第80話 激突・2

第八十話 激突・2


「いい加減……やられちゃいなさいよ!」


 クレアは目を見開き、背負っていた筒を取り出す。長い銃身、口径の大きな銃口、機体と同系色の水色をしたレシーバー。とてつもない威力を誇る対魔物用ライフル、ブルーテイルだ。


 丁寧に、しかし素早く安全装置を解除し、弾を装填する。レフィオーネの細腕で扱えるギリギリの重量だが、クレアは構わず振り回して照準を合わせた。この距離ならば弾丸の軌道はほぼ真っすぐに飛び、大抵の理力甲冑ならば装甲を完璧に貫ける筈だ。


 大きな衝撃と空気の振動、そして硝煙の匂い。直後に金属と金属が激しくぶつかり合う音。


硝煙が晴れ、レフィオーネの視界が開ける。しかしそこには……。




「嘘……でしょ?!」


 ブルーテイルから放たれた大質量の銃弾は確かにゴールスタ・ロックの背部へと命中した。普段なら機体に開いた穴から向こうの景色が見える筈なのだが……今回は装甲表面に大き目な窪みを作っただけ。ゴールスタ・ロックのあまりの装甲の硬度と厚みに、ブルーテイルの銃弾が弾かれてしまったのだ。


「ぐぅう、物凄い衝撃だが……それではこのゴールスタの装甲は貫けん!」


 正面ではアルヴァリス・ノヴァを、背面ではレフィオーネを相手にしながらドウェインは吼える。帝国でも最強と名高い猛将の名は伊達ではないという事か。


「……なら、装甲の薄い箇所を狙って!」


 理力甲冑は通常、操縦士を保護するために胴体周りの装甲は厚めに設計されている。そこでクレアは比較的装甲の薄い箇所を狙うつもりなのだ。


 まずは左肘。その関節部分を覆う装甲は可動域確保のため、クレアはここなら貫ける筈と踏んだ。それにもし貫通出来なかったとしても、関節に強い衝撃を与えれば武器を振るうのにも支障がでて戦闘では不利となるだろう。


「……そこっ!」


 だが、再び銃弾は弾かれてしまった。しかも、今度はただ弾かれたわけでは無い。なんとゴールスタ・ロックは着弾の瞬間に腕を器用に動かして跳弾させたのだ。浅い入射角では見かけ上の厚みも増し、装甲に銃弾の先端がめり込まず、簡単に弾かれてしまう。


「まさか狙ってやったっていうの……?!」


 クレアはあまりの事に理解が追い付かない。そんな芸当、いったい誰ができるというのか。




「ちょろちょろと五月蠅いぞ! 少しそこで寝ていろ!」


 ドウェインは手にした戦槌を大振りに振り回したかと思うと、その先端を大地へとぶち当てた。その衝撃はすさまじく、地面が割れて大小いくつもの石礫が飛び散ってしまう。そして、それらはブルーテイルの射撃のため高度を落としていたレフィオーネへと向かって飛散する。


 慌ててクレアはレフィオーネのスラスターを吹かして上空へと回避を試みる。が、一瞬間に合わず、脚部の数か所に被弾してしまった。


「くっ、姿勢が……!」


 レフィオーネの装甲は軽量化の為、限界まで削られている。なので小さな破片は問題ないが、少し大きめの岩が当たった箇所は装甲がへこんでいたり、一部は貫通していたのだった。飛行中の姿勢制御は腰部のスラスターだけでなく、腕や脚も使った全身の重心移動によるものも大きな割合を占めている。つまり脚部の動きが悪ければそれだけ姿勢制御も難しくなってしまうのだ。




「クレア! 一旦下がって!」


 ユウはクレアの不利を悟り、自らの行動を恥じた。後衛であるはずのレフィオーネを攻撃されるのは、ひとえに前衛であるはずのアルヴァリス・ノヴァの失態である。ましてや、自分が消極的な攻撃をしていたせいとあらば、彼女に合わせる顔がない。


(いくら相手が強くたって……ここは退けない!)


