第82話 前進・3

第八十二話 前進・3


「さて、アイツラは上手くやってくれるかな」


 一抱えもある大きな瓦礫を退かそうとしているオバディアが誰にでもなく呟く。


(勝算は……ハッキリ言って薄い。いくら警備が手薄になっているからって、相手は帝国の首都。それも皇帝のいる本陣を攻めようってんだ。元々無茶な話だ)


 何かの鉄の棒を地面に突き刺し、テコの原理で瓦礫に力を加える。それなりに重量だが、オバディアの体重も合わせてなんとか動き出す。次第に勢いをつけた瓦礫はそのままバタリと倒れた。


「何も、若い連中から死地に向かわせなくてもいいんだけどなぁ」


 ホワイトスワン隊と新設されたファルシオーネ隊は殆どが二十台前後の若者ばかりだ。本来、理力甲冑の操縦士に年齢制限などはなく、ヨハンのような十台から、ドウェインのような五十過ぎの人間もいる。しかしファルシオーネはその先進性から若い操縦士を育成することで、その教育や訓練法を蓄積する目的があった。そういう意味では、年齢に偏りがあるのは仕方がないと言える。


 しかし、オバディアといえど人の子。特にヨハンやクレア、ユウはオバディアが直接指導に当たったこともあり、彼らばかりに前線、それも一番の激戦が予想される作戦ばかりに従事させることに微かな罪悪感を感じている。そういう戦乱の時代といえばそれまでなのだ。しかし若い兵ばかりが任務に殉じていくなか、まず矢面に立つべき老兵がこうして生き残り続けることに彼は心の中で何かが削られていくような感覚を覚えてしまう。


(指揮官とは聞こえが良いが、やってることは他人様の子供に死にに行けと命じる……さながら死神みたいなもんだな)


 オバディアには子供はいない。歳相応ならば、それこそユウくらいの年齢の子がいてもおかしくはないくらいだ。別段、女性に縁が無かったわけでは無い。しかし、これも一つの巡りあわせというものなのだろう。若かりし頃の彼は帝国で軍事に係わる事や理力甲冑運用について学び、それをアルトスの街で教え広めてきた。彼はよく、教官としての職務に没頭しているといつの間にかこの年齢だった、と冗談めかして言う。


 しかし、実際のところは違う。


 家庭を持つことを考えたこともあった。しかし、それが自らのに繋がるのではないか、と疑問に思ってしまったのだ。守るべきものがあるのはいい。しかし、それにかまけて国防が疎かになってしまわないか。


 今となっては、その判断が正しかったのか、間違っていたのか。それは彼にも分からない。


 ただ、確かなことは、もし彼が家庭を持ち子供を儲けていればユウたち若い世代に過酷な任務を命令出来なかった。


「未来の歴史家は俺のことを馬鹿な指揮官と評するかね……」


「それは作戦が成功した時ですか? それとも失敗した時?」


 急に声を掛けられ、驚きつつも聞き慣れた副官の声にどこか安堵したような表情になる。


「お前なぁ……」


「大丈夫ですよ。貴方の事は馬鹿な指揮官か、それとも鹿な指揮官という評価は決定です。これは覆りようのない事なので諦めてください」


「……結構傷つくぞ?」


「そんな強面でもですか? 似合わないので止めてください」


 軽口なのか、それとも本気で言っているのか、真顔の副官はしれっとしたままだ。そのいつもの様子にオバディアは思わず笑みをこぼす。


「……なら、お前のご希望通りいつもの鬼教官でいくか。無事だった部隊の再編制と兵站の再構築、案は出来てるんだろ。お前も過労死するくらいこき使ってやるから覚悟しとけよ?」


「事務方の時間外労働の強制ブラック労働は規定で違反ですよ。いくら貴方でも階級による強制はパワハラ認められません。きっちり時間内で終わらせるので早く指揮所まで来てくださいね」


「全く……可愛げがねぇな……そんなんじゃ嫁の貰い手がねぇぞ」


「それは性的嫌がらせセクハラですか? 最近はそういうのも厳しんですよ」


「…………」


 いつでもどこでも普段通りの副官は、それでもどこかその涼し気な表情をほころばせて歩き出す。その様子にオバディアもいくらか毒気を抜かれ、ヤレヤレといった顔をする。泥で汚れた作業着を手で払い、強張った筋肉をほぐしていく。大きく後ろに仰け反ると背骨がバキバキと鳴り、腰に鈍い痛みが走る。


「俺ももう歳だな……」


 言葉とは裏腹に、その表情はどこか晴れやか。思う所は多々あるが、今は己のやるべきこと、自分しかできない事をやるだけだ。


 指揮所へと向かう彼の足取りは軽く、その背中は多くのものを背負っていながらも気負う様子はない。ユウ達にはユウ達の戦場があるように、オバディアにはオバディアの戦いがあるのだ。







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