第81話 震揺・1

第八十一話 震揺・1


「敵、いませんねぇ……」


「もぬけの殻……ってやつか」


「あ、古い言い伝えにこんなのがあるんすよ。大きな地揺れの前にはネズミがいなくなるって」


「……はぁ、いいから真面目に探せ。もしかしたら罠が仕掛けられてるかもしれないんだぞ?」


 二人の連合軍兵士が坑道の一つを灯りで照らす。ここはオーバルディア帝国の大規模鉱山の一つだ。鉄やニッケル、クロムといった鉱物資源を多数産出する鉱床があり、非常に重要な拠点と考えられている。ここで得られた鉄などは理力甲冑の装甲や内部骨格インナーフレーム、剣といった武器や様々な用途に使われているため、連合軍はその奪取、あるいは破壊を目論んでいた……のだが。


「せんぱーい、やっぱ誰も居ないっすわ。あるのも採掘用の道具ばっかり。罠も特になし!」


「……のようだな、一度引き上げよう。この調子じゃ、他の部隊も同じ結果だろうな」


「それにしても、なんで帝国の奴らはこの鉱山を放棄したんすかねぇ」


「俺に聞くなよ。何か訳があるんだろ」


「ま、お上の考えることは下々の俺らには分かんねってことですかね」







 ユウ達、ホワイトスワン隊がドウェイン・ウォーの包囲からどうにか抜け出した後、彼らは連合軍本隊と合流して再びこの鉱山基地へと攻撃を仕掛けようとした。が、いざ基地へと接近すると哨戒の兵士も理力甲冑もおらず、騒音に包まれているはずの鉱山もまるで火が消えたように静かだった。


 偵察に出た部隊によると、基地と鉱山のどこにも人はおらず、施設や坑道、基地設備は一部を除いてそのまま残っていたという。なにかの罠かと訝しみながらも連合軍本隊は基地まで進軍し、その調査を行っている最中というわけだ。


「どう思う、クレア?」


「まず間違いなく罠……でしょうね」


「だよねぇ……このタイミングでドウェインさんが仕掛けてきたし、何かあるはずなんだろうけど……」


 ユウとクレアはホワイトスワンのブリッジから外を眺めていた。帝国軍の奇襲や罠を警戒し、ホワイトスワン隊は基地から少し離れた場所で待機していた。本隊は鉱山基地とその周辺に分散して周囲の警戒に当たっているが、ユウ達はさらにその警戒網の外側に配置されている。


「気になるのは、帝国が鉱山を囮に罠を仕掛けてるって事ね。あの鉱山って、相当な大規模な筈よね」


「あちこち山が削れているし、先生の話だとそこかしこに坑道があってまるでアリの巣みたいだって。設備からするとかなりの量の鉄が採れてたみたい」


「鉄って、戦争をするうえで重要な資源の一つよ。戦争以外でも色んな使い道があるし、そんな資源をエサにするなんて……何を考えてるのかしら」


 さしものクレアも帝国の意図は読み切れない。


「理力探知機レーダーにも反応ないね。ヨハン達の報告待ちだけど、この一帯に歩兵部隊や理力甲冑の類はいやしないよ」


 そう言うとリディアはパチパチと探知機のスイッチを操作して周囲を探る。基地や鉱山の方には多数の光点が明滅するが、その周囲、敵が潜んでいそうな所は殆ど反応が無かった。ところどころにある光点は、哨戒に出ているヨハンとネーナや他の哨戒部隊だ。


「ここらの地形は侵食によって高低差が激しい荒地が広がっています。周囲からは目の付きにくい洞窟なんかがあってもおかしくはないですし、警戒するに越したことはありません」


「ま、レオさんの言う通りだね。僕はもうすぐ先生とボルツさんが基地の方から戻ってくるだろうし、昼食の用意でもしてくるよ」


「ん、お願い。何かあったら呼びに行くわ」


「ユウ、今日は肉が食べたいよ~! あの基地に食糧なんかも結構置いてあったんでしょ? 少し貰えないのかな」


「いや、それはどうなんだろ……」


 ユウはリディアの注文に、残っている食材をすぐさま思い出す。本隊と合流した際、いくらか補給を受けたが肉の類はそう多くは残っていなかったはずだ。


「リディ、我儘を言わない。すみませんユウさん、レジスタンスの方へ食糧を供給してもらうように言ってるのですが、さすがにそう何度もは……」


「あっ、いや大丈夫ですよ、レオさん。確か塩漬け肉が少し残ってたはずだし、それでなにか作ってみるよ」


「さっすがユウ! 楽しみにしてるよ~!」


「あははは……」


 微妙に緩い空気が流れるブリッジを後にするユウ。今日の献立もそうだが、やはり考えるのは帝国軍の思惑だ。全くと言っていいほど彼らの意図が掴めないのは不気味を通り越してうすら寒いものすら感じる。