 アルヴァリスは素早く片手剣を盾の裏にある鞘に仕舞うと、背中に手を回す。掴んだのは、一振りの大剣。巨人のオーガナイフだった。


 一気に鞘から引き抜くと、研ぎ澄まされた刃が細かく振動して独特な高音が奏でられる。まさに何物をも断ち斬る悪鬼の大剣を両手で構えると、アルヴァリスは真っすぐ相手へと突っ込んだ。大きく一歩を踏みしめ、わずかな跳躍とともにオーガ・ナイフを横薙ぎに大きく振り抜く。


 大気も音も斬り裂かれ、空間すら断つのではないかというほどの斬撃。ユウは確かに手応えを感じた。感じたが、それはいつもの感触とは少し異なっていた。操縦席へと伝わってくる振動と音は確かに有った。


「……逸らされた?!」


 目の前には無傷のゴールスタ・ロック。先ほどの一撃は大きな肩部装甲を巧みに操作し、表面を滑るように上手く逸らされてしまったのである。先ほどの銃撃の跳弾といい、やはりドウェイン・ウォーという操縦士は並みの技量ではない。


 しかし、そんな相手でもユウは怖気づくことなくさらに攻め込んでいった。大胆に、繊細に、次々と攻撃を仕掛けていく。両手持ちの大剣であるオーガ・ナイフは同じ刃渡りの大剣と比べてもいくらか重く、その分だけ切断力に優れる。さらに未知の冶金と鍛造技術による恐ろしいほどの切れ味と粘り強さを兼ね備えた刀身の一撃は、たとえゴールスタ・ロックの頑健な装甲といえど無事では済まないだろう。


 ……そのはずなのだが、一向にアルヴァリス・ノヴァの攻撃は当たる気配がない。鈍重なはずのゴールスタ・ロックは華麗な足捌きと装甲による、戦槌の柄を使って巧みに大剣の軌道をそらしてるのだ。


「なん……で、当たらない?!」


「青い、青いぞ! 若造!」


 自信に満ちたドウェインの声がビリビリと響く。


「その大剣の恐ろしさは前回で嫌というほど思い知っておる! それならばその一撃を食らわなければいいだけの事!」




 なぜ、ドウェイン・ウォーが歴戦の勇士たるのか。それは常人と比べて大きな理力をその身に宿しているからという事もあるが、それは一因にしか過ぎない。一番の理由は、相対する敵への対処能力といったところだろう。


 敵が力で押してくれば、こちらは更なる力で迎え撃つ。技巧を凝らした敵ならばそれを上回る技量を以って粉砕する。一見、力任せに見える戦い方なのだが、ドウェイン・ウォーという人物は意外と敵の操縦士というものをよく観察しているのだ。


 そしてアルヴァリスユウの戦い方は前回と今回で殆ど見極めている。曰く、丁寧な操縦と剣捌きをするが展開に詰まると焦りやすい、と。




 ドウェインの目論見どおり、攻撃がなかなか敵にかすりもしないユウは内心焦っていた。オーガ・ナイフを大きく袈裟切りに振り下ろし、ゴールスタ・ロックを大きく後ろへ下がらせる。その動きを狙っていたユウは機体をクルリと独楽のように一回転させ、その遠心力でさらに大剣を横薙ぎに振るう。大きな弧を描く軌道は、回避直後の相手に逃げ場は無い。


 が、なんとゴールスタ・ロックは手にした戦槌を機体の前で風車のように回転させて、巧く大剣の軌道を逸らしてしまったのだ。鋭く迫る刃を紙一重の瞬間に戦槌の柄で掬いあげ、そのまま綺麗に受け流す。言うのは容易いが、実戦で行える操縦士はそういないだろう。


「な……?!」


 必殺の斬撃をいとも簡単に受け流されたアルヴァリス・ノヴァは躓いたように姿勢を崩してしまう。剣先を地面に突き立ててどうにか転ばずに済んだが、その隙を見逃すドウェインではない。突き刺さったままのオーガ・ナイフを戦槌の頭で抑え込み、その状態からアルヴァリスへと体当たりを仕掛ける。


 かなり接近した状態からの体当たりのため威力は控えめだが、それでもゴールスタ・ロックの重量から繰り出される衝撃は凄まじい。アルヴァリス・ノヴァは思わず後方へとたたらを踏んでしまい、操縦席のユウは激しい揺れに意識が飛びそうになってしまう。


「ぐぁっ!」


 あまりの衝撃にオーガ・ナイフを手放してしまったアルヴァリスはなんとか立て直そうと足を踏ん張るが、ゴールスタ・ロックは一手早く行動していた。その大きな右手をグワ、と開き、アルヴァリスへと襲い掛かる。


 通常の理力甲冑よりも一回りは大きい掌がアルヴァリス・ノヴァの胴体部を鷲掴みにしてしまう。その巨大さに見合った握力でギリギリと締め付けられると白い装甲が悲鳴を上げた。


「くそっ、捕まった?!」







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