第83話 暗幕・2

第八十三話 暗幕・2


 灯りの正体は、森の開けた場所にいくつか並んで佇む民家のものだった。いや、民家ではあるのだが、その独特の雰囲気にクリスとセリオは思わず面食らってしまう。


 帝国の町々では主に石造りの建築物が一般的で、石やレンガを積み上げられた民家が殆どだ。しかし、この民家は木を柱とし、壁は土を塗り固められているらしい少しばかり頼りない見た目をしている。


 この場にユウやシン、スバルが居ればその建築様式に見覚えがあっただろう。いや、正確にはよく似たものなのだが。つまるところ、その民家は日本家屋と呼ばれるものだ。


「そこに誰かいるのですか……?」


 急に声を掛けられ三人は咄嗟に身を屈める。しかし、攻撃される気配は無かった。


「もしかしてアナタたち……いけません、早くこちらへ!」


 声の主は民家のすぐ脇にいて、中に入るように催促する。一瞬、クリスはどうするか迷ったがすぐに従うことにした。他の二人も仕方なし、といったように続く。


「……誰にも見られてない……ですね」


 声の主、中年の女性が外を覗いながら引き戸をソロリと閉めた。玄関と思しき場所で三人は息を殺し、その女性の一挙手一投足を見守る。……万が一に備えて、クリスとセリオは腰の拳銃をいつでも取り出せるよう手を添えていた。


「アナタたち……やっぱり帝国の軍人さん? どうしてこんな所に?」


「……私は帝国軍、特殊警護部隊の第二課所属のクリス・シンプソンだ」


「第二課……?」


 元々、特殊警護部隊は侍衆しか所属しておらず、クリス達の部隊を加える為に一課、二課と区分けされたのだった。


「ああ、最近出来たんだ。そしてこの二人は私の部下だ。ところでご婦人、貴女は一体……?」


「お母さん……? 誰、その人たち……?」


 と、廊下の向こうから寝ぼけ眼の男の子がこちらを見ていた。どうも、クリス達の声に起こされてしまったようだった。


「ごめんね、起こしちゃったね。……ひとまず、アナタ達もこちらへどうぞ」






 男の子を再び寝かしつけている間、クリス達は客間に通されていた。それなりに広い間取りに畳が敷かれ、中央には背の低い一枚板の机と座布団が置かれている。知識としては知っているが、クリスは初めて嗅ぐ畳の匂いに鼻がピクピクしてしまう。


「……」


「こんな部屋、初めて見ました……」


「なんか変な置物があるぞ」


 セリオは珍しげに辺りを見回し、グレンダは木彫りの熊の置物に興味をそそられるようだった。そもそも、このような純和風の間取りは帝国国内では見ることが出来ない。


「お待たせしました」


 フスマを丁寧に閉め、先程の女性が入ってくる。よくよく見れば中年というよりはもう少し若いようだ。子供の年齢からすると三十路過ぎくらいか。今は寝間着の襦袢の上に羽織のようなものを着ており、長い髪を後ろで一つ括りにしている。


「私の名前はシズコ・オオハラです。アナタ達が探しているニッポン人の一人です」


「ニッポン人……?」


「なんだよそりゃ?」


「まさか、何も知らずにここへ来たのですか?!」


 セリオとグレンダは聞き慣れない言葉に首を傾げてしまう。しかし、クリスはその意味を理解し、この場所の意義をある程度予想する。


「ええと、どう説明したらよいのか……。私達の一族は代々、古くからの科学技術を護り伝えているのです。もともとから流れ着いた祖先を当時の皇帝が衣食住を保障して下さり、その恩返しに様々な秘伝を教えたのが始まりだとか」


 グレンダはまともな教育を受けてないのでピンと来ていないが、セリオはその説明に違和感を感じる。歴史や科学の授業ではそのような技術の供与を帝国が受けたと教えられていないし、これまでの発明や発見は全てこのアムリア大陸――とりわけ帝国の科学者が主だが――が殆どのはずだ。


