第86話 黒鎧・3

第八十六話 黒鎧・3


 激しい音と共に、重厚な門がバラバラに吹き飛ばされてしまった。


「まったく……人が留守してる間に街へと入り込みやがって……」


 そこには黒い理力甲冑が一機、長大な槍を構えていた。小隊から離脱し、いち早くクレメンテへと戻ってきたシンとその愛機、グラントルクだ。


「ま、この俺が全部追い返してやるがな!」


 とはいうものの、帝国軍に占拠された北部正面門を突破するのに時間が掛かってしまい、街のあちこちからは煙が上がっている。上空には例の飛行船が何隻も見え、相当な数の理力甲冑が侵入していると予想された。


(こういう場合、敵はこちらの最大の急所を狙うよな……)


 いくら上空からの奇襲といえど、一度に送り込める戦力は限られるはずである。そのため、連合軍の戦力を分散、かつ街から遠ざけるために街の周囲を取り囲むようにして大攻勢が掛けられたのだ。


「となると、まずは軍司令部と議会場!」


 シンは迷いなく操縦桿を握り、グラントルクは街の中央へと続く大通りを駆けだした。






「本部との無線機は……やっぱり不通か」


 無線機のスイッチをガチャガチャ操作するが、本部との回線は雑音しか聞こえてこない。先程までは通じていのだが、さすがにこの短時間で制圧されるとは考えにくい。おそらく現場の混乱を目的に帝国軍がアンテナを破壊したのだろう。


「ま、それでもやる事は変わらねぇよ」


 シンはそう呟き、神経を研ぎ澄ませる。グラントルクの全身に循環する人工筋肉の保護液の音のほかに聞こえてくるのは遠くからの戦闘音。向こうの方では避難民を誘導する兵士の怒号。そして、重量物が石畳を踏みしめる音――――


「ッ!」


 建物の陰に隠れていたグラントルクは手にした槍を勢いよく突き出す。周囲を警戒しながら前進していた帝国軍のステッドランドは辻道から襲い来る攻撃に反応できず、胴体を串刺しにされてしまった。


 まずは一機撃破したグラントルクはそのまま槍を手放し、思い切り踏み出す。串刺しにされた機体はそのまま向こうの方へと倒れ込み、後続の敵機は突然の強襲に驚きながらも手にした小銃を構える。シンはその銃口が自分の方へと向かっているにも関わらず、さらに接近していくではないか。


 三機もの敵ステッドランドが一斉に銃撃する。だが、両腕を前方で交差させたグラントルクの装甲は銃弾をことごとく弾き返す。軽やかな挙動からは信じられないほどの重装甲を誇るこの機体を止めるには、レフィオーネの大口径ライフルブルーテイルか城塞攻撃用の野戦砲あたりを持ってこなければいけないだろう。


 敵操縦士が驚愕する一瞬の隙を突き、グラントルクは交差させた腕を思い切り開き、右掌を敵機胸部へと打つ。拳で殴るのとは異なり、訓練された武術家の掌底は対象物への衝撃を伝えられるという。人間でいえば筋肉や骨を破壊するのではなく、内蔵を破壊する技術。堅牢な鎧で固められた敵の肉体を攻撃するために、効率よく衝撃を伝える技術。


 激しい衝撃と鈍い音。金属特有の高音ではなく、岩同士がぶつかるような鈍さ。それはつまり、運動エネルギーが殆ど衝撃として伝わった証拠だ。


 掌底を食らった機体はあまりの衝撃に内部の人工筋肉が破裂し、内部骨格インナーフレームがたわんで接合部がことごとく弾けてしまった。当然、操縦士はそんな衝撃に耐えられるはずもなく、もはや原型が残らないほど無惨な姿になっている。


「だぁぁりゃ!」


 そのままグラントルクは残る二機のうち、片方の背後へと回り込む。すると人間でいうの辺りに片手を無造作に突っ込んでしまった。装甲と装甲の隙間を無理やりこじ開け、内部に格納されているケーブルのようなものを力づくで引きちぎってしまった。これは操縦士の理力を機体の全身に送り込むための金属線であり、これを切断されてしまうと理力甲冑はたちまち動けなくなってしまう。


「っと!」


 最後の一機が反撃とばかりに片手剣を抜き放ち、グラントルクへと斬りかかる。だがシンは予めその動きを知っていたかのように半身を引いて躱してしまう。そして先ほど無力化した機体を抱きかかえたかと思うと、そのまま敵機へと向けて放り投げてしまった。




 理力甲冑は本来は相当な重量で、それを軽々と持ち上げてしまうグラントルクの人工筋肉は並みの出力ではない。実はアルヴァリス・ノヴァの新型人工筋肉、それと同じものを全身に配置していたのだ。


