第81話 震揺・3

第八十一話 震揺・3


 ホワイトスワンは帰投したヨハンとネーナを連れてすぐさま鉱山基地の場所へと向かった。周囲の探索に出て貰っているレオは単独行動となるが、彼ならば任せても大丈夫だろうという判断だ。スワンの巨体を駐機させるため地面が崩れた場所からは遠くなってしまったが、それでもギリギリのところをボルツは丁寧、迅速に操舵する。


 先ほどまで基地施設があったはずの敷地は見るも無惨な光景に変わっている。既に近くの無事だった部隊による救出活動が始まっており、そこかしこでは負傷した兵士たちが横に寝かされていた。もはや阿鼻叫喚という言葉以外、他は出てこないような有様だ。


「……何よ、これ」


 上空から周囲の把握に向かったクレアはレフィオーネの操縦席でぽつりと漏らす。眼下にはまるで矢鱈滅多に耕されたあとの畑のような土地しかなかった。あちこちから煙が立ち昇り、崖の一部や山肌は崩落の衝撃で崩れている。一部では生活用水として汲み上げられた地下水が噴き出しているのか、大きな水溜まりから小さな川が出来上がっていた。


「無事な部隊は……少ないけど、いくらかいるみたいね」


 幸いと言うべきか、ホワイトスワン隊のように周囲の警戒にあたっていた哨戒の部隊は殆ど無事だったらしく次々とこの異変に気付いて集結しだしていた。が、やはり基地の周辺にいたはずの部隊は甚大な被害を被っているようだ。


「……地面が丸ごと崩落したのかしら?」


 そこかしこに、地面へと埋まっている理力甲冑や馬車、施設が覗いている。いくら鉱山がすぐ横にあるからと言って、こんな事が起こりうるのだろうか。無計画に坑道を広げればあるいはそんな事が起きるのかもしれないが、いくらなんでも帝国がそんな杜撰な管理をするとは考えにくい。


 次の可能性としては大規模な地揺れだが……アムリア大陸の中央に比較的近いこの辺りは古来より地揺れが滅多に起きないという。そういう地質なのだとレオが話していたので間違いないのだろう。となると疑うべき原因はやはり崩落しかなくなる。






「これは帝国の罠だったんデス」


 先生はクレアからの報告に短く返した。


「恐らく帝国の奴ら、坑道を基地の真下までアリの巣みたいに掘り進めていたんデスよ。で、のこのこやって来た私達が基地を占領しようとしている所にその坑道を時限装置か何かで爆破したというわけデス。どれくらい掘っていたのか今となっては確かめようも無いデスが、規模を鑑みるにそう時間は無かったみたいデスね」


 先生の見解にクレアは言葉を失う。あくまで状況からの推測に過ぎないが、大きくは外れてはいないだろう。帝国軍は連合軍の侵攻に急遽この鉱山と基地の放棄を決定、巨大な罠とするべく画策していたのだ。労せず敵の重要拠点を制圧できると慢心しきった自分たちは、まさに自ら火の中に飛び込んでいく羽虫だったという訳だ。


 それが理解出来ると同時に、クレアの心の内はまさかという思いが渦巻き、迂闊な自分たちの行動を悔やんでしまう。しかし不幸中の幸いというべきか、崩落したのは基地の敷地だけで、隣接する鉱山の空き地に待機していた部隊の殆どは無事だった。


「クレアが気に病むことはないデス。これは誰の責任というものじゃないデスよ」


「……ありがと。ひとまず私は周囲の哨戒してくるわ。この混乱に乗じて帝国が攻めてくるかも」


「気を付けるデスよ。スワンはこれから救出作業に移るデス」


 やりきれない気持ちを振り切るようにクレアは機体を急上昇させた。理力エンジンが唸り、激しい排気音は雑念をいくらかは紛らわしてくれる。空気抵抗と理力エンジンの振動がビリビリと操縦席まで伝わってくるのを感じながら、操縦桿を握る手はいつの間にか血の気が失せるほど強くなっていた。


「……?」


 それなりの高度に達したとき、クレアは視界の端に何か動くものを捉えた。それは鳥の群れのように規則正しく並んでいるが……。


「……理力甲冑?!」


 愛用の小銃をそちらへと向け、最大倍率のスコープを覗く。そこには空を飛行する複数の人型……つまり、理力甲冑が映っていた。レフィオーネ以外に飛行できる理力甲冑などいる筈もない。少なくともクレアの耳には届いていないが……一つ、心当たりはあった。


「クレア! 理力探知機レーダーに反応があった! ソレは味方だよ、無線も入って来てる!」


 無線機から聞こえてきたリディアの声。確かに、よく見るとその理力甲冑はどことなく彼女の愛機、レフィオーネによく似ていた。以前、先生が構想を話していたレフィオーネの量産計画、その機体かもしれない。


「次から次へと……頭がどうにかなりそうだわ」









 背面の理力エンジンが唸りを上げ、腰部と肩のスラスターが圧縮空気をこれでもかと吐き出す。ぶわ、と土煙を巻き上げ、その理力甲冑たちは地面へと足を付けた。


「これが……量産型のレフィオーネ?」


 ユウはアルヴァリス・ノヴァの操縦席からその姿を眺める。全体的な印象はレフィオーネと非常に似ているが、量産化に当たってところどころ改修されたと思われる箇所が見え隠れしている。


 飛行用のスラスターは腰部に加え肩部にも装備されており、レフィオーネよりも全体的に力強い印象を受ける。脚部には小型のコンテナのような物が取り付けられており、どうやら物資輸送などにも使えるようだ。装甲もいくらか厚くなっているのだろう、鮮やかな薄緑色に塗装された曲線がキラリと陽の光を反射する。


「制式量産型理力甲冑、その名も! ファルシオーネ! デス!」


 無線機の向こうから先生の自慢げな声が聞こえてくる。きっと盛大なドヤ顔をかましているのだろう、ユウにはその光景がありありと浮かぶ。


「ずっと前から先生が計画してたやつですよね。ようやく完成したんですか」


「レフィオーネでだいたいの基本設計は出来上がっていたんデスが、量産化にはもっと詳細な戦闘データが必要だったんデス。それに実際の整備記録や運用方法なんかも。いやぁ、こうして見ると感慨深いデスねぇ」


 ユウは先生が時折、レフィオーネの整備に際して普段とは違う書式の報告書のようなものを書いているの思い出した。いま考えればあれがファルシオーネの開発に使われたデータなのだろう。そういえばクレアの戦闘記録なども詳細に聞き取りしていたはずだ。


 それらの細かいデータが後方の工房へと送られ、レフィオーネの設計を改良する形でファルシオーネは完成した。ユウは素人目ながらも、ファルシオーネの安定した飛行性能は度重なる試験と試行錯誤の挑戦があったのだろうと推測する。


と、先生が自慢そうに話しているなか、胸部装甲の大きく湾曲した一枚板が上に跳ね上がり中から操縦士が降りて来た。やや遠いが、間違いなくユウにはその人物に見覚えがある。長身痩躯、短めの黒髪。ユウと同じ異邦者であるスバル・ナガタだった。










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