第87話 果断・1

第八十七話 果断・1


「ふむ、どうやらイキのいい操縦士がいるみたいだな?」


「しかし多勢に無勢。いずれ消耗するでしょうし、貴方が出るほどでもありますまい」


 一つ区画の向こうでは連合軍の黒い理力甲冑が暴れまわっている。長大な槍を振り回し、こちら帝国軍側のステッドランドを完全に圧倒しているように見えるそれは、因縁の機体をどこか彷彿とさせた。


「……少し興味が沸いた。儂が少し、やろうかの」


「い、いえ! 貴方が出る幕では……!」


「なんだ、このドウェイン・ウォーではあの黒いのに敵わんと申すか?」


「そういう訳では……」


 お目付け役の部下が黙り込むのを見て、ドウェインは操縦桿を握りしめる。


 彼の乗っている機体はゴールスタ・ロックではない。少し前、ホワイトスワンとの戦いによって大破したまま、まだ修理の目途が立っていないのだ。そこで元々の機体、ゴールスタの予備部品と装甲を用いて通常のステッドランドを突貫工事で改装したものに搭乗している。言うなれば、ゴールスタ・プラスだろうか。


(整備士の話ではゴールスタほど重装甲で覆われた箇所が少ない……それに人工筋肉の出力がいくらか落ちているそうだが)


 ドウェインは背後から聞こえる甲高い音に少し嫌な顔をする。それは紛れもなく理力エンジンの音だった。


「よく分らん機関を載せてるのは少し気に障るが……これで本当に落ちた出力分が補えるのかのう」


 そう、ゴールスタ・プラスの大きな背部装甲の内側には帝国製の理力エンジンが搭載されている。これはクリス・シンプソンが駆るティガレストによって運用データが蓄積されつつあるのだが、如何せん、連合製のものより小型化が難航している。そのため、大型の機体で搭載重量に余裕のあるゴールスタ・プラスがその試験運用に選ばれたのだ。


 ドウェインは全身に伝わる振動と挙動を確かめるように一歩ずつ歩き出す。たしかに、書類の数字よりは力強さを感じる。だが、実戦ではどうか。ドウェインとしてはこういうは内地でしっかりと行い、信頼性と確実性を担保して欲しいというのが本音だが……今の帝国軍の内情をいくらか知っている身としては文句を言うに言えない。


(それもこれも、この戦争を勝利すればいいだけのこと……)



 * * *



「黒い機体の操縦士。お主、なかなかやるのう。このドウェイン・ウォーが直々に相手をしてやろうではないか」


 その野太い声がビリビリと黒い装甲を叩く。シンはその声から一種の威圧感を感じ取り、ニィと口端を上げこちらも外部拡声器スピーカーを点ける。


「おいオッサン、相当強いな?」


「自慢ではないが、理力甲冑の操縦には自信があるぞ?」


 武術の達人はその佇まいや振舞い、身のこなしで相手の力量を量るという。シンの見たところ、眼前の敵は相当な使い手だと感じられる。重心の低い歩き方、ブレの無い体幹、そして今も肌を突き刺すような殺気。生半可な相手ではない。


 シンは黙ったまま、手にした豪槍、宵闇月明よいのやみつきあかりを中段に構える。右手は前、左手を柄の後方を持ち、機体はやや半身。全身の人工筋肉を程よく脱力させた状態で、静かに相手を見やる。


 相対するゴールスタ・プラスは見るからに重装甲、重量型といった機体だ。得物は手にした大型の戦槌のみ。おそらく内蔵火器の類はないだろう。間合いでいえばグラントルクの槍の方がやや長く、そういう意味では有利に戦いを運べるだろう。だがしかし。




 ジリ、とにじり寄ったグラントルクは殆ど予備動作無しで槍を突く。弾丸のごとく一直線に跳んだ穂先はゴールスタの胴体部を貫く軌道だ。上半身のバネを使った一撃は神速とでもいうべき速度だ。


