第82話 前進・2

第八十二話 前進・2


 数日後、ホワイトスワンは草原をひた走っていた。



 艦の底面から噴き出す圧縮空気が草やそこらに咲く秋の花びらを天高く巻き上げる。少し肌寒い空は高く、薄く延ばしたようなすじ雲が広がっていた。


 その中に、薄緑色の鳥の群れが見える。いや、あれは鳥ではない。人の形をした兵器、理力甲冑ファルシオーネの部隊だ。


「こちらスバル、周辺に敵部隊は確認出来ず。魔物らしき影も見当たらず。このまま進みますか?」


「こちらスワン。了解、引き続き周囲の警戒を続けよ。地図上では帝国軍の基地はもう少し先だから、その手前で一旦停止するってさ」


 ホワイトスワンのブリッジでは、すっかり理力探知機レーダーと無線担当が板についてきたリディアが応答する。


 現在、ホワイトスワン隊とスバルのファルシオーネ隊は少数で敵地に進軍している。目的地は勿論、オーバルディア帝国首都、イースディアだ。


 本来ならば、連合軍の精鋭を集めた大部隊で侵攻する筈だったのが、わずか中隊規模の戦力しか投入されない。普通に考えればただの自殺行為、あるいは戦力の摩耗。しかし、侵攻部隊の指揮を執るオバディアには確かな勝算があった。




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「それで? 私達を呼んだってことは何か任務ですか?」


「まぁそう急くな。これから説明するからよ」


「怪我の具合はいいんデスか?」


 クレアと先生が声を掛けると、オバディアは口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべた。


「おう、こんな傷くらいで休んでられねぇよ。……と、まぁそこに座れや」


 簡易指揮所という名の大きなテントには、無事だった無線機や周辺地図、筆記具や各種物資が運び込まれていた。その中央には指揮用の大きな机が置かれ、クレア達はその周りの椅子に腰掛ける。


「スミマセン、遅れました」


「これで揃ったな。スバル、お前もそこに座れ」


 テントに入ってきたのはスバルで、ここまで走ってきたのか、それとも救助作業していたところなのか、少しばかり額に汗が浮いていた。


「さて、お前らを呼んだのは他でもない。クレア、お前のホワイトスワン隊、そしてスバルのファルシオーネ隊。この二つの部隊はこれから帝都イースディアへと向かってもらう」


「……!」


「なん……デスと?!」


「……ふむ」


 三人とも、オバディアの意図する事を悟り絶句してしまう。


「あの……それ、本気……ですよね……ハァ……」


「冗談でこんな事を言えるか!」


 クレアは恐る恐る訊ねるが、オバディアはさも当然という表情で一喝する。大部隊の指揮官という立場より、クレアは過去に受けた訓練の鬼教官トラウマという顔がチラついてしまう。


「何か、考えがあるんですね?」


「まぁな。まずは現状の把握から始めよう。我々、連合軍帝都侵攻部隊は先日の崩落により約半数が行動不能、残った半分もその救助活動でかなりの人手を要する」


 鉱山基地の崩落から三日経った今でも、行方不明となっている者は多く、必死の救助が続けられている。助けられた者もその多くが大なり小なり負傷しており、その看護にも人手と物資が必要なのだが、連合領内から遠く離れたこの地まで今すぐ救援が訪れるのは難しいところだ。


「認めたくはねぇが、事実上の全滅だ。無事だった部隊をかき集めても、帝都を護る敵部隊と比較するとまともな戦力にはならないだろう」


「それなら尚更……!」


「待つデスクレア。するってぇと、オッサンオバディアは私たちだけで帝都を制圧できるプランがを持ってるデス?」


「まぁ、そういうことだな。コイツを見てくれ。帝国軍が最近開発したと目される飛行船ってモンだ」


 オバディアが机の上に放り投げたのは、先日先生に見せたあの図面だ。


「先生とボルツにコイツの運用方法や戦略上の特徴を挙げてもらったんだが、俺たちはこう結論付けた。帝国はこの飛行船部隊で連合の主要都市を短時間で攻め落とすだろう。えーっと、空挺降下だっけか? 飛行船で都市の真上かその近くまで一気に近づいて、そこへ理力甲冑部隊を地上へ降ろす。こうなると地上の部隊はたちまち強襲されちまう」


