第80話 激突・3

第八十話 激突・3


「ユウッ!」


 クレアは敵機に捕まってしまったユウを助けようと、再びブルーテイルの大きな銃口を持ち上げる。しかし、その引き金を引くことが出来なかった。


「…………!」


 レフィオーネの視線の、ブルーテイルの銃口の先にはアルヴァリス・ノヴァが居たからだ。


 ゴールスタ・ロックはアルヴァリスを掴んだまま、レフィオーネのいる方へと振り返ったのだ。無論、アルヴァリスを盾にするために。


 足は地面から離れ、万力のように締め付けられた剛腕から抜け出そうともがくアルヴァリス・ノヴァ。しかし片手だけで掴んでいるにもかかわらず、その拘束は少しも緩むことはない。むしろ、もがけばもがくほど装甲が歪み、さらに状況が悪くなる一方だった。


「アルヴァリスを、ユウを離しなさい!」


「仲間を盾にされては、その大砲もただの筒だな。さて、この若造は帝国には降らぬと言う。ならば貴様らは徹頭徹尾、我等の敵! ここいらでくたばってもらおうか!」


(ユウ……!)




「……クレア!」


「……!」


 ユウの呼び掛けに、クレアは彼の意図を察する。アルヴァリスの胸部装甲が一部開き、周囲の大気を次々と吸入していく。そして背面と胸部の、二つの理力エンジンが同調しつつ回転数を上げていく。辺りの荒野に、キラキラと煌めく粒子と甲高い楽器のような音が広がる。アルヴァリスの全身に理力が漲り、人工筋肉が力強く膨れ上がった。そして内部骨格インナーフレームが僅かに軋み、自機の胴体を掴んでいるゴールスタ・ロックの腕を振りほどこうと力を込める。


 ユウはノヴァ・モードを発動させ、一気に逆転を狙うつもりだったのだ。それを援護すべく、クレアはブルーテイルを構え直しその瞬間を待つ。




「その光るやつは厄介だ! だが、こうすればどうかな!?」


 ゴールスタ・ロックはアルヴァリスを掴んだままの腕を思い切り振り下ろし、乾いた大地に叩きつけてしまった。地面に放射状のヒビが走り、ゴールスタの全重量がアルヴァリスの胸部から胴にかけて一点にのし掛かる。


「ぐ……!」


 アルヴァリス・ノヴァの操縦席ではユウが歯を食い縛る。叩きつけられた時にどこかでぶつけたのか、額からは出血していた。


 ゴールスタ・ロックの重量はアルヴァリスの胴体部を今にも潰さんとしている。いくら理力甲冑の操縦席周りの装甲と骨格は頑丈に作られているとはいえ、いくらなんでもこの圧力は想定外すぎる。


「ノヴァ・モードでもはね除けられない……?!」


 ノヴァ・モード発動時、普段よりも理力エンジンの出力が上がり凄まじいパワーを発揮できる。前回のドウェインとの戦いでも、最後はこのノヴァ・モードで押しきることでどうにか勝利した。


 今度もアルヴァリスはゴールスタの太い腕を掴み拘束から逃れようとするのだが、全くと言っていいほどびくともしない。それどころか操縦席は少しずつ歪みだして、外の景色を映すモニターにヒビが入る。心なしか理力エンジンの音も低くなってきているようだ。




「ユウ!」


 クレアはブルーテイルの引き金を引く。大質量の銃弾はゴールスタ・ロックの大きな肩部や胸に命中するが、やはり装甲表面に傷を付けるだけでアルヴァリスを押さえつける力は緩みそうにもない。


「なんでよ! いいからそこを退きなさい!」


 大口径の銃が再び火を吹く。どんな魔物でも強大な理力甲冑だろうと撃ち貫くはずの火器は、鋼鉄の塊である規格外のようなゴールスタ・ロックの前には無力と化していた。クレアは焦りと苛立ち、そしてユウを喪うかもしれないという恐怖感に包まれていく。


 ゴールスタ・ロックの下敷きにされたアルヴァリス・ノヴァ。今にも圧潰しそうな白い機体を前に、クレアの目尻には薄っすらと涙が浮かび上がる。




 ホワイトスワンはまだ渓谷から脱出できていない。ヨハンのステッドランドも、ネーナのカレルマインも助けには来れない。ユウの危機を救えるのは自分クレアしかいないのだ。


 しかしブルーテイルが有効打とならない相手を前にどうすればいいのか。他の武器といえば、腰に下げた多目的用のナイフ一本のみ。腕の関節を狙って攻撃しようにも、ドウェインにはそんな隙などありはしない。非力なレフィオーネではたとえ大破覚悟で体当たりしてもゴールスタ・ロックをよろめかせれるかどうかといったところだろう。


 そうこう逡巡している間にも、アルヴァリス・ノヴァは地面へとめり込んでいく。このままでは完全に潰されるのも時間の問題だ。




(迷ってる暇があれば、一発でも多くの銃弾を撃ちこんでやる!)


「ユウを……離しなさいよ!」


 ユウを助ける。その一心でクレアは再びブルーテイルの引き金を引いた。自分にはそれしかない。ならば、銃身が焼き付こうともこの引き金を引き続けるだけだ。




 瞬間、クレアの脳裏にはユウの顔が浮かび上がった。少しはにかんでいる、幼さと精悍さが同居した年相応の顔つき。初めて出会った頃よりは少し大人になったような、そんな気がするクレア。


 ほんの少し前、ホワイトスワンの格納庫で自分のことを好きだと言ってくれたユウ。彼自身は気が付いてなかったようだったが、顔も耳も真っ赤にしていてそんな所が少し可愛らしく思える。クレアの前ではなるべくカッコつけようと大人ぶっているが、バイクの話になると急に子供っぽくなってしまう。


 ユウのどこに惹かれたのか、言葉ではうまく説明できない。しかし、誰かを好きになるという事はそんなものなのだろう。クレアはこの先ずっとユウと一緒にいたいと心から願うし、彼が居なくなると考えるとどうしようもなく胸が締め付けられる。


 レフィオーネに搭載された理力エンジンの回転数がクレアの感情に呼応する。腰部のスラスターからは薄っすらと光る粒子が舞い、それはブルーテイルの銃身へと吸い寄せられるように周囲を漂い始めた。


(ユウ…………ユウ…………!)




「ユウーッ!」


 クレアの声にならない叫びと、鋼鉄の破断する嫌な音が重なりあった。









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