減じる。ドウェインはやはり一気に間合いを詰めて短時間で圧倒することに決めた。それに反撃をあらかじめ警戒していれば、ある程度のことには対処できるだろうと考えたからだ。
ゴールスタ・プラスは戦槌をしっかりと握りしめ、一歩を踏み出して長く続いた膠着を打ち破る。見ればグラントルクはピクリと肩部装甲を震わせていた。向こうも一瞬の隙を見逃すまいと覚悟を決めたのだろう。
一歩、また一歩と歩く度に辺りの建物が小さく震え、軒先に置かれた鉢植えが今にも落ちそうになる。小さな窓に嵌められたガラスはどれもヒビが入っており、石畳の街路はあちこちがめくり上がっていた。そのどれもが戦闘の苛烈さを物語っている。
ゴクリ、と息を呑む。
「シン・サクマ……」
都市国家連合軍北方方面軍司令部。侵入者対策にと殆どの窓と扉はバリケードで塞がれていたが、幸いにしてまだ突破はされていない。そしてその最上階の一室から外を覗う者がいた。
北方方面軍総司令官ジョージ・グレッグマン。度重なる帝国軍の侵攻から、ここクレメンテを始めとした都市国家連合北部一帯を防衛してきた男だ。
「総司令! 包囲した敵の攻撃は止まっています……いかが致しますか?」
「交代で休憩させろ、長丁場になるかもしれん。理力甲冑の操縦士にも休める時は休ませろ」
「はっ!」
北方方面軍司令部は比較的広い敷地を持ち、高い壁の中は理力甲冑が何機も入れる広場もある。とは言っても壁はあくまで人の侵入を阻むものであり、理力甲冑が本格的に攻撃を開始すれば簡単に突破されるだろう。
それをどうにか理力甲冑を集めた壁で維持しているに過ぎない状況の中、あの黒い理力甲冑が時間稼ぎをしてくれている。
(敵の急所を突ければ……この状況は一気にひっくり返る……だが、遅い。一体ファルシオーネ部隊は何をしているのだ……!)
帝国軍の空挺降下作戦は非常に効果的だった。空から戦力を降下させるという発想は理屈の上ではあるものの、今まではその手段が無かったのだ。それを帝国軍は秘密裏に飛行船部隊を練成し、今日この時の為に温存していたのだ。
だが、この作戦にも弱点はある。それは連合側の対空迎撃部隊の存在だ。レフィオーネを参考に量産された飛行可能な理力甲冑ファルシオーネ。いくら飛行船が何機もの理力甲冑を運べようとも、その鈍重な船体はファルシオーネにとってはただの的でしかない。
そして降下した敵の理力甲冑部隊は飛行船からの後方支援が無ければたちまち孤立してしまうし、入り組んだ市街地とはいえ上空からファルシオーネに狙われれば全滅すらあり得るのだ。
(初動でファルシオーネ部隊が偵察と迎撃に出たのがもう一時間前になる……そして通信用アンテナが破壊されたのが三十分前……彼らにとって状況が分からなくなったとはいえ、あの飛行船部隊は遠くからでも視認出来るはずだが……!)
レフィオーネの操縦士ほど連続飛行時間は多くないにしても、ファルシオーネの操縦士は皆、優秀な筈だ。司令部との連絡が遮断されたくらいで役立たずになるなどという事はない。
「という事は……あまり考えたくないが……」
この状況になってもファルシオーネ部隊が街へと戻ってこない理由。なまじ、外の戦況がほとんど分からないのが歯がゆい。
「今はシン、お前だけが頼りなんだ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます