第79話 選択・1

第七十九話 選択・1


「我々は貴様を用意がある」


「……?!」


 元の世界に戻れる?


 どういうつもりなのか分からないドウェインの言葉に、ユウの頭は混乱してしまう。


「なっ、どういう事ですか?! 元の世界に戻れるって!」


「言葉通りの意味だ。そうか、貴様はアムレアス達から説明されていた筈だな」


 ドウェインの言う通り、既にユウはこの世界の先住人であるアムレアスたちから召喚漂流について知らされていた。ユウの住んでいた元の世界から、こちらの世界ルナシスへの一方通行。過去、漂流者達はどうにかして元の世界に戻ろうと手を尽くしたが、結果としてそれは徒労に終わった、と。


「そうですよ。アムレアスの長は、再び漂流に巻き込まれてもこっちの世界に流れ着くだけだって!」


「ふむ。それはそれで間違ってはいない。……それと、先程の言葉、少し訂正させてもらおう。我が帝国は貴様ら漂流者達を元の世界に戻す研究をしている。つまり、貴様がその研究に協力してくれれば、いずれ元の世界に戻ることも可能であろうという事だ。だが、それも大分良い所まで来ていると聞いている」


「……!」


(研究……? 可能……? どこまで本当なんだ?!)


「それが本当だとして……どうして僕なんですか?」


「そうだな、理由はいくつかあるが……一番はやはり、貴様がこの世界に迷い込んだニッポン人だからだろうな。我らが帝国は建国の折りから貴様らニッポン人の助けを借りてきたのだ。まぁそのみたいなものだな」


「恩返し……?」


「そう、恩返しだ。歴代の皇帝は貴様らのような漂流者たち、とりわけニッポン人を元の世界に戻すことに尽力されてきた。現皇帝も例外ではなく、二百年余りをかけてようやくその成果が出るかもしれないところまで来たというわけだ。此度の戦争も元は理力の研究を進めるため、大陸を統一するためだ」


 ドウェインの話がどこまで真実かユウには分からない。だが、その言葉にユウを騙そうという気配は感じられない。もともと、ユウから見たドウェイン自身は策略や腹芸を好むような人物には見えない。見えないのだが……。


「まぁ信じられないのも無理はない。だがユウ・ナカムラ、貴様が故郷に帰りたいという気持ちがわずかにでもあるのなら、私について来い」


(元の世界……あの暮らしに、あの日常に、戻る……?)




「ユウ!」


 レフィオーネがアルヴァリスの横へブワ、と土煙を上げつつ着地する。そのまま手にした小銃の狙いをゴールスタ・ロックへと付けたが、ドウェインは動じた素振りを少しも見せない。


「ク、クレア……」


「おう、お仲間と相談しても良いぞ。だがまぁ、なるべく早くして欲しいのだが」


 ドウェインの声はとても落ち着いているものの、ゴールスタ・ロックからは闘気とでも言うのだろうか、いつでも戦闘に移れる意思と気概が感じられた。恐らく彼自身はこの包囲と状況からホワイトスワンが反撃に出ても勝てる自信があるのだろう。実際、一度戦ったことのあるユウには、目の前の敵にそれだけの実力があることを知っている。


「ユウ……あなたはどうしたいの? ユウは元の世界に戻りたいの?」


「僕は……」


 クレアの声に改めてハッとするユウ。




 ホワイトスワンに留まるべきか、帝国に行くべきか。


 この世界で暮らすべきか、元の世界に戻るべきか。




 ユウの考えは決まっていた。決まっていたのだが……。




「……ユウ。ユウは帝国に行った方が良いわ」


「な、クレア?!」


 クレアの言葉にユウは戸惑う。なぜクレアはそんなことを言うのか、彼には分からなかった。


「ユウ、よく聞いて。ユウはこっちの世界の住人じゃないわ。……先生と一緒に、元の世界に、本当の世界に戻るべきなのよ」


「……クレア、本気で言ってるの?!」


「本気じゃなきゃこんな事、言えないわよ!」


 クレアの真意が分からない。何故、何故なのか。ユウはたまらずアルヴァリスの操縦席から飛び上がり、ハッチを開く。そして真正面にいるレフィオーネ、その操縦席に向かって叫んだ。