「もう一度聞くんですが、アナタ達は本当に何も知らずここへ……? 私達の持つ技術が目当てではないのですか?」


「いや、技術って何がなんの事やら……」


「失礼、私達は純粋に興味があってここまで来ました。しかし、なるほど……あなた達がニッポン人なんですね。なに、ちょっとにそちらの出身の者がいましてね」


「……! ここの外にもいらっしゃるんですか……!」


「まぁ、ね」


 クリスは改めてシズコの顔つきを眺める。クリスたちと異なり、やや彫りの薄い顔立ち、艶のある真っ黒な髪と濃い茶色の瞳。やはり、ユウとどことなく似通った特徴を持つ彼女はニッポン人ということなのだろう。セリオやグレンダがさほど違和感を抱かないのはコチラの血が少し混じっているからなのだが、さすがにそこまではクリスには分からなかったのだが。


「しかしなるほど。帝国の輝かしい科学技術史の裏にはあなた達の知識があったのですね? 異なる文化の、異なる場所の技術が」


「……アナタ、やはり何か知って……?」


「いや、ここに何があるかは本当に知りませんでした。しかし、あなた達の事はなんとなく想像がつく。その先進的な技術と文化を持っているがゆえに、こんな場所へと軟禁……いや、幽閉されているのでは? 恐らく、初代皇帝の時代から、ずっと」


「ちょ、ちょっと、隊長?! 話がまったく見えませんよ?」


「丁度いい、この機会にお前にも教えておくか。皇帝の直属部隊に配置されたんだ、いずれ教えられる事柄でもあるだろう」


「…………」











「……じゃ、なんですか? この帝国二百年の発展は全てこの人たちのお陰だったってことですか? 理力甲冑も電気も銃も、全部ニッポン人とかいう人たちの発明ってことに……」


 クリスは自身が知っている事、体験したことのうち、別の世界とその技術について掻い摘んで説明した。ユウの事、アムレアスの事も話してもよかったのだが、セリオの様子を見るにそこまで情報を処理しきれるか怪しかったので止めておいた。


「どれがそうかは分からんが、彼らの技術は相当な数と影響力を持っているのは間違いないだろう。そもそも、この国が出来てから二百年、その短い月日で当時の弱小国家がここまで巨大になった理由としてはもっともらしくはないか?」


「…………」


「私も父や母から聞くだけでしたが、帝国建国の折りには祖先が尽力したと……。しかし、同時に私たちの与える影響力が大きい事も理解していたらしく、昔は新技術一つとってもその扱いは厳しく管理されていたと聞き及んでいます」


「それで、さっきは技術がどうって……」


「その通りです。帝国軍の服装でしたので咄嗟に中へお招きしました。もしここの警備の者に見つかればアナタ達は……今日が皇帝への拝謁の日だったから良かったようなものです。警備が森の中から外へと移りますからね」


 シズコの話からすると、帝国はニッポン人という存在を秘匿しようとしている。それがどういう理由かは分からないが、恐らく彼らが持つという特異な科学技術の流出を恐れてのことだろう。普段からいるという警備も外からの侵入者対策というよりは、ここにいるニッポン人たちを外に出さないようにするためかもしれない。


 クリスはユウの記憶を追体験したときのことを思い出す。こことは異なる世界、そして一目見て分かるほど先進的な科学文明。ユウのいたという世界と、このニッポン人たちが持つという技術が同じものだとすれば、どれほどの有用性と革新をもたらすかは計り知れない。


「やはり、皇帝は霊廟への参拝ではなくあなた達に会いに来ていたのですか?」


 クリスは昼間の荷馬車のことからある程度予測は付いていた。恐らく、定期的に供物と称して鎮護の森に隠れ住まわせているニッポン人たちへ食糧や生活物資を運んでいるのだろう。


「ええ、その通りです。私が子供の頃はごちそうが食べられる日として待ち遠しかったですが、今では……いえ、それ以上に今日、アナタ達と出会えたのは何かのなのでしょう」


「? というと?」


「……一つ、お願いしたいことがあります。皇帝を……止めてください」









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