第81話 震揺・2

第八十一話 震揺・2


「……するってぇと、帝国軍は空から攻めてくるっていうのか?」


「端的に言えば、そうなるデスね」


「こんなデカイのが……俄かには信じられんが、アンタが言うなら間違いないんだろうな……」


 飛行船という、新しい技術。信じられないのはその空を飛ぶという事実か、それとも実用化した帝国軍の技術力なのか。しかし、今重要なのはこの新技術への対抗策だ。


「いくら帝国といえど、無尽蔵の資源と工業力があるわけではありません。特に、飛行船にはヘリウムガスが必要なんですが……おそらくその採取が一番の問題ですね。なので空を埋め尽くすほどの数は造れないはずです」


「それでもコレ飛行船一つで理力甲冑部隊の二つや三つ、簡単に運べるんだろ? そんなのが空からやって来てみろ、こっちの防衛網なんてタダのザルだよ」


「そりゃそーデス。こっちの世界にゃエア・パワー総合的な航空力なんて概念、まだ無いデスからね。ま、だからこそレフィオーネの最大にして唯一の特徴だったんデスが」


 陸、海洋に続く空を支配する戦力。その特性は地形効果の制約を受けない圧倒的な移動速度と展開力に尽きる。高所からの攻撃は一方的であり、航空輸送は従来の輸送とは一線を画す速度だ。それなりに無視できない欠点もあるが、概ね空を支配した側が戦闘において優勢を保つことが出来る。


 ルナシスではこの航空技術が未発達ゆえ、単独で飛行可能な理力甲冑であるレフィオーネはその優位性を遺憾なく発揮していた。高所からの偵察に始まり、地上部隊が手も足も出せない空中からの狙撃、軽量物の空輸……まだ一機しか存在しないが、それでも帝国軍にとっては十分に脅威認定されている。




「お、忘れてたぜ。そういや、仕上がったそうだぜ? 今、こっちに向かってるそうだ」


「ちょ! なんでそれを早く言わないデスか! 私には全然連絡周ってきてないデスよ!」


「だから今連絡しただろ。天候もいいみたいだから予定通りなら今日の昼過ぎには着くんじゃないか?」


「……この場合、間に合ったというべきか、遅かったというべきか……」


「対抗できる手段が手に入ったと考えるデスよ、ボルツ君。ぎりぎり後手には回らなくて良かったデス」


「とりあえず先生とボルツ、二人にはこの飛行船の予測される性能諸元、想定されうる戦術や運用法を纏めてくれないか。お前達以外には誰も予想できないしよ」


「あ~! これから忙しくなるデスよ! レポートも作るし、もこの手で弄り倒してやりたいデス!」


「それなら一旦スワンに戻りましょう。資料や工具を持ってこなくては」


「いや、勝手に機体をバラすなよ?」


「私が設計したのに一度も実物に触れていないなんて、そんな事は許されないデス! そうと決まればボルツ君、急いでスワンに帰るデスよ!」


「……いいけど、飛行船の件を忘れんなよ?」


 その声が聞こえているのかいないのか、先生とボルツは急ぎ足で司令部から出ていった。オバディアはため息を吐きつつも今後の対策と侵攻計画の調整など、やるべきことは多い。軽く頭痛がするくらいに。


だかなんだか知らんが、こっちも同等のものは手に入れたんだ。帝国ばかりデカイ顔はさせねぇよ」





「ドヤ顔している所、申し訳ありませんがこれをご覧になってください」


「なんだよ、人が折角キメてるのに……どれどれ」


 彼なりのキメた顔から一瞬で渋い顔になりつつも、部屋に入ってきた部下の一人から手渡れた資料に目を通す。中身は鉄やニッケルといった鉱物資源の採掘量に関する報告書のようだ。


「これは?」


「鉱山の詰所から見つかりました。たまたま破棄を免れたのか、それとも知られてもいい情報だったのかは分かりませんが。とにかくここ数年の採掘量を見てください」


 言われるがまま、オバディアはペラペラと頁をめくり数字の羅列を目で追った。


「……なぁ、これって」


「ええ、この鉱山の採掘量はここ数年で目に見えるほど落ち込んでいます。ここ数か月は恐らく採算を下回る量でしょう」


「つまり、ここはもう鉱山ってことか?」


「その資料を信じるのならば。その証拠に、坑道のいくつかは閉鎖、あるいは最近人が立ち入った痕跡がありませんでした。労働者たちの作業報告書もいくつか見つかっておりますが、それを裏付けるような書き込みも」


「……これはちとヤバいかもな」


「いかが致しますか?」


「全軍に通達、急いでここから退避するぞ」


 オバディアの短い命令に、部下は急いで命令を伝達に走る。それと入れ替わるように別の兵士が司令部へと慌てて駆けこんできた。彼は土と粉塵にまみれており、つい先ほどまで坑道を調査していたらしい。


「ほ、報告します! 主坑道の先に爆発物と思しき物を発見!」


「嫌な予感が当たったか……」


 報告の詳細を聞こうとしたオバディアは彼の方へと向きやる。しかし、次の瞬間には巨大な振動と衝撃音が彼を襲い、突然地面が無くなったかのような浮遊感を全身に受けていた。












「ちょ、ちょっと! 今の音と衝撃は何?!」


 ホワイトスワンのブリッジへと急いで入るユウ。つい先ほどまで昼食の用意をしていた所、低い轟音と地面がグラグラと揺れる振動に襲われたのだ。


「こっちも何がなんだか! 大きな地揺れみたいだったけど……」


「び、ビビった……」


 クレア達は無事なようだった。リディアは少し驚いているようだったが、すぐに無線機と理力探知機レーダーを起動している辺り放っておいても大丈夫だろう。


「スワンに異常はないみたいですが……ちょっと辺りの様子を見てきます」


「気を付けて、レオさん! 帝国軍の攻撃かもしれないわ!」


 素早くブリッジから出ていくレオにクレアが声を掛ける。状況が掴めないうちは下手に動かないほうが良さそうだが、今は少しでも情報が欲しい所だった。


「ヨハンとネーナは無事みたい! あと少しで帰投できるって!」


「ユウ、念の為に機体に乗っておいて。私は先生が戻るまでここで指揮を執るわ」


「了解! ……あ、昼ご飯作りかけなんだけど、どうしよう?」


「そんなの後!」


 飛び上がるようにしてその場から走りだしたユウ。それと入れ違いになるように先生とボルツが帰ってきた。二人とも地揺れで転んでしまったのか、あちこちが泥で汚れている。


「ヤバいヤバい、コイツはヤバいデスよ!」


「とりあえずスワンを起動しましょう」


「二人とも無事でなにより! 一体何があったの?!」


「話は後デス! とりあえず基地の方へと救出に行くデスよ!」


「救出……?!」


「基地の一帯が丸ごとしちゃったんデスよ! 本隊の連中、みんな生き埋めデス!」









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