第80話 激突・4

第八十話 激突・4


 ドウェインは一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。


 今の今まで、白い機体を押さえつけていたはず。そのゴールスタ・ロックの右腕、肘から先が無くなっていたのだ。


若造ユウが何かした……?! いや、あの青い機体レフィオーネか?!)


 先ほどからあの大口径のライフルを何発も撃ち込んできたが、まるで要塞のようなゴールスタ・ロックの装甲を貫くにはいささか銃弾。そのためドウェインは最低限の防御で事足りると判断していた。しかし、その銃弾がゴールスタ・ロックの右腕をまるで棒切れか何かのように吹き飛ばしてしまったのだ。




「……?! と、とにかく今がチャンス!」


 急に圧力が無くなったユウは、アルヴァリス・ノヴァの全身をバネのようにしならせて飛び起きる。その反動を利用しつつ、呆然と立ち尽くしているレフィオーネの下まで一気に跳躍した。ゴールスタ・ロックに押しつぶされていた胴体は見た目よりも損傷が酷く、着地の際にうまく体勢がとれずその場に崩れ落ちてしまう。


「クレア、ありがとう! 今のどうやったのさ?!」


「な、何なの……私、何をしたの……?」


 半ば放心状態のクレアは、いまいち状況が掴めていないようだった。


 ユウはレフィオーネが手にしているブルーテイルの銃身に目をやる。もう殆ど消えかかっているが、そこには青白く煌めく粒子のようなものが浮遊していた。


「レフィオーネが……クレアもノヴァ・モードを……?」


 アルヴァリス・ノヴァが発動するノヴァ・モードは二基の理力エンジンを同調、高回転させることで膨大な理力を発生させる機構だ。それは改修前のアルヴァリスでも何度か発動していたことから、理力エンジンが操縦士の高い理力に反応することでも発動できると先生が話していた。


 つまり、理力エンジンを搭載しているレフィオーネでも理論上はノヴァ・モードを発動できる可能性があるということ。しかし、この世界の住人であるクレアはユウほどの高い理力を備えておらず、それにより発動できないと思われていたのだ。


「とにかく助かったよ。クレア、そっちは大丈夫?」


「え、ええ……でも今のでブルーテイルの残弾がもう殆ど残ってないわ」


 レフィオーネのスラスターに取り付けられた予備の弾倉は残り一つ。つまり残弾は五発のみ。


「こっちも武器は剣とライフルだけ……どっちもあの装甲には効果なさそうだけど」


 アルヴァリス・ノヴァの標準装備である片手剣と専用ライフルはどちらも無事だが、これまでの戦闘からして決め手にはなり得ない。しかも頼みの綱であるオーガ・ナイフはゴールスタの足元に転がったままである。それにアルヴァリスに蓄積した損傷は見た目よりも酷く、あまり派手な動きは出来なさそうだ。


「どうする……? 相手は右腕が欠けたとはいえ、あのドウェインよ。このまま引き下がるとは思えないわ」


 レフィオーネの視線の先、依然としてその威圧感を放っているゴールスタ・ロックは片手ながらも落ちていた戦槌を拾い上げてこちらへと向き直る。まだまだ戦意は高いようだ。


「…………僕に考えがある」








 右腕がなくなり、やや左に傾き気味なゴールスタ・ロックの操縦席。険しい表情のドウェインは冷静に相手の出方を窺っている。


 生半可な攻撃は全て弾き返すゴールスタ・ロックの自慢の装甲が、まるで紙のように貫かれてしまった。その事実は彼に大きな衝撃を与えたが、その程度の想定外で混乱するヤワな精神ではない。すぐに思考を切り替え、今はあの二機に勝つための方法を思案している最中だ。


「連射してこないところを見ると、かなり特殊な弾を使ったのか……? それとも同じ箇所を連続して撃たれたことで、装甲が金属疲労を起こしたか……?」


 どのような方法の一撃かは彼には分からなかったが、そう何発も放てる攻撃ではないらしい。依然として白と蒼の機体にこちらの装甲を破る武器は無い。そう判断したドウェインは慎重に、しかして勇猛に歩みを進め始めた。


 本来は両手持ちの戦槌を片手で操るのはそうとう難しいが、彼にとってはさほど苦ではない。細かく機敏な攻撃は出来なくなったが、それはそれで戦いようがあるのだ。青い機体は空に逃げられるかもしれないが、あの白鳥がこの場から離脱できない限り白い機体の若造ユウたちはままなのだ。


 このまま彼らを引き付けておくだけでも白鳥部隊は消耗していくのだが、それではドウェイン本人がここまで来た甲斐というものがない。他の者はどうかは知らないが、少なくとも彼はそう考えていた。