 既存の防衛網が役に立たないうえ、空を飛ぶ敵を迎撃できるのは現状ではファルシオーネしかいない。レフィオーネを開発した時期から対空砲の開発を進めてはいるが、試作品段階のものが精々だった。今普及している理力甲冑用の小銃では遥か高空の敵を狙い撃つには射程と精度が足りないのだ。


「という事は、我々は帝都ではなく、今すぐにでもアルトスやケラートの街を防衛するために戻るべきなのでは?」


「スバルの言う事ももっともだ。だが、今からお前達だけ引き返しても後手に回るだけだろう。それにな、これは千載一遇の好機でもあるだよ。……お前ら、おかしいと思ないか? この状況を」


 オバディアは三人の顔をそれぞれ見やる。すると質問の意味にクレアが気付いたのか、ポツリと呟く。


「ここに敵が現れていない……?」


「そう、その通りだ。今の俺たちを簡単に殲滅できるはずなのに、帝国の奴らは全く姿を現そうとしない。それは何故か、主要な戦力をこの飛行船部隊に回してるからに違いない」


 オバディアの説明によると、帝都や主要な街を護る防衛部隊、国境付近と各地の前線に駆り出されている部隊。それら常設の軍団から新設された飛行船部隊へと編制される戦力を抽出するのは帝国軍にとっても相当な負担となるらしい。


 シナイトスと都市国家連合、それぞれの戦争で思いのほか帝国軍の損害は大きくなっている。大規模な国力を有する帝国といえど、一人の新兵を一人前に育て上げるのには時間と資金が必要だ。それに理力甲冑も平時であれば相当な金食い虫、それが戦時中となればその修理や整備だけでも大金が飛んでいく。


「ほほう。すると今の帝都は守備が手薄……確かにその考えは間違ってないのかもしれないデスね。奴らは私達をここで足止め出来ていると信じ切ってるはずデス」


「そうだ、そして俺たちはその隙を突く。機動力に優れたホワイトスワンと、飛行可能なファルシオーネならば通常の進軍速度よりも遥かに短時間で帝都へと浸透できる。そしてその強襲力を以て帝都を制圧、もしくはオーバルディア帝国皇帝の身柄を確保するんだ」




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「ハァ……いくらなんでも無茶じゃないの」


「兵士は上の命令には逆らえない、デスよ」


「そりゃそうだけど……」


 ホワイトスワンの格納庫。そこではクレアと先生が愚痴っているところだった。先生はさっきから積み込まれた何かの機械を弄っており、それを木箱に座ったクレアが見下ろす形だ。


「そもそもバカじゃないの? 私達と空飛ぶ理力甲冑が四小隊だけで帝都を制圧? ハァ? バカじゃないの?!」


「いやまぁ、確かに無謀な作戦デスけど……」


「何よ、先生は乗り気なの?」


「うーん、なんていうんデスかね。確かに勝つ目は少ない賭けデスけど、不思議と負ける気はしないんデスよ。めちゃくちゃ分の悪い、それこそ賭けが成立しないような倍率デスけど」


「……先生がそう言うなら、この賭け」


 クレアは勢いを付けて大きな木箱から飛び降りる。


「負けるかもね」


「ちょっ! この流れなら『勝つしかない』とか、そんな感じじゃないんデスか?!」


「だって、先生っていつも一発逆転狙って負けてるじゃない。あんな勝負の仕方する人、見たことないわよ」


「確率はあくまで数字デス! 勝負にはこう……流れとか、その日のが大事なんデス!」


「とてもじゃやいけど、技術屋の言うことには聞こえないわね……ところで先生、それ、何の機械なの?」


「んー? これはデスねぇ……まだ秘密にしとくデス。ぶっちゃけ間に合うか分からないデスし、効果も実証出来てない代物デスからね」


「あっ、そう。なんでも良いけど……」


 先生のイキイキとした表情とは裏腹に、クレアはこれからの激戦に今から憂鬱な気分になってしまうのであった。






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