第79話 選択・2

第七十九話 選択・2


「僕は元の世界に帰らない。この世界で皆と一緒にいたい」


 ユウは静かに、しかしハッキリと告げた。それはつまり、元の世界での暮らし、家族、友人、思い出を切り捨てることを意味する。


「……それだと! ユウはもうお父さんと会えなくなるかもしれないのよ?! 元の世界には友達とかもいた筈よ! 全部、全部を捨てられるの?!」


「クレア……」


「私達はせいぜい一年間の付き合いだけど、元の世界にはもっと長い付き合いの人がたくさんいるでしょう?! お父さんとだって、今はそうでなくったっていつか和解できるかもしれないじゃない!」


 クレアの言う通り、ユウが通っていた学校の友人、マンションの同じ階の知り合い、そして父親。彼らとは長い間を共に過ごしてきたのだが、ユウの目はブレずにクレアの顔を見つめる。


「確かにそうだけど……僕にはホワイトスワン以上の仲間はいないと思う。それだけこの一年は色んな事が起きて、僕は皆に迷惑を掛けて、皆は僕を助けてくれて……。仲間が大事に思えるようになるのは時間の多さじゃないよ」




 ユウがこの異世界ルナシスに召喚された日、クレアとヨハンに出会った。クレアは最初、ユウの事を頼りないと感じていたが、初めて乗った理力甲冑で強力な魔物を撃退してみせた。それをヨハンは勝手に対抗心を燃やし、事あるごとにユウと競おうとする。


 そして先生とボルツがホワイトスワンに乗って都市国家連合へと亡命してきた。そこでユウはアルヴァリスに乗り込み、追手を瞬く間に蹴散らしてみせる。その後は先生を暗殺しようと現れたクリスらと街中で戦闘を繰り広げたり、数々の強力な魔物とも戦ってきた。


 帝国領内に入ってからは、レジスタンス活動を行っているリディアとレオが合流し、ユウはとある事件を引き起こしながらも当初の目的であるグレイブ王国へとたどり着いた。そこでもネーナ誘拐という波乱がありつつもユウは理力甲冑操縦士として目覚ましい活躍をしてみせる。


 そして、都市国家連合とオーバルディア帝国の本格的な戦闘が始まった。当初劣勢を強いられた連合軍だが、ユウ達が開発に尽力した理力エンジンの配備、シンやスバルといった他の異邦人たの活躍もあり、なんとか五分五分まで持ち直した。


 ユウはこれまでの人生で最も濃密な時間を過ごしているのだろうと感じる。互いに信頼し合える仲間たちと出会い、絆を深めた。始めの頃は仕方なく乗っていた理力甲冑も、今では自らの意思で戦っている。


(それも、これも全部……)




「だとしても……! 私たちには、あなたを無理矢理召喚した責任があるわ……! 私は召喚の事を何も知らなかったとはいえ、元の世界に帰れるって言ってしまったのよ?! それじゃあユウを裏切ることになるじゃない……」


 クレアの心に刺さっていたトゲのようなもの、その正体はユウへの贖罪の気持ちだった。あの日、クレアはバルドーら上層部から召喚の法について偽りの説明を受けていたのだ。曰く、召喚の法にはこちらの世界へ呼ぶのと同様に、向こうの世界へと送り返す法があるのだと。


 結局のところ、誰が真実を知り、誰が知らなかったのか。クレアはその言葉を信じていたからこそ、ユウに対する連合の身勝手さに目を背けていたし、ユウへの罪悪感は薄れていた。だからこそユウから召喚漂流は一方通行という事実を聞いたとき、クレアは自らの言葉が取り返しの付かない事をしてしまったと気づいた。




「僕は気にしてないよ、クレア」


「ユウ……」


「アムレアスの人たちから漂流の事を聞くよりも前から……考えていたんだ。こっちの世界でやっていくって。だから、戻れないってことを知った時もあんまり動揺はしなかった……かな。むしろ、覚悟が決まったっていうか」