 つまり、ここでアルヴァリスを倒す。


 強敵との戦いはいつも心が躍り、それが手強ければ手強いほど、勝つか負けるかの瀬戸際であるほど高揚する。ほとほと自身の難儀な性格を理解しつつも、ドウェインは武人で在りたかったのだ。そして目の前にはその欲求を満たすに十分な獲物……いや、強敵がいる。


「皇帝陛下は生きて連れてこいと言っていたが……何事も想定外という事は起こりうるしな」


 眼前の白と蒼の機体は一歩も動かずゴールスタ・ロックとドウェインを待ち構えていた。万策が尽き果てたか、それとも更なる切り札を隠し持っているのか。彼の胸の内では今、好奇心と慎重さがせめぎ合っていた。





「……クレア、もう少し引き付けて……」


「分かってるわよ……でもホントに上手くいくの?」


「これで成功しなかったら……」


「止しましょう、この一撃は必ず成功させる。それだけを考えるの」


 ブルーテイルを構えるレフィオーネの手にアルヴァリスの手を重ねる。ユウは深呼吸を一つすると、再びノヴァ・モードを起動させた。周囲に光り輝く粒子が舞い上がり、理力エンジンの高音が奏でられる。


「クレア!」


「分かってる!」


 クレアは操縦桿の下部にあるスイッチ類のうち、一つのダイアルを最大まで捻る。するとレフィオーネに搭載された理力エンジンが大きく唸りを上げ、回転数を上昇していく。腰部のスラスターが圧縮空気を吐き出すが、飛行の為というよりも理力エンジンの冷却するためのようだった。


「……まだだ!」


「もう……少し!」


 レフィオーネが損傷した両脚を踏ん張り、それをアルヴァリスが支える。銃口のすぐ先、あと何歩かという距離までゴールスタ・ロックが迫っていた。凄まじい闘気がユウとクレアの肌をビリビリと突き刺す。


 アルヴァリス・ノヴァから放出された粒子が舞い、レフィオーネから噴き出す圧縮空気が渦を巻く。やがてそれらは一つになり荒野に一陣の竜巻を形成しつつあった。光る粒子が舞い上がり、まるで光の柱が出現したようにも見える。


 その烈風にも負けず、ゴールスタ・ロックとドウェインはゆっくりと近づく。左腕にしっかりと握った戦槌を大きく振り上げ、構えた。


「僕らはこんな所で負けられないんだ……だから!」


「そこを退いて貰うわよ!」


 ユウとクレアの心が一つになった時、渦巻いていた光の粒子がブルーテイルへと集まっていく。粒子の色が次第に青みがかった白銀になり、銃身を覆ってしまう。そして理力エンジンの回転数が最高潮に達した瞬間、クレアはその引き金を静かに引いた。



 閃光と、衝撃。



 まるで神話に登場する槍の一撃。ブルーテイルから放たれた銃弾は光の軌跡だけを残し、ゴールスタ・ロックを貫通する。その衝撃と貫通力はすさまじく、背後の小高い丘を掠め、峡谷の一部を綺麗に削り取ってしまうほどだった。


 ゴールスタ・ロックは胸から上を完全に喪失し、その場に崩れ落ちる。規格外の分厚さを誇る装甲板は破断したというよりも機械か何かで削ったかのように綺麗な断面をしており、一撃の威力を物語っていた。


 辺りの旋風がようやく静まったころ、ユウとクレアはゴールスタ・ロックを撃破したことに気付く。


「……やったの?」


「……多分」


 確かめようと機体を動かそうとするが、二人とも急な疲労感に襲われてしまう。今の理力エンジンフル回転が原因なのか、全身の理力が一気に吸い取られたような感じだった。


「……ユウ! クレア! そっちは無事?!」


 無線からはリディアの声が。どうやらホワイトスワンは包囲網からなんとか抜け出したようで、峡谷から砂煙を巻き上げながらこちらへとやって来る。


「え、ええ、こっちはどうにか。早く回収してちょうだい、もう一歩も動けないわ……」


「ヨハンとネーナを向かわせるから! さっさと逃げないとスワンもヤバいんだよ!」


 よく見れば砂煙と共に黒い煙がホワイトスワンの至る所から上がっている。さすがに無傷で脱出とはいかなかったようで、ステッドランド・ブラストとカレルマインもあちこちに損傷を負っているようだった。


「ボロボロだけど……なんとか無事だったね」


「だけど作戦は失敗ね……」


 クレアはどこかやりきれないため息を吐いた。








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