第80話 激突・1
第八十話 激突・1
乾いた風が硝煙と土煙を運んでくる。この辺りには獣も鳥もおらず、聞こえてくるのは理力エンジンの甲高い音と装甲同士が擦れる金属音ばかり。
ユウはアルヴァリス・ノヴァの操縦席から相対する敵をじっと見つめる。
(以前戦った時とは姿が変わっている……向こうもパワーアップしたって事か)
ドウェイン・ウォーの操るゴールスタ・ロックは理力甲冑として限界ギリギリまで装甲と人工筋肉を搭載した機体だ。その出力と装甲の厚さ、重量を活かした格闘戦はまさに彼のあだ名である
睨み合ってても仕方ないので、ユウは相手の出方を見るために仕掛ける。手にした片手剣を鋭く振り抜き、一気に間合いを詰めた。刃が空気を裂き、その切先がゴールスタ・ロックの胸部装甲を捉える。
「っ!?」
しかしドウェインは動かない。そのまま振り下ろされた片手剣は装甲を――――斬ることが出来なかった。
アルヴァリス・ノヴァが振るった剣は丁寧に研がれており、機体の膂力と合わされば並みの理力甲冑装甲は簡単に斬り裂ける。が、ゴールスタ・ロックの胸部装甲は非常に分厚く、そして堅固だったのだ。
「なんて硬さだよ!」
あまりの硬度に剣の刃が立たたず、装甲の表面がいくらか削れただけだ。これではいくら斬りつけても効果はないだろう。ドウェインが回避や防御の素振りすらしなかったのは装甲に絶対の信頼があったからだとユウは感じ取った。
「ふふふ、どうした? もう降参か?」
ゴールスタは戦槌を地面に突き立てると、その両手を大きく、まるで熊が威嚇するかのように広げた。傍から見れば隙だらけなのだが、ユウは一瞬動けなくなってしまう。
「くっ、凄い殺気……!」
ドウェインから、ゴールスタ・ロックから放たれる凄まじい気迫。こちらの命を刈り取るという強い意思をユウは肌から、目から、耳から感じ取る。だが、この程度で怯んでいては話にならないとユウは下腹に力を込め、全身でドウェインの気迫と殺気を受け止めて見せた。
「この……程度で!」
左腕の専用ライフルを横薙ぎにしながら連射する。至近距離で放たれた弾丸はことごとくゴールスタ・ロックの装甲に弾かれてしまうが、それは承知の事。その間にユウは後方へと跳び退り、一端間合いを外す。
「クレア!」
「分かってる!」
ユウの合図でクレアが引き金を引く。アルヴァリスの後方、少し離れた上空ではレフィオーネが小銃を構えており、狙撃の瞬間を見計らっていたのだ。
仁王立ちのゴールスタ・ロック、その厳つい意匠の頭部へと照準を合わせる。どんなに装甲が分厚かろうと、
「……ッ?!」
だがドウェインはそれを見越していたらしく、首を少し傾げさせて額の部分で銃弾を弾いてしまった。分厚い鋼鉄の板を鉛の飛礫が叩き、甲高い金属音が響く。クレアは一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、すぐさま我に返った。
「それなら……当たるまで撃ち続けるだけよ!」
小銃のボルトを素早く引き、次弾を装填しつつレフィオーネは大きく上空を旋回しだす。こうなれば、ありとあらゆる装甲の隙間や関節を狙うまでだ。
ゴールスタ・ロックの背後に回ったレフィオーネは移動しながら二発、三発と次々狙い撃っていく。まずは首の部分。ここはどの理力甲冑でも装甲で囲まれているのでなかなか有効打にはなりにくいが、命中すれば致命の一撃となるはずだ。だが……。
「くっ、やっぱり分厚い……!」
一発目を頭頂部近くに当てた反動でゴールスタ・ロックの頭が下がりわずかに兜と背中に隙間が空いたのだが、それでも残りの弾丸は分厚い装甲に阻まれてしまう。その間、クレアの銃撃を援護するべくユウは間合いを慎重に計りながら攻撃を仕掛ける。
だがアルヴァリスの動きは敵の攻撃を警戒したもの故、一撃が浅く足止めになっていかどうか怪しい。ゴールスタ・ロックは相変わらず仁王立ちしていたままだ。
「そろそろ……私の番かな!」
辺りの空気がビリビリと震え、理力甲冑の装甲がビリビリと振動してしまう。ドウェインの、腹の底からの声は外部
挙げていた両手をゆっくりと降ろし、地面に突き立てていた戦槌を力強く握りしめる。理力甲冑の頭部ほどもある大きさの鎚頭の片方は鋭いひし形のピックで、反対側はやや尖った鎚面となっていた。
戦鎚はその形状から剣のような斬撃は出来ないが、鎚の質量と遠心力から繰り出される衝撃は理力甲冑の装甲を砕き、内部の人工筋肉や
ゴールスタ・ロックはその戦鎚を軽々と振り回し、アルヴァリス・ノヴァへと鋭い一撃を繰り出す。上段からの振り下ろしはユウの予想を遥かに越えた速度で、わずかに回避が遅れてしまった。
「くっ……?!」
すんでの所で後ろへと飛び退いた為、直撃は免れたが……胸部装甲の一部が弾き飛ばされてしまった。かすっただけでこの威力、まともに食らえば只では済まないという確信がユウの脳裏をよぎる。
「まだまだっ!」
ゴールスタ・ロックの猛攻は終わらない。相当な慣性で振り回すにも一苦労しそうな戦鎚、それから繰り出される攻撃はどれもが致命の一撃だ。それを苦もなく次々と繰り出すドウェインの技量は言うまでもなく、ユウを大きく上回っている。
「二対一なの、にっ!」
ユウは小刻みに地面を蹴りながらギリギリのところでの回避を続ける。その間にもレフィオーネはゴールスタ・ロックの背後から銃撃を加えているのだが、一向に有効打を与えるには至っていない。
アルヴァリスの背後にある理力エンジンが唸りを上げ、機体の全身に理力を送っていく。その瞬発力は並みの機体を大きく上回るが、それでもゴールスタ・ロックの攻撃を避けるだけで精一杯だ。
(どこかに……隙は無いのか……?!)
戦鎚のような重い武器は敵に避けられると大抵は大きな隙が生まれる。ユウはその一瞬を待っているのだが、そんなことはドウェインも承知していたのだ。
「むぅん!」
ゴールスタ・ロックが振るう戦鎚は一見デタラメに振り回されているように見えて、その実、無駄のない滑らかな動きだった。戦鎚の一撃を避けられても、その軌道は次の攻撃へと繋がる合理的かつ、有機的な円弧を描く。その様はまさに小型の嵐とでも言うべきものだった。
「ほれほれ、どうしたどうしたぁっ!」
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