「本気ってなんだよ! クレアは僕が邪魔だっていうのかよ!」


「じゃ、邪魔とは言ってないでしょ! ユウが居なくてもスワンの戦力は十分なの! もしかして、あなた一人で戦争に勝つつもりなの?!」


「そん……なワケ無いだろ! 僕が、僕が戦ってきたのは……!」


「私のせいでしょ! 私が無理矢理、理力甲冑に乗せたから! それで仕方なく戦ってるんでしょ?!」


 クレアもハッチを開き、体をユウの方へと乗り出す。お互い、顔が見えたことで余計に感情的になってしまう。


「はぁぁ?! なんだよその言い方! 僕が自分の意思で乗ってないみたいに!」


「だってそうじゃない! いつも優柔不断で! さっきだって先生に……あっ」


「ちょっ! まさか見てたの?! 趣味悪いじゃないか!」


「いや、その……だって私は機体で待機してただけよ?! 二人があんな所でそんな話する方が悪いでしょ?!」


「うぐっ! そ、それは確かにこっちが悪いけど……!」


「いいから、ユウは先生といる方がいいんでしょ! だったら早く二人でどっか行っちゃえばいいじゃない!」


 クレアの言葉にユウは何も言い返せなかった。彼女の気持ちが、思いが、ユウにとっては重く心に突き刺さる。








「……あー、その、なんだ。痴話喧嘩なら後にしてくれんかの」


 ドウェインは気まずそうに話し掛ける。さしもの歴戦の勇士もこの状況では強く出られないらしく、語尾が尻すぼみになってしまっている。


「えっと、ドウェイン……さん。少しお時間いただいてもよろしいでしょうか……」


「お、おう。言っとくが、包囲はそのままだからな。……まぁ、その、なんだ。あんまり女は泣かすもんじゃないぞ?」


「……」







 アルヴァリス・ノヴァとレフィオーネがホワイトスワンの格納庫に戻ったと同時に、先生やリディアたちが機体の足元へと駆けよってきた。機体の操縦席で待機していた筈のヨハンらも一緒だ。


「ちょっとちょっと! これは一体どういう状況デスか?!」


「あ、先生……実は……」


 ユウはドウェインから告げられた元の世界に戻れる研究とその為にユウを帝国へと招く話、そしてクレアがそれについて賛成しているという事を皆に説明した。クレアとの口喧嘩については何とかぼやかしたが、どこまで誤魔化しきれたかは分からない。その間もユウはチラチラとレフィオーネの方に目をやるが、クレアは操縦席に籠ったままだった。


「なるほどデス……まずは帝国云々は置いとくデス」


「そうだね、先生」


「まず先に片付けるべき問題がありますわ」


 先生とリディア、ネーナは互いに目と目で頷き合う。三人は何か共通の理解を示したようだ。


「ヨハン、あそこに閉じこもっているクレアをここまで引きずり降ろしてくるデス。今すぐ」


「う、うっス!」


 先生の有無を言わさない迫力を前に、ヨハンは急いで整備用のキャットウォークを駆けあがっていく。そして操縦席のハッチを外部から操作して無理やりこじ開けると、中にいたクレアの手を取ってどうにかユウ達の前まで連れてきた。


「ちょっと、一体何よ!」


「まぁまぁクレア、少し落ち着くデス。ユウが帝国へ行くとかいう話の前に、まず二人でよく話し合うべきデス」


「……その話はさっきしたわよ。ユウはこの世界の本当の住人じゃない。もし、元の世界に返れる機会があるのなら、その可能性に賭けるべきよ」


「と、クレアはこう言ってるデスが、実際の所ユウはどう考えているデスか?」


「……僕は正直言って分からない。帝国が理力について研究してるらしいのは先生から聞いたけど、実際に元の世界に戻れるかは……難しいんじゃないかな」


「んな事を聞いてるんじゃないデスよこっちは!」


「そうだよ、アタシ達はユウがどうしたいかを聞きたいんだよ」


「ユウさんは元の世界に戻りたいのですか? それともこの世界に留まりたいのですか?」


 先生とリディア、ネーナがユウへと詰め寄る。女性三人の質問にユウはしばし考え込み、チラリとクレアの方に視線をやった。


「……なによ」


「あ、いや……僕は、僕は元の世界に帰らない。この世界で皆と一緒にいたい」







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