第80話 激突・5

第八十話 激突・5


「ふぅむ。儂としたことが、同じ相手に二度も負けてしまうとは」


 大破したゴールスタ・ロックをぼんやりと眺めながらドウェインは独りごちる。白鳥部隊はとっくにこの場から逃げ去り、後に残された彼らは大破した機体や負傷した操縦士の回収作業に入っていた。




 アルヴァリスとレフィオーネの放った一撃は確実にゴールスタの胸部から胴体にかけて、つまり操縦席へと命中するはずだった。だが発射の反動か、それともあの操縦士の咄嗟の判断なのか、結果としてドウェインは無事に生き残ることが出来た。


 操縦士専用服の胸元を開き、戦闘で火照った身体を外気で冷やす。歳の割に筋骨隆々の体格がキツそうだ。


「そろそろ儂も引退かのう……」


 だんだんと傾きかけた太陽が辺りを朱に染め始める。すると突然、ドウェインは大きな影に包まれてしまった。


「大隊長! ご無事でしたか!」


 外部拡声器スピーカーからは涼やかな女性の声が響く。


「おお、エベリナ! ようやく来てくれたか!」


 ドウェインは声のする方、上空へと声を張り上げる。


 彼の視線の先には巨大な物体がしていた。丸みを帯びた細長い形状。低く唸る理力エンジンと無数のプロペラ。それと何かの機械が稼動しているのか、規則的な動作音。


 それは、ユウの世界でいう所のとでも呼ぶべきものだった。巨大な気嚢は金属製の板で覆われており、おそらく内部には浮揚するためのガス袋が収められているのだろう。下部には船室及び操舵室がポツンと飛び出ており、前方と後方には理力甲冑が発着艦できるであろうカタパルトが覗いている。船体の各所には恐らく対空用の機銃だろうか、トゲのようにそれが生えていた。


 まさに帝国の技術力、軍事力を知らしめるには十分な偉容だった。









「例のニッポン人、勧誘は失敗したのですね」


「いや、その……まぁ、つまり、そういうことになるかな?」


「あれほど自信たっぷりで出撃してましたよね」


「エベリナ……最近のお前、なんか儂に対する当たりが強くない?」


「ふふ、家族ゆえの愛情表現と捉えてください」


 義父ドウェイン義娘エベリナの他愛ない会話。そこが軍の飛行船、その操舵用ゴンドラでなければそのように聞こえた事だろう。


 周囲には特別に訓練された乗組員が忙しなく動き回り、各種様々な計器と睨めっこしている。周囲の温度と湿度、高度、気流、雲や周囲の状況から天候の予測と、細心の注意を払ってこの軍用飛行船ルクセントは航行している。


 オーバルディア帝国には過去、ユウの居た世界から迷い込んだ人々が持ち込んだ様々な技術が残されていたのだが、この飛行船も近年の技術的進歩によって実現したものの一つなのだ。


 すでに帝国では地面効果という現象を利用した高速輸送艇を運用していたが、それはあくまで広義での船舶にあたり空を飛ぶ航空機とは言えず、実際に大地から数メートル以上の高度は出せない。しかし、この飛行船はまさに航空機そのものであり、連合軍が独自開発した単独飛行可能理力甲冑レフィオーネを除けば本格的に量産可能な初の航空兵器なのである。帝国軍はこの戦争中に未知の戦場である「空」をも支配しようと、着々と準備を進めていたのだ。




「それでエベリナよ……鉱山基地の退は進んでおるのか?」


「はい、それはもうつつがなく。例の仕掛けも明日中には設置完了とのことです」


 ドウェインの問いに、エベリナはキラリと光る眼鏡の位置を直しつつ答える。


「こういう作戦は好みじゃないんだが……まぁ、そうも言っておられんか」


「連合の進軍をここまで許してしまいましたからね。これ以上は帝都防衛に回す戦力も前線に送らねばならない程なのでは?」


 ドウェインは聞こえているのに聞こえていないフリをする。だが、それも致し方ないのだろう。この戦争全体の詳細な戦況と戦力配置はエベリナのような一軍人には知り得ないことだが、それでも彼女の耳に入ってくる各戦線の状況と動き、そして連合軍の進軍度合いからはある程度推測は可能だ。


(そう、軍上層部は公表してないけれど……現在、オーバルディア帝国はかつてないほどの危機にある)


 開戦当初は軍事力の差から比較的短期間で都市国家連合軍を打ち破り、帝国に有利な条件で講和条約なり交渉が進むものと誰もが思っていた。しかし蓋を開けば連合軍は予想外の粘りを見せ、本格的な侵攻から一年近く経った今でも各戦線は膠着、あるいは負けが続いている有様だ。


 直前に工業国家シナイトスとの戦争もあり、帝国の人的・工業資源、各種生活物資、食糧などの残された備蓄はあまり潤沢ではない。特に食糧に関しては、アムリア大陸の台所と呼ばれる穀倉地帯を持つ都市国家連合から輸入できないため、その深刻さは比ではない。


 つまりこれ以上戦争が長引けば、帝国は連合に敗れる可能性も出てくる。


「……その為に儂らがいる。これ以上、連合の好きにはさせんよ」


「そう……ですね。起死回生……いえ、帝国必勝の要たる飛行船部隊もこの通り、予定通り仕上がりましたし」


「お前、理力甲冑に乗ってるより指導教官か何かの方が向いているんじゃないのか?」


「それは自分でも幾らかは思いますけど……それでも貴方の義娘としては理力甲冑で活躍したいですね」


「まったく、変な所で儂に似おってからに……」


「あら、ご自分でも変だと自覚しておいでらしたのですか?」


 その言葉に思わずドウェインは目を丸くし、吹き出してしまう。エベリナもそれに釣られて口元が柔らかく緩む。


「さて、と。ひとまずは帝都に戻るとするか」


「了解しました……ルクセント、進路反転。目標、イースディア」


 エベリナの号令と共に乗組員はそれぞれの持ち場で所定の作業を始める。既に陽は沈み、辺りは夜の帳に包まれている。僅かな星と月明りが流線形の飛行船を照らし、地上から見上げるその優雅な姿はどこか幻想的ですらあった。








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