「ま、僕が考えてもしょうがないか……」


 そう呟きつつ、ユウは食糧庫へと歩みを進めるのであった。







 そんな頃、先生とボルツは帝国軍の残した鉱山基地、その司令部施設と思しき場所へと訪れていた。いくらか広い部屋の中央には大きな机が置かれ、ここで作戦の指揮を執っていたのだろう。その周りには通信機械や様々な資料が入っていたらしい本棚やチェストがさみしく残されている。恐らく地図や部隊編成表などの重要機密の類は全て破棄されたか持ち去られてしまったようだ。それ以外の、重要度の低いものはそのまま取り残されていた。


 部屋は既に多数の兵士が調査した後のようで、ところどころが散らかってしまっている。そこへ、アルトスの街から連合軍帝都侵攻作戦の指揮を執るオバディアがやって来た。手には何か丸めた大きな紙のようなものを持っており、何故か焦げ臭い。


 短く刈り込まれた白髪、深く刻まれた顔のシワ、相変わらず歳の割には眼光が鋭い。長期の遠征にも関わらず髭が丁寧に剃られているところを見ると、案外几帳面な男なのかもしれない。そのオバディアがいつものダミ声で先生に尋ねる。


「どう考える、先生殿よ?」


「どの、は止めるデス。こういうのは私の専門外デス!」


「だよなぁ~。いくら嬢ちゃんが帝国に居たからって、軍事作戦の事までは分かりゃしねぇよな」


「嬢ちゃんも止めるデス!」


「まあまあ、先生。ところでオバディアさん、本当に何の痕跡も無いんですか? こう、擬装された罠……ブービートラップなんかがこういう場合の定石なのでは?」


 先生を宥めつつ、ボルツが質問する。ゲリラ戦などで戦力で劣る勢力が撤退する際、その地域に巧妙に擬装した罠を仕掛けることがよくある。貴金属や敵兵士が興味を引きそうな機械、そういった物と連動して作動する爆弾などだ。これはどちらかというと敵への損害を与えるというよりも、その地域の占領を遅らせたり、罠に掛かるかもしれないという疑心暗鬼に陥らせて精神を消耗させ、敵軍の作戦を遅滞させるのが目的である。


 そういう意味では現在、帝国軍は連合軍の侵攻を遅らせるべくそういう戦法を取ってもおかしくはない。が、少なくとも基地の内外にそのような罠は今の所発見されていない。鉱山施設の方も同様だ。


「全然。むしろ何も無さすぎて怖いくらいだぜ。まぁ、坑道の方はあちこち入り組んでるらしいから、そっちはまだちゃんと調査が終わってねぇ」


「坑道って……いくらなんでもそんな所に罠を仕掛けることは無いんじゃないデスか?」


「念のためだよ。それにここを確保したら帝国への橋頭保になるだけじゃなくて鉱物資源もたんまり頂けるって算段よ。今のうちに調査しといたほうが早いのさ」


「そっちは任せるデス。それよりいい加減、私たちを呼んだ理由を聞かせるデス。スワンの修理も完璧じゃないデスし、こっちはこっちで忙しいんデス」


「んじゃ、単刀直入に聞くとするかね」


 そう言うと彼は中央の机に持っていた紙のようなものを広げた。それは何かの図面を複写した青写真で、何故か端っこの方が黒く焦げている。少し焦げ臭い匂いがしたのはこれのせいだったのだ。


「先生、ボルツ……これをどう見る?」


 青の地に白く細い線が滑らかな曲線を引いている。寸法からすると相当に巨大な機械のようで、理力甲冑を四機収められるホワイトスワンよりもさらに大きいようだ。どうやら二人をここに呼びつけたのはこの図面に描かれているについて意見を聞きたかったからのようだ。


「……これはどこにあったデス?」


「外の焼却炉。急いで資料を燃やしてたんだろ、ちゃんと確認しないのはよくないな」


「先生、この形状は……」


「そうデス、ボルツ君の思ってるとおりデスよ……ハァー、多分完成しちゃってるデスよこれは」


「おいおい、二人で納得してないでオレにも説明してくれよ」


「えーとデスね、これはと言ってデスね……」








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