 アルヴァリスは理力エンジンの補助込みで稼働しているが、グラントルクはシンの理力供給のみで動くという、先生も呆れるほどの理力量だ。その強大な膂力を持ってすれば、ステッドランドの一機くらいはどうという事はない。




 そして、放り投げられた機体と共にその場に倒れてしまうステッドランド。グラントルクはその場に落ちていた片手剣を拾うと、その腹部へと思い切り突き立てる。鉄の板が破断する甲高い音が響き、すぐに人工筋肉が弛緩していく。操縦士からの理力が途絶えたのだ。


「ち、あちこちに敵がいやがる……この調子だと、軍本部はあんまり長時間持たないぞ」


 本部や街の内部には最低限の戦力が温存されていたはずだが、この攻勢にどこまで耐えきれるか分からない。今は何としてでも本部へと辿り着かなくては。



 * * *



「……数が多いな」


 建物の陰に隠れ、シンは通りの向こう側を慎重に覗き込む。通りを一つ挟んだ向こうが北方司令部と議会場のある地区だ。だが、その周囲の通りは侵入した帝国軍が取り囲んでおり、立てこもった理力甲冑部隊と小競り合いを続けているところのようだ。


 帝国軍としては軍上層部やクレメンテの議員を人質に取りたいのだろうか、はたまた交渉でもするつもりなのか、一気呵成に攻め込む気配がない。よく見れば、帝国軍の歩兵部隊が集結している。


(どこかのタイミングで建物に突入、一気に片を付けるという事もあるな)


 これ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。元々、防衛側であるクレメンテは攻撃側である帝国よりも優位に立てる筈だが、ここまで腹の内に攻め込まれてはその優位が活かせない。ここは多少の無茶を承知で街の中に侵入した部隊を排除しなくてはならないとシンは判断した。


「一暴れ、してやるか」


 一つ、大きく息を吐くと彼は意識を自身の身体から、グラントルクの機体にまで拡大する。まるで自分が巨人になったかのような感覚。理力甲冑の優れた操縦士は正に自分の身体を動かす感覚で機体を操るという。


 右手に持った剛槍を握りしめ、グラントルクは地面を蹴った。


「まずは一機!」


 グラントルクが放った槍の一撃は背後からステッドランドの胴体を貫通した。そのまま機体ごと槍をグルリと振り回して近くにいた敵機を薙ぎ払っていく。鋼鉄の歪む音、兵士の怒号、小銃の発砲音。様々な音が混ざり合い、響き渡る。


「まだまだいくぜ!」


 そのままシンは狼狽えている敵理力甲冑へと攻撃を仕掛けていく。相手も反撃しようとするが、迂闊な攻撃は僚機や近くにいる歩兵部隊に被害が出ると危惧してか、積極的な行動に移れないでいた。多勢に無勢、だがこの状況はシンに有利といえる。


(このまま頭数を減らせれば……!)


 全ての敵を撃破しなくとも、ここにいる理力甲冑を三割、いや二割も減らせばかなりの損害になり、戦力差も大きく開く。それに時間が経てば経つほど街の外から友軍が戻ってくる。そうなれば帝国軍の敗北、作戦は失敗だ。


 だが、そう簡単に事は進まなかった。


 シンとグラントルクは帝国軍の背後を突く形で強襲したため、理力甲冑部隊は混乱に陥るかと思われた。だが、相手も都市国家連合の急所に空挺降下を仕掛けるような精鋭部隊、そうそう崩れはしなかった。


「ちっ、これは少しだけ予想外……だぜ!」


 多数の帝国軍理力甲冑を相手にしての大立ち回り。司令部の周囲に籠城した味方の援護を受けてはいるものの、たった一機でこれだけの相手と戦うには無茶が過ぎる。シン本人も嫌な流れになってきた事を感づいているが、どうしようもない。


「これで……何機目だァ?!」


 漆黒の剛槍を大きく振り回し、鋭い穂先で敵機の頭部を刎ねる。もう何機倒したか分からない。グラントルクの周囲にはステッドランドの残骸がただ、無数に広がるばかりだ。


 と、その時。


 グラントルクを囲っていた理力甲冑の包囲の一つがまるで扉のように開けた。戦闘中にも関わらず、他の機体は攻撃を止め後ろへと下がっていく。


「なんだ……?」


 そこには、一際大きな体躯のステッドランド改造機が立っていた。


「黒い機体の操縦士。お主、なかなかやるのう。このドウェイン・ウォーが直々に相手をしてやろうではないか」


 野太く、荒々しい声が外部拡声器によって届けられた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る