「ふんっ!」


 しかし、ゴールスタ・プラスは手にした戦槌の柄を使って上手く槍の一撃を捌いてしまった。穂先が装甲を掠める直前、槍の柄を横方向に打つことで突きの軌道を逸らしてしまったのだ。


 そしてそのまま戦槌の柄を振り回すように弧を描く。突きの威力を高めるため思い切り踏み切ったグラントルクの頭部へと、その柄頭が襲い掛かる。


「チィ!」


 だが一連の流れをシンは読み切っていたのか、突きの腕を戻す反動で上体を無理やり捻ることで回避する。両者は一歩も退くことはなく、お互いの得物の間合いのまま睨み合った。


「…………」


「…………」


 グラントルクもゴールスタも機を窺っているのか、微動だにしない。


(……これはマズいな)


 シンは相手の力量を一合、打ち合っただけで把握する。この操縦士は強い、と。


 先ほどの突きは、シンが繰り出す攻撃の中でも最速の部類だ。単純に槍を突き出すがゆえにその動作は単純を極める。それだけ相手は対処するのが難しいのだ。それをあの操縦士は十分に見切った上で、最小限の動きで防御し、そして反撃へと転じた。


 初見の相手、初見の攻撃をこうも見事に対応しきってしまうのは並大抵の腕ではない。よほど戦いというものに慣れた人間なのだろう。




 だが両手を挙げて降伏するわけにもいかない。むしろこの強敵をどう攻略しようかと、シンは心が躍る気分だった。ここまでの難敵は彼の生涯で初めてで、全力で挑まなければならないような状況ほど精神が高揚する。


「こんなチャンス、そうそうないってか……!」


 シンは腹を括ると、グラントルクと槍に意識を集中させた。先ほどと同じく、最小限の動作で槍を小さく振るう。狙うはゴールスタ・プラスの手元だ。いかに相手が強くとも、得物を落としてしまえばこちらにも勝機が見えてくる。そうでなくとも僅かな隙を作り出したり、十全に得物を振るえなくすればそれでいい。


 槍の穂先が急に跳ね、そしてゴールスタの右腕目掛けて斬りつける。それに反応した相手は一歩退きつつ、やはり戦槌の柄で上手く捌き切った。だが、シンは攻撃の手を緩めることなく小刻みな突きを繰り出していく。


「チッ! チッ!」


 ゴールスタの持つ戦槌は大振りに振り回す武器のため、一撃の威力は高いが細かい動作や俊敏性に劣ってしまう。その弱点を突くため、シンは攻撃の暇を与えない猛攻に打って出たのだ。


 左手と右手でしっかりと握った槍は精密な動きで鋭い突きを繰り出す。宵闇月明の穂先は断面が三角形の大型なもので、貫通力と切断力に優れていた。時には真っすぐ突き、時には手首を返して巧みに斬りつける。さしものゴールスタ・プラスも、この連続攻撃を全ていなすことは出来ず、装甲表面には大小様々な傷が走っていく。


(よし、このまま圧しきれる……!)


 シンは相手の戦槌を叩きおとそうと、少しばかり大きく槍を振るう。敵は防戦一方、明らかに戦いの流れは自分が握っている。そう確信したのが間違いだった。




「ふんっ!」


 ドウェインは鼻息一つ鳴らすと、機体全身の人工筋肉を一気に膨れ上がらせた。そしてまるで猛牛か何かの突進のごとく、グラントルクへとその巨体をぶち当てたのだ。


 グラントルクの巨体が宙に浮く。重量級の機体をいとも簡単に吹き飛ばす、超重量級。まさに岩熊ロックベアのあだ名は伊達ではないとの証明のようだ。


 いかにシンの槍が理力甲冑の装甲程度を簡単に貫こうとも、今のような小手先に狙いを絞ったものではゴールスタ・プラスの装甲を穿つものではない。そのことを見切ったドウェインは迷うことなく体当たりを敢行したのだ。これが多少の傷をものともしない、ゴールスタとドウェイン本来の戦い方だ。






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