第86話 黒鎧・2

第八十六話 黒鎧・2


 土煙と共に、何機もの理力甲冑が現れる。帝国の高速輸送艇から飛び降りた彼らは脚部を柔軟に可動させ、着地の衝撃を上手く打ち消す。それだけで操縦士の練度が窺い知れるというものだが。


「へっ、有象無象がいくら集まっても……俺とグラントルクを止められると思うな!」


 決して強がりではない台詞を吐きながらシンは握り慣れた操縦桿に力を込める。人工筋肉が収縮し、保護液の循環する鈍い音が操縦席に響き渡った。


 黒い鎧を震わせながらグラントルクが一歩を踏み出す。目指すはここら一番近い北側正門だ。あそこなら理力甲冑が通れる通用門がある。


 だが、敵もそれを承知しているからか、グラントルクをはじめとした小隊の機体を取り囲むように素早く展開する。片手剣などの近接武器を持った前衛と小銃を装備した後衛の二機編成、それが六組。三小隊分の敵戦力に対し、シンたちは一小隊四機という普通に考えれば不利でしかない戦力差だった。


「お前ら、分かってるな?!」


「誰に言ってやがる?」


「この包囲を抜けて……」


「一番最初に街へ戻ったやつが全員からの奢りで酒飲み放題!」


 三倍の敵に立ち向かうのは半ば無謀にも思える。だがしかし、彼らは異邦者であるシンと同じ部隊の操縦士なのだ。


「連携がまだまだ未熟だなぁ?!」


 鈍色のステッドランド、その一機が素早い動きで敵の前衛に取り付く。斬撃を紙一重で躱し、手にした理力甲冑用の小銃を構え、別の前衛機へと狙いを定める。小気味よい発砲音と共に狙われた機体が剣を手放してしまった。いや、たった一発の銃弾でその機体の右手を破壊してしまったのだ。


 コッキングレバーを引きながらその操縦士、ネストが器用に機体を反転させる。密着していた敵機が放った蹴りをうまく回避したのだ。そのままネスト機は続けて同じ機体に銃口を向けて引き金を引いた。


「へっへ、左も貰い!」


 その言葉通り、左腕の肘関節へと銃弾が吸い込まれるようにして命中した。理力甲冑の装甲は現実の鎧甲冑を参考に形状を考えられているので、なるべく装甲と装甲の間に隙間ができにくいようになっている。だが、ネストの放った銃弾はその僅かな隙間を掻い潜り、内部の人工筋肉を骨格へと繋ぐや関節機構をことごとく破壊してしまったのだ。


「お前なぁ、無力化させてばっかりで少しは撃破に貢献しろ!」


 と、ネスト機の反対側で怒鳴る声が一つ。その機体は両手持ちの大剣を力強く振りがぶっている所だった。


「お前みたいに敵をバッサバッサ斬り倒すのは趣味じゃねぇんだよ!」


 その言葉を聞いているのか、いないのか。大剣持ちの機体、その操縦士クィンシーは深く息を吐いた。


 まさに一閃。相当な重量のはずの大剣を一気に振り抜くと、ネストがいま攻撃していた機体の僚機は持っていた小銃ごと脳天から真っ二つに両断されてしまった。まさに、大剣の基本運用がその重量で相手の装甲を叩き斬るというものであることを再認識させられるような剣技だ。


「っと!」


 地面に半ばめり込んだ大剣を担ぐようにして持ち上げると、その大剣を盾のようにして銃弾を防いだ。分厚い刀身に甲高い金属音が奏でられる。クィンシーは完全に敵の銃撃を見切っているのか、小刻みに大剣の角度を変えて上手く弾丸をいなしていった。


「いちいち邪魔……なんだよ!」


 そのままクィンシー機がその場で独楽のように回転しつつ、一気に敵の一機へと急接近する。勢いのついた大剣の柄の先端を敵機の胸部装甲へとぶつけ思い切り吹き飛ばすと、そのまま横薙ぎに大きく振り抜いた。姿勢を崩した敵機は回避する事もできず、その分厚い刃をまともに食らってしまい力なく崩れ落ちてしまった。


「お前ら、遊んでないで早く包囲を崩せ!」


 二人を叱咤するのはこの小隊の隊長、エリックだ。


 彼の機体は見た目こそ通常の連合軍仕様のステッドランドだが、使われている部品は最新鋭のステッドレイズの物が流用されている。理力エンジンこそ搭載していないが、それでもエリックの技能と合わせて十分に高い性能を発揮していた。


 エリック機が左手に持った自動小銃アサルトライフルの引き金を引く。これもステッドレイズが標準装備している最新型で、低かった信頼性を向上させたものだ。ダダッと、数発の発射音が響くと同時に敵機の頭部が蜂の巣のようになってしまう。


その隙を突いて別のステッドランドが背後からエリック機へと急接近してくる。思い切り踏み込み、片手剣を上段から袈裟斬りに振り下ろす敵機。その剣閃は疾く鋭く、並の操縦士では受け止める事はおろか、反応する事すら不可能だろう。だが、エリックは慌てることなく冷静に機体を操縦してみせる。


 振り向きざまに自動小銃を地面に向けて三発連射すると、丁度敵機が踏み込んだ足に命中する。機体の全重量が掛かる爪先の装甲がへしゃげてしまい、その敵機は踏み込みの勢いもあって姿勢を崩してしまった。相手にのしかかる形で突っ込む瞬間、エリック機は右手の片手剣をしっかりと握りしめて大地を蹴る。


 一閃。敵機とのすれ違いざま、エリック機が真一文字に振るった剣は相手の胴体部分をしっかりと捉えていた。彼は瞬間的にユウの操るアルヴァリス・ノヴァにも匹敵するかという速度で敵機を真っ二つにしてしまったのだ。


「……相変わらず無駄のない動き」


「あの速さはシンでも敵わねーな……」


「無駄口叩くな。で、そのシンはどこにいった?」


 三人は引き続き敵機を排除しつつ、ぐるりと戦場を見渡す。そこには見慣れた漆黒の理力甲冑の姿が無かった。


「アイツ! 俺達を囮にしやがった!」


「くそ、マジかよ!」


「いやいい、あいつは一人でも十分戦える。それより俺達も早くシンを追うぞ」


 ここは多少の危険を承知でも、いち早く街へと増援を寄こさなければいけない。シンの判断は思い切りが良すぎるが、合理的でもあった。


「だが、無茶した罰だ。酒はシンからの奢りにしてやる」


 エリックは小さく呟くと、残りの敵ステッドランドへと小銃を向けた。







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