第85話 碧空・2
第八十五話 碧空・2
「風向き……ヨシ、速度……ヨシ」
「敵方の理力甲冑部隊は手薄です!」
「降下地点確保ォ!」
「一番機から順に降ろせェ!」
激しい機関音と風切り音。
空中に浮かぶ飛行船内では多数の船員が右に左に駆けずり回る。大型の理力エンジンは安定して駆動しているが、被弾した気嚢の応急修理がまだ不十分だった。幸いにして十二に分けられた一つに穴が空いただけなのですぐに浮力への影響は小さい。
飛行船の両脇から何本もの鉄骨が伸び、外板が大きく開く。それには理力甲冑が何機も吊り下げられており、まるでおもちゃの人形のようにガシャリと揺られる。
「降下ァ!」
ブリッジからの許可を得た甲板員は降下の合図を出す。それを切っ掛けに、次々と吊り下げられた機体が地上へと向けて落下していった。太い鉄線がギャリギャリと鳴りながら滑車を滑る。
銃床を切り詰められた小銃を胸に抱えたステッドランドはそれなりの重武装だ。予備の弾倉に小振りな剣を二振り、小型の盾を左腕に装備しつつ、腰には手榴弾が四つほど連なる。背部には大きめの背嚢のようなコンテナを背負い、内部には各種弾薬や補給物資が詰め込まれている。そのコンテナの代わりに使い捨てのバズーカを二丁担ぐ機体も見受けられた。
地上の連合軍は混乱の極みにあり、上空へと銃口を向ける機体は少ない。散発的な攻撃に難なく降下部隊は予定地点へと降り立った。
「周囲を固めろ! 建物を上手く使え!」
次々と降下した帝国軍のステッドランドは流れるような動きで市街地の一角へ簡易的な陣地を作り上げていく。街の中に突如、現れた橋頭堡というわけだ。
「北側から敵理力甲冑部隊が接近!」
「上空からの援護を要請!」
大通りへと半身をのり出したステッドランドが小銃の引き金を何度かに分けて引き絞る。その向こうには鈍色のステッドランドが複数機見え隠れし、銃弾での応酬が始まる。
理力甲冑用の銃弾が家屋のレンガを粉々に砕き、吹き飛ばす。屋根瓦が舞い、地面の石畳には点々と穴が生じる。この付近の住民は避難したようだが、そこらに残っている生活の跡も全て銃弾が粉砕していった。
「よし、飛行船からの銃撃に合わせて突撃する! 二番機と三番機は俺に付いてこい! 残りは援護だ!」
「了解!」
降下部隊の理力甲冑を率いる分隊長が指示を飛ばしたと同時に、上空で旋回しつつある飛行船側面、その機銃が火を吹いた。
「行くぞ!」
突然の上空からの銃撃に統制を失った連合軍ステッドランドは攻撃の手を緩めてしまう。そのうちの一機は小銃に被弾したのか、手元で暴発する。
そこへ小振りな片手剣を振りかざした帝国軍ステッドランド三機が強襲。一番機が正面にいた敵機へと体当たりを仕掛け、そのまま手にした剣を相手の腹部装甲と装甲の隙間へと捩じ込む。
手首を押し込み、中の操縦席を鋼鉄の刃で蹂躙する。操縦士の制御を離れた機体はすぐにダランと力を失い、一番機へともたれ掛かるように崩れた。
そのまま敵機を別の敵機の方へと振り払う。糸の切れた操り人形さながらの機体はもう一機の足元へと崩れ、一瞬の隙きを作った。
「でやぁぁぁ!」
その刹那、控えていた三番機が片手剣を振るう。白刃が煌めき、敵機の首を一撃で刎ねてしまった。が、その直前に小銃の引き金はすでに引かれており、一発の銃弾が三番機の胸へと大きな穴を開けてしまう。
両者は重なるように倒れ込む。その一部始終を見ていた一番機の分隊長は苦い顔をしつつも、すぐに周囲の状況を確認する。残った敵機は二番機と後方の援護射撃によって今しがた撃破したようだった。
「周囲の確認を急げ! すぐに他の隊と合流するぞ!」
「戦況はこちらが優勢のまま展開していますね……」
エベリナは眼下に広がる戦場を見やりながら呟く。
彼女ら帝国軍飛行船部隊が強襲しているのは都市国家連合でも最大規模のクレメンテ。経済、物流、そして軍事的にも重要拠点の一つである。
クレメンテには連合軍の北部方面司令部があり、そこに駐留する部隊も量と質、共に一級品と言われている。いくら帝国軍といえども、まともに攻めればその被害は甚大なものとなるのは目に見えている。
「現在、市街地の約三割を制圧。降下部隊の八割は作戦続行可能、一割は軽微な損傷とのことです。地上の援護部隊は一部を後方に回しましたが、まだ持ちこたえられます」
「連合軍の理力甲冑部隊、南西の拠点から出撃を確認! 数は四機!」
「五番艦ライプツェリ、左舷に被弾!」
「ライプツェリより通信! ワレ、航行ハ可能ナレド、コレ以上ノ戦闘ハ不可能!」
「ライプツェリは後退させなさい。七番艦と八番艦を前進させて盾代わりに。……それと今の攻撃地点は分かりましたか?」
