第82話 前進・1

第八十二話 前進・1


 理力エンジンが唸り、圧縮空気が勢いよく噴出する。ごうと、ものすごい音を立てながら理力甲冑ファルシオーネが何機も滞空していた。


「そのまま……ゆっくり上げろ!」


 下にいる兵士の合図で一機のファルシオーネが徐々に推力を上げていく。機体には頑丈そうな鎖が取り付けられており、もう一端は崩落に巻き込まれ地面に半分埋まっている別の理力甲冑に括り付けられていた。


「おっ、その調子だ!」


 ピンと張った鎖が垂直に伸び、周囲の土砂をボロボロと巻き上げながら地面に埋まっていた理力甲冑が引き上げられていく。


 他のファルシオーネも同様に、埋まっている理力甲冑や荷馬車の引き上げ作業を行っていた。初の作戦が友軍の救助ではあるが、その飛行性能を遺憾なく発揮したという点では成功といえよう。


 肩部と腰部から伸びた複数のスラスターは連動して動き、安定した飛行に貢献している。レフィオーネで蓄えられた各種データが活用されている証拠だ。




 それを少し離れた場所から金髪の少女が眺めていた。


「随分と仕上がったようデスね!」


「ハハ、かなり苦労しましたよ」


 痩身痩躯の男が答える。ユウと同じ真っ黒な髪は短めで、その顔つきと相まって精悍な印象を与える。一番最初に召喚された男、スバル・ナガタだ。


 スバルは帝国軍に占領されたケラート奪還作戦において、敵の角付きエースと殆ど相討ちになる形で負傷していた。傷自体は浅かったものの、しばらくは理力甲冑に乗れなかった事と常人よりも遥かに多い理力量を見込まれてファルシオーネ部隊の隊長に抜擢されたのだ。


「病院のベッドから開放されたかと思ったら、いきなり飛行訓練ですからね。何度死ぬかと思ったか」


「その甲斐あって帝国軍の空中部隊とタイマン張れる部隊が完成したデス。これからが本番デスよ」


「……軍用の飛行船ですか。つくづく、この世界の技術力は発展が早いですね」


「あー、それはちょっと違うデス。色んな技術の殆どは大昔にこっちの世界にやって来た異邦者達が持ち込んだものなんデス。当時はそれを再現出来なかったデスけど、時代を経るにつれて理論や技術が追いついたんデスよ」


「ということは、先生さんはこの事態を見越して?」


「ま、そういう事デス。空を制するのは早いに越したことはないデスからね」


 そう言うと先生とスバルは彼の専用機体、ファルシオーネ改を見上げる。


 ファルシオーネを基に、スバルの得意とする近接戦闘用に改装された機体だ。もともと華奢な内部骨格インナーフレームを強化し、さらに前面装甲を厚くすることで激しい格闘戦も行えるようになっており、腰部のスラスターには二振りの日本刀・森羅と万象を差している。


 当然、機体重量は増したのだが、操縦士であるスバルは大きな理力の持ち主だ。腰部と肩部のスラスターは通常よりも大型化し、背部の理力エンジンも特別に高回転仕様へと調整されている。つまり、大質量の機体を余りある推力で無理やりかっ飛ばしているわけだ。


 今の所、単独で飛行可能な理力甲冑は連合軍にしか存在しないが、近い将来は帝国軍も同様の機体を開発することは火を見るよりも明らかだ。その時に備え、戦闘機のような制空権確保のための理力甲冑の雛型を確立する意味も込められている。なのでファルシオーネ改は他の機体とは異なり対理力甲冑用の装備のみなのである。


「さて、そろそろ私も救助活動へと戻ります。隊長と言えど、サボってばかりじゃ示しがつかないですからね」


「気を付けるデスよ。帝国はこの機会に攻めてこないようデスけど、油断は禁物ってやつデス」


 スバルは軽く会釈をするとそのままファルシオーネ改へと駆け足で向かう。その立ち振る舞いは普段と変わらないが、本当はかなり疲労しているはずだった。





 帝国軍が放棄した鉱山とその基地に仕掛けられた罠に巻き込まれ、連合軍が壊滅的な被害を受けてから既に三日が経った。基地の真下まで掘り進めた地下坑道を爆破して崩落するという大規模な罠は多数の部隊を呑み込んでしまった。帝都侵攻部隊のうち、理力甲冑部隊や歩兵部隊、輜重しちょうなどに係わる兵站輸送部隊などが主で、鉱山側にいた工兵隊や砲兵部隊はその難を逃れることが出来た。


 正確な被害は未だ不明だが、分かっている限りでは全軍の約三割が行動不能に陥り、二割近くが作戦行動になんらかの支障をきたしている。食糧や弾薬、補給物資も相当な量が使えなくなっており、後方からの支援を待つにしても数日で行き来できるような距離ではない。


 帝国領内の奥深くへと侵攻したところで思わぬ足止めを食らった連合軍は進むも退くことも出来ないという最悪の事態に陥ってしまっている。しかも帝国軍は新兵器である軍用飛行船の運用に成功していると目されており、戦略的な危機も迫っていたのだ。





「……よし、ここは決断するしかねぇな」


 頭や身体のあちこちに包帯を巻いたオバディアがぽつりと呟く。


 彼は崩落当時、帝国軍の司令部にいたため施設ごと地面に埋もれていたのだが、頑丈な造りの建物だったことが幸いしてすぐに救助されていたのだった。怪我は比較的軽傷のものばかりで、どうにか指揮を執れる程度には平気のようだ。


「一体何をですか。指揮官の決断待ちの案件は山のように積まれてますよ」


「怪我人に対して容赦ねぇな……帝都侵攻作戦の事だよ」


 うっすらと生えてきた無精ひげが気になりつつもオバディアは手元の資料に目を通す。辛辣な部下に手渡された、現在までに判明した被害報告の概要だ。


「正直、どうにもならないと思いますが。先に進もうにも戦力が足りません。後退しようにも救助は続いていますし、兵站の構築に時間が掛かります」


「それに飛行船とやらの侵攻が予想されてる今、連合の各都市は防衛優先で余力が無い……だがよ、逆に言えば帝国も同じなんじゃねぇか?」


「……?」


「まず、今の状況がかなりおかしいんだ。今の俺たちはボロボロでまともに戦闘も出来ない。それこそ七面鳥を撃つよりも簡単に始末できるだろう。なのに、帝国軍は


「攻撃する必要が無いか……出来ないか」


「いくらあんな大掛かりな罠仕掛けたからって、全滅とまではいかない事も向こうも承知だろう。俺の予想では、飛行船を中心とした連合中枢への攻撃部隊にかなりの割合を費やしてる」


 不確定な情報とオバディアの希望的予測が多分に含まれていることは承知だが、不思議と反論する気にならなかった。少なくとも、この三日間、周辺に出ていた偵察部隊の報告ではごく少数の帝国兵と思しき部隊を遠くに発見しただけで、すぐに逃げられたとのことだった。恐らく、連合軍がこの地に留まっているかを確認しているのだろう。


「今の帝国にとっては俺たちがここに留まっているほうが得なんだよ。下手に攻撃するよか、何も出来ない状態だからな。その間に都市国家のいくつかを攻め落とすことが出来れば一気に優勢に立てる」


「つまり……貴方はこう言いたいのですか? 帝都の守りが薄い今、侵攻を掛ける絶好の機会であると」


 その言葉に彼はニィ、と不敵な笑みで返すのであった。








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