「ねぇ、ユウ……ユウは本当にそれで良いの? 強がりでそういう事を言ってるんじゃないの……? 皆の前だからそんなふうに自分を偽ってるんじゃないの? それに……先生と一緒の方が良いんじゃないの?!」


 クレアの目は少し俯き気味で、彼の方を見ていない。それでもユウは真っすぐに彼女を見据え、自分の偽らざる本音を、自分の言葉で話そうと決意した。




「僕は僕の意志でここに残りたいんだ。それで、このホワイトスワンの皆と……イテッ!」


 脇腹を誰かがつつく。横目で見ると、先生が妙な顔をしていた。どうも「そうじゃないデス!」と言っているようで、その意味を理解したユウは小さく頷いた。


「……いや、僕はクレアと一緒にいたいんだ。他の誰でもない、君と」


 ユウはクレアの手を取りつつ続ける。


「僕はクレアが好きだ。初めて出会った時から……これからもずっと、ずっと一緒にいたい」


「……」




 その言葉にキョトンとするクレア。ゆっくり、ユウの言っている事を噛み砕いていき、ようやくそれを理解した途端。


「はぁあぁぁあ?!」


 彼女の顔はカレルマインもかくやというほど真っ赤に染まっていた。




「い、いやいやいやいや! ユウが好きなのは先生でしょ?! さっきだってここで告白しようと……!」


「あ、いや……あれは……」


「ユウは私をにするつもりだったんデスよ」


 見かねた先生が助け船を出す。その顔はヤレヤレといった風にも、どこか気恥ずかしいのを隠しているようにも見えた。


「ハァ~。負ける勝負はしない主義だったんデスが、クレア相手なら仕方ないデスね。私もスッパリ諦めがつくってもんデス」


「えっえっあの」


「それで? クレアの気持ちはどうなんデスか? ユウの事をどう思ってるデスか?」


 先生の質問にクレアは固まってしまう。どうも先ほどから予想外の展開に脳が追い付いていないようだ。


 ヨハンとリディアはニヤニヤしているの、ネーナは自分も顔を赤らめつつ事の成り行きを見守っている。そして先生は何故かふんぞり返っていた。


「わ……私は……」


 改めて自身の気持ちを問われて、クレアはさらに混乱してしまう。


(私の気持ち……私はどうしたいの?)


 クレアは目を閉じ、改めて自身に問いかける。ユウの事をどう思っているのか。ユウとどうなりたいのか。




 ユウへの第一印象は「ナヨっとしたはっきりしないヤツ」だった。本当に理力甲冑に乗れるのだろうか、とも思った。しかし、その印象はすぐさま覆る。


 偶然にもユウの駆る理力甲冑の操縦席に乗り込んだクレアはその横顔に何かを感じたのだ。殆ど直感といってもいい、何かを。そしてその直感を裏付けるようにユウの実力は着実に身についていき、彼はエンシェントオーガや、帝国軍のクリスやドウェインといった強敵とも十分に渡り合えるほどの操縦士に成長した。


 だがクレアの目に映る普段のユウは、料理が上手くて、バイクに乗るのが好きで、少し頼りない普通の青年なのだ。優しくてよく気が付くくせに、自分の事は後回しにしがち。そんな彼と一緒にいるだけで、クレアは胸の中に安らぎを感じる。




「…………」



「わ、私も……ユウと……一緒にいたい……私も、ユウが……好き」


 やっとの事で絞り出した声は僅かに震えている。しかし、その気持ちは十分ユウには伝わっていた。


「やっと素直になったね!」


「おめでとうございますわ、ユウさん、クレアさん」


「よく言ったデス、クレア! それとユウ、私をフッたからにはクレアを幸せにしないと許さないデスよ!」


 リディアら三人は口々に二人を祝福する。ユウとクレアは少し照れ臭そうにしながらも改めてお互いに見つめ合った。


「クレア、僕はずっとこの世界にいるよ。だから、クレアもずっと僕と一緒にいて欲しい」


「……うん、分かったわ」


「よっし、そうと決まればやる事は決まったっスね!」


「ヨハンの言う通りデス。ドウェインの誘いは熨斗ノシつけて贈り返してやるデス!」









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