幕間・12

幕間・12


 帝国領のとある地方。広大な土地に広がる草原はなだらかで、ひんやりととした風が吹く。季節はちょうど秋といった所で、よく見れば下草は青々とした綠色からやや黃褐色に変わり始めている。この辺にはそういった種類の木々は広がっていないが、もしもユウの住んでいた世界だと紅葉に色づいて綺麗な風景が見られた頃合いだろう。


 そんな草原を一台の機械が走る。このルナシスでは他にない、ユウのバイクだ。搭載された小型理力エンジンが高い音を奏でつつ、チェーンやギアなどの機械的なノイズがリズムをとっている。


 明るい綠色のカウル、スポーティな車体。外からは見えないが所々先生の手が入っているチューンは、交換用のパーツが無いなりに上手くやっているらしい。




 悪路オフロードを走る為のタイヤではない為、そこまで速度は出ていない。それに今は後部座席に人を乗せているため安全運転だ。


「ユウ、もうそろそろじゃない?」


「たぶん、あの森の向こうだよ」


 ヘルメット越しなので聞き取りにくいが、それでも会話は出来る。目当ての場所はもうすぐだ。



 * * *



「ふぅ」


 ヘルメットを脱ぐと、少しだけ汗ばんだ銀髪が額に張り付いている。手でその長い髪を軽く掻き上げるとひんやりとした空気が気持ちいい。


 クレアは辺りを見渡し、ちょうど良さそうな場所へ背負っていた荷物を下ろした。


「ユウ、ここでいいんじゃない?」


 振り返った先には自分のヘルメットを脇に抱えたユウが。


「うん、そうだね……」


 彼は深呼吸しながら答える。澄んだ空気が肺いっぱいに広がっていくようだ。


 少しだけ盛り上がった土地にある森のすぐ脇、そこにはちょっとした池があった。見たところ森や池の周辺は人の手が入っているらしく、それなりに整備された公園かちょっとしたキャンプ気分だ。


「ツーリングにはちょうど良い場所だね」


「つーりんぐ?」


「バイクでお出かけってこと」


 ユウの言った通り、今日はクレアと二人で外出しているのだ。


 戦時下とはいえ補給や整備の関係上、毎日出撃したりホワイトスワンで移動しているわけではない。今日はそんな休養日で、ユウたちも半日ずつ交代で休みをとるようにしている。


 事の発端はユウがバイクを引っ張りだして洗車していたところ、それを見ていたクレアが近場を周ってみようと提案したことまで遡る。それならばとユウは先ほどの軽食や水筒を用意しだし、クレアもレフィオーネで周囲を哨戒したときに見つけた池まで行こうと盛り上がっていき、現在に至る。


 クレアと一緒にシートを拡げ、リュックの中から水筒や軽食を収めた弁当箱を取り出す。太陽は頂点には達していないが、そろそろお昼にはいい頃合いだ。


 二人はシートに並んで座り、一息つく。そこへサァ、と柔らかな風が吹いた。


「風が気持ちいいわね……」


「そこまで寒くならなくて良かったね。はいお茶」


 ユウが手渡したコップからは湯気とほんのりいい香りが立ち昇る。気温がそこまで低くはないとはいえ、バイクに乗っていると風で体が冷えやすい。


「ん……はぁ、美味しい」


「温かさが染み渡る……冬にバイクで走った後、冷えた体にコンビニの缶コーヒーや肉まんが凄く美味しくなる理論だよね」


「まーたユウが知らない言葉をしゃべってる……」


「あはは、ゴメンゴメン」


「……最近のユウは元いた世界の事、よく話すようになったわね」


「言われたら……そうかも。もしかして何か気に障った?」


「ううん、違うの。むしろ良い事だと思うわ。その、なんていうか、最初の頃より自然体っていうか」


 クレアがユウの横顔をじっと見る。初めて出会った頃、妙に余裕があるように見えてどこか気を張っていたようにクレアは思う。しかしそれも今ではあるがまま、ユウはユウらしく振舞えているようだ。今でもどこか頼りない顔つきは変わらないのだが。


「うん……こっちに来た頃はどうしても元の世界の事を考えていたし、クレアや皆の言う事に流されて戦ってるところもあったしね。もちろん、今じゃちゃんと自分の意志で戦ってるよ? クレアやスワンの皆を助けたいし、この戦争も早く終わらせたいし」