「はっ、街の南南東、この城壁に設置された砲台です。まだ何基か生き残っていたようで」
「ここを改めて叩くよう、近くにいる部隊に連絡して下さい」
エベリナは嵐のような忙しさの中、冷静に努めて指揮を出す。前線指揮所とでも言うべきここは飛行船ルクセントのブリッジ。本艦に搭載していた理力甲冑部隊はすでに降下させ、クレメンテよりやや北部で作戦全体を見渡していた。
(この作戦は三段階……まずは高速輸送艇含む地上部隊がクレメンテ周辺へ侵攻、陽動と同時に敵戦力を街の外へと拘束させる)
明朝、まだ朝日が見えるかどうかという時刻、帝国軍はクレメンテの街を襲った。突然の襲撃にクレメンテを守護する連合軍とその理力甲冑部隊は勇敢に迎撃。ここまではよくある光景だった。
(地上部隊迎撃のため、理力甲冑部隊を街と基地から釣り出され……手薄となった街の内部に我々の飛行船降下部隊が即座に展開。一気に街の主要施設の制圧と破壊を試みる)
現在のところ、第二段階まで順調に推移している。理力甲冑のほとんどが外へ出払ったあとでは降下部隊による侵攻も比較的想定通りだ。歩兵部隊による制圧も始り、主要な工房や街の周辺に分散配置されている理力甲冑拠点は破壊された。まだ半分以上砲台や拠点は残っているが、それもこの混乱の中で正常に稼働しているものは少ない。
(そして三段階目……クレメンテの議会場と方面司令部の制圧。これによって作戦は完遂、クレメンテは陥落……)
街の中央部に存在する二つの制圧目標。ここを抑えることが出来さえすればこの強襲作戦は、いやこの戦争の大勢は決すると言っても過言ではない。
(今の連合軍は帝国への侵攻作戦を遂行のため、多くの戦力と物資が抽出された後……ここまで戦力を残しているのは流石は大都市クレメンテ、といったところでしょうか)
エベリナの思惑通り、現在のクレメンテの街に駐留する部隊は本来の三分の二程度である。そこへ連合東部からの増援が合流していはいるのだが、如何せん実戦経験の浅い東部の部隊は賑やかし程度にしか数えられない。
それでも戦力の上では五分と五分、いや守勢側の有利を鑑みると帝国軍クレメンテ侵攻部隊の大きな不利となってしまう。今やすっかり量産体制と運用法が確立した帝国軍からのコピーであるステッドランドを保有するクレメンテは帝国軍にとってかなりの脅威なのだ。
(しかし、我々にはこの飛行船の、従来を遥かに超える進軍速度と部隊展開能力を持つ……)
その戦力差を引っくり返すのがこの飛行船降下部隊だ。
それまでのアムリア大陸には理論しか無かった航空機というものを技術の発展により、いち早く軍事利用に成功した。それはつまり、地上、海上という戦場に、空中という新たな戦場を作り出すことだった。
連合軍所属ホワイトスワンが運用するレフィオーネがそうだったように、空中からの攻撃とは一方的に行えるものだ。航空機や飛行可能な理力甲冑がまだほとんど存在しない今、制空権というものは攻撃側が優先的に奪える。それを利用したのがこの降下部隊だった。
(飛行船で敵の拠点中枢やその近辺に理力甲冑部隊を迅速に展開出来る……最初、話を聞いた時は眉唾ものでしたが、実際にここまで効果を発揮するとは……)
実際には別働隊による事前の攻撃などで敵戦力の分散や陽動を必要とするが、それでもここまで効率的に浸透出来るのは驚異的と言うしかない。もちろん、敵のど真ん中にその身を晒すという危険はあるが、その被害を差し引いてもだ。
「さて、作戦開始から一時間……降下した各部隊の合流率は?」
「はっ、現在のところ八割を超えます。部隊はそれぞれ作戦通り三つに別れ……」
その時、エベリナの乗る飛行船が細かく振動する。被弾ではない、どちらかというと、何かの衝撃波のような……。
「報告! 制圧した北部城門が敵理力甲冑に突破されました!」
「外の部隊が戻ってきましたか……地上部隊へと連絡、早急に北部へと戦力集中。それと北部側にいる降下部隊へと注意を促すように」
「はっ! こちら一番艦ルクセント、聴こえるか……」
クレメンテ北部。鉄板と分厚い木で構成された巨大な門扉がバラバラに砕け散っていた。
「まったく……人が留守してる間に街へと入り込みやがって……」
そこには黒い理力甲冑が一機、長大な槍を構えていた。辺りには四肢がバラバラにもげた帝国軍理力甲冑の残骸が。
「ま、この俺が全部追い返してやるがな!」
ユウやスバルと同じ彼方からの異邦人、シン・サクマとグラントルクが、そこにいた。
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