第86話 黒鎧・1
第八十六話 黒鎧・1
漆黒の柄の先に、鋭く鍛えられた刃が煌めく。断面が三角形をした穂先は突くのに適しており、理力甲冑の装甲を簡単に貫いてしまう。
「邪魔……だっ!」
その穂先が一直線に飛び、緑灰色をした帝国軍ステッドランドの胸部を穿つ。黒い装甲の理力甲冑はその槍を一気に引き抜くと、敵機は力なく崩れ落ちた。
「シン! こっちは片付いた!」
「おう、俺の方も終わったぜ」
無線機越しに部隊の面々が被害と戦果を伝え合う。概ね軽微な損傷で済んでいるのは、彼らが連合軍内でも精鋭と数えられる理力甲冑部隊だからだろう。
連合軍北部方面軍に属する彼らは強大な理力を有するシン・サクマを中心に、操縦技能や理力に秀でた操縦士で構成されている部隊だ。彼らは北部方面軍司令部の置かれているクレメンテに駐留し、時にはケラート奪回戦などにも参加するなど連合軍でも一種の切り札的な存在である。
現在、連合軍はオーバルディア帝国帝都へと侵攻作戦を遂行中だが、シンたちはその任務に関わっていない。それにはいくつかの理由があるのだが、最大の理由は戦力の偏重を避ける事にあった。
帝都侵攻部隊にはホワイトスワンを始め、スバル率いる飛行可能な量産型理力甲冑ファルシオーネなど、強力な部隊が揃っている。激戦が予想される帝都侵攻作戦であるため、生半可な戦力では返り討ちにあってしまうのだ。
だが、長距離侵攻という任務の性質、帝国軍の保有する戦力、アルトスやクレメンテなど国境近くの地理的要因から、各都市の防御にも気を付けなければならなかった。
「よし、この一帯の帝国軍は撤退したか……」
「おい、
「どうするよ? いくらこの辺に敵が居なくなったからといって迂闊に動けないぞ?」
「とりあえず本部に問い合わせるか……近くの部隊にも呼びかけてくれ」
シンたちの部隊は突然の敵襲に素早く迎撃へと出ていた。彼らはクレメンテの街の外、北部に広大な湖を望む草原地帯を受け持っており、そこかしこに敵ステッドランドの残骸が散らばっている。
第一報によると、過去にも襲撃のあった高速輸送艇を中心とした理力甲冑部隊を中心に、多数の戦力が展開しているらしい。
戦力の差はあれど、ここクレメンテには何度かこのような攻撃はあった。その度に、シンたちをはじめとした北方方面軍に属する部隊が撃退してきたのだ。
(だが、何かおかしい……)
シンは敵の侵攻ルートや分布を知る立場にないのだが、敵の挙動からそれまでの攻撃とは何か別の意図があるように思えた。ただクレメンテを攻めるのではなく、どこかこちらの戦力を広く分散させるような……。
「……なんだと?!」
と、突然、本部と通信していた操縦士が叫ぶ。
「……わかった」
「おい、どうしたんだ?」
「何かあったのか」
シンたちは無線で通信していた操縦士の理力甲冑の下へと集まる。内容は分からないが、何やら良くない雰囲気だ。
「あ、ああ……シン……皆、聞いてくれ。今から十分前、クレメンテ西方で帝国軍のものと思われる飛行兵器が確認された。そしてさらなる増援も、だ」
「マジかよ……」
「飛行……兵器?」
「とにかく、俺たちはクレメンテの防衛を固める為に一刻も早く街へ戻るぞ」
操縦士らに些かの動揺が走るが、誰もそれを面には出そうとしない。
「よし、各自は武装と機体の損傷を確認しろ。帝国の奴らがまだ隠れているかもしれないからな」
その時だった。
「お、おい! あれを見ろ!」
「なん……だ……? 空飛ぶ船……?!」
「かなりのデカさだぞ……」
それはクレメンテの街、上空に浮かぶ帝国軍の飛行船部隊であった。巨大な威容、それが八つ。初めて見る彼らにとって、それは得体の知れない恐怖そのものだった。
「チッ……飛行船……それにあの位置……そういう事か……!」
シンは一人、何かを理解したようで急いで無線機を繋ぐ。
「本部! 聞こえるか!? こちら第三部隊シン・サクマ!」
「こちら本部。どうしたサクマ、こっちは忙しいんだぞ」
「これからもっと忙しくなるぞ! 上空の飛行船……いや、デカい船みたいなやつだがな、あれの目的はクレメンテへの
「空挺……作戦?」
「あの船から直接理力甲冑が降りてくるって事だ! 急いで戦力を街の中に集結させろ! それと市民の避難! 特に軍本部や議会場なんかはバリケードで固めろ! うかうかしてると歩兵部隊も侵入してくるぞ!」
「……分かった、急いで手配する。お前の部隊はすぐにでも動けそうか?」
「ああ、今しがた敵を片付けたところだ……いや、待て、クソッ新手が来やがった!」
「とにかく、事態は把握した。お前たちは可能な限り敵を排除しつつ街へと戻り降下してくるという敵部隊の迎撃だ。街の北部へは別の部隊を回す」
「了解っ!」
シンが無線を切ると同時、あの黒い高速輸送艇から何機もの理力甲冑が降り立つ。一度に攻めてこないあたり、やはり街の外の敵部隊は陽動と戦力の摩滅が目的か。
「へっ、たったこれっぽっちの数でこの俺の進路を防ごうってのが間違いなんだよ!」
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