 それに、とユウは続ける。


「クレアに自分の気持ちを伝えられたし……クレアの気持ちも分かったしね。そういう意味じゃあ迷いみたいなのは無くなったと思う」


 ユウは言ってて自分で恥ずかしくなり、自分の顔や耳が熱くなるのが分かった。もしここに鏡があれば、自分の顔はかなり赤くなっているだろうなと思いつつ、クレアの方を見やる。


「…………」


 クレアはクレアで、顔を真っ赤にしながら自分の髪の毛を指で弄っていた。お互いに好意を伝えあい、晴れてホワイトスワン公認(?)の仲になったとはいえ、恋愛関係には奥手で鈍感な二人はいつもこんな感じである。それが初々しくもジレったいとはリディアとネーナの弁だ。


「あ、べ、別にこれで死んでもいいやとか、そんな事は思ってないよ?! この世界で暮らしていくのに、クレアと一緒なら上手くやれるかなとかそういう……」


「わ、分かったから! ユウの言いたいことは分かったから!」


「あ、うん……」


 お互い、気まずい沈黙に包まれる。ユウは視線を泳がせ、クレアはさっきから髪の毛の先を弄り続けるばかりだ。


「その、ね。私は……そのほうが嬉しい……かな」


「え?」


「ユウが元の世界に、自分の世界に戻れないのは残念だけど……それが貴方の負担になってないか、私は心配だった。でも、ユウは私が思っていたよりも、ずっとずっと強かったってことなのよね」


「僕は……そんなに強くないよ」


「そんな事ないわよ。いつだってユウは私達を助けてくれたじゃない。みんな、ユウのお陰でここまで来れたと思ってるわよ」


「無茶して敵に捕まったりした事や、地図にも載ってない島に流れ着いた事もあったけどね」


「それでもちゃんとスワンに帰ってきたじゃない」


「……なんか、家出少年みたいな感じで言ってない?」


「あら、バレた?」


 どちらからともなく笑いだす二人。


「僕は……早くこの戦争が終わって欲しい」


「……そうね。それももう、あと少しよ」


「……うん」



 * * *



「あ、お帰りっス」


 バイクの理力エンジンを切り、スタンドを出す。カチャンと硬い床にスタンドが擦れ、ユウたちはバイクを降りた。


「ただいま」


「ヨハン、あんた何やってんのよ?」


 格納庫ではヨハンが一人、訓練時の運動着で訓練でもしているところなのだろうか。隅っこの方で何かをしていたらしく、程よく汗をかいている。


「ああ、まぁ秘密っスよ」


「ふーん?」


「俺の事は良いっスよ。二人はどうだったんスか? は」


「は」


「え」


 ヨハンの一言に、二人は思わず固まってしまう。


「デ、デ、デート……」


「…………そうか、デート、と言えなくもない……のか」


「そりゃ、二人きりで出掛けたらデートでしょ。いや、なんで二人とも顔を赤く……あ、もしかして」


「ち、違うから! そんな事してないわよ!」


「いや何もまだ言ってないスよ、姐さん。それに……って、なんスかねぇ~?」


 珍しく狼狽えるクレアを前に、ついついイタズラ心が芽生えたヨハンはここぞとばかりに意地悪な質問をしていく。普段なら文字通り一蹴するはずのクレアはどんどん赤くなっていき、とうとう湯気でも見えそうなくらいになってしまっている。


「ヨハン、そこまでにしとけよ?」


「おっと、ユウさんの顔に免じてここまでにしとこっと。それじゃお二人さん、それでは~」


 そう言ってヨハンはニヨニヨ顔のまま格納庫を出て行ってしまった。


「……」


「……」


 残されたユウとクレアはお互いに黙ったまま、チラチラと目を合わせる。


「えっと、またどこか遊びに行こう? 二人で」


「……え、ええ」






(あの様子じゃ、絶対キスもまだなんだろうなぁ……はぁ、先が思いやられる……)


 ホワイトスワンの通路を歩きながらヨハンはため息を吐いてしまう。ユウは相当に鈍感ニブちんなのは周知の事実だが、クレアもクレアで恋愛だのなんだのは得意ではない。いわゆる思春期の頃から軍隊で訓練をしていたこともあって、男女の関係というものを意図的に避けてきた節がある。


(うーん、ま、それでも一歩前進かな。全く、世話が焼けるなぁ)


 ヤレヤレ、と思っている心の内とは裏腹に彼の表情は…………どちらかというと面白いおもちゃを手に入れた子供のような顔をしていた。


「ま、あの二人なら大丈夫っしょ」


 なんだかんだで上手くいくだろう。ヨハンは根拠のない自信を勝手に抱きつつ、訓練でかいた汗を流しにいくのだった。







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