第78話 模索・3

第七十八話 模索・3


 アルヴァリス・ノヴァの操縦席、ユウの心の隅には焦燥感や安堵、苛立ちといったバラバラな感情が渦巻く。それもそのはず、どうにか先生に自身の気持ちをハッキリ伝えようとした矢先の襲撃である。ユウは目の前の敵を早く倒そうと焦るのだが、迂闊な行動がホワイトスワンを危険に晒すという可能性に気付いていなかった。


(全く! なんでこんなタイミングで!)


 アルヴァリスが剣を振り抜く。よく研がれた刃は敵ステッドランドの装甲と装甲の僅かな隙間をすり抜け、人工筋肉と内部骨格インナーフレームとをまとめて断ち切った。その鈍い衝撃がアルヴァリスの腕を通じて操縦席にいるユウまで伝わってくる。


 視界に見える敵機は残り六機。今のユウ達にとっては難なく蹴散らせる数と練度だ。


「スワンを包囲するにしちゃ、歯ごたえがないっ!」


 ユウが操縦桿を握りしめると、ありったけの力を脚部に込める。放たれた矢のように跳躍したアルヴァリスは全身のスラスターを噴射することで敵からの銃撃を華麗に回避していった。その様子はまるで蝶のように舞い、というやつだ。


「ユウ気を付けて! 何かおかしいわ!」


 無線機からクレアの声が聞こえるが、今のユウには殆ど届いていなかった。確かに、ホワイトスワンが包囲された時点でユウ達の敗北は必至なのだが、いまだにその気配はない。むしろ、帝国軍からは積極的な攻撃の意志を感じないほどだ。


「早くここを脱出するほうが先だよ! いいからクレアは援護して!」


「な、なんですって?! ちょっとユウ!」


 ユウのぞんざいな態度に思わず声を荒げるクレアだが、残る敵に向かっていくアルヴァリスの後を追わざるを得ない。歯をギリ、と噛みしめる彼女はレフィオーネの瞬間的な加速度に耐えているのか、それとも……。











「ふむ、頃合いかの?」


 小山のような理力甲冑の操縦席、一人の男が呟いた。まるでそれを合図にしたかのように、周囲に潜んでいた帝国軍の理力甲冑が次々と起動し始める。








「ちょ……なにこれ……?! 先生、理力甲冑の反応がさらに増加! そのうち一つは物凄くデカイ!」


「だからなんで敵が急に現れるデスか! ……急に?」


 先生はふと一つの仮説に行き当たる。ホワイトスワンに積んである理力探知機レーダーは生物や人工筋肉から発せられる理力を感知し、画面上に位置と理力量を表示する。なのである程度は探知機の感度を下げてやらないと、人間や野生動物、小型の魔物といった不要な要素まで探知してしまうのだ。


 恐らく、敵は理力甲冑を完全に停止させた状態で待ち伏せしていたのだ。そうすることで機体が起動するまでに時間が掛かるが、探知機に引っかかる可能性はかなり下がる。ある意味、単純な策ではあるが探知機の存在を知らない筈の帝国軍がこのような作戦を取るとは。


(いや、向こうからすればスワンは不自然なくらいに敵部隊との交戦を避けたり、逆に強襲したりしてきたデスからね……勘のいい奴がいてもおかしくないデス……うーん、ちょっとレーダーに頼り過ぎだったデスかね)


「先生、どうすんの?! デカいのが近づいてくるよ!」


「スワンの反転は完了しましたが、まだ進路上に敵機がいます。これでは動けませんよ」


 リディアはすっかり弱気な表情を見せ、ボルツも冷静な風を装いながらもその声色に焦燥感を滲ませる。レオはホワイトスワン各部に設置された機銃を操作する銃座に付いており、無言で先生に指示を求めていた。


「~~~! とにかく、目の前の敵をユウ達に蹴散らして貰わない事にはどうにもならないデス! リディア、格納庫で待機しているヨハンとネーナを出撃させるデス!」


「わ、分かった!」




 先生の指示通り、無線を通じてリディアが呼びかけようとした瞬間のことである。突如として大気が揺さぶられるほどの大音声だいおんじょうと何かが落下する衝撃音が轟いた。


 あまりの音量に先生たちは思わず両手で耳を塞ぐ。そしてようやくその声が「動くな」と発音していることと、ホワイトスワンの進路上に立ち昇った土煙から一体の理力甲冑が現れたことに気づいた。


「なっ、なんデスかあの機体!」


 艦首前方に山のような理力甲冑が立ちはだかる。どうやら両脇の崖から飛び降りてきたようだったが、その頑丈さたるや機体は損傷している様子はない。


「もしや……あれがユウさんと戦ったというゴールスタなのでは……」


「特徴は一致するデス! ってことはあれがドウェイン・ウォーの愛機デスか!」


 帝国軍が誇る猛将、ドウェイン・ウォー。一度はユウのアルヴァリス・ノヴァと戦い、なんとか退けた強敵の一人である。その愛機、ゴールスタはその際に大破してしまったのだが、修理のついでに大幅な改修が加えられていた。


 ゴールスタは原型であるステッドランドの面影が殆ど残らないほど装甲及び人工筋肉の増加と内部骨格インナーフレームを強化した機体だった。そして、改修されたゴールスタ・ロックは人工筋肉の最適化と装甲増加が為され、単純な馬力と装甲の厚みはゴールスタの時よりも大幅に超えている。このような膨大な理力を必要とする機体は世界広しといえど、ドウェインしか操れないだろう。


 あまりに重く、情け容赦ない強大な力はまさに暴力の化身と呼ぶに相応しい威容を誇る。そのゴールスタ・ロックは手にした両手持ちの戦槌を軽々と振り抜き、ホワイトスワンのブリッジの手前でピタリと止めた。そしてそのままアルヴァリス・ノヴァの方へと向きを変える。


「若造! 久しぶりだな! 確か、ユウ・ナカムラと言ったな!」


 ゴールスタ・ロックの外部拡声器スピーカーからは雷鳴のごときドウェインの声が響き渡る。騒々しいを通り越した呼びかけに流石のユウも返事をせざるを得ない。


「あなたは……ドウェインさんでしたっけ」


 突如として現れ、ホワイトスワンを人質にされたユウとクレアはその場から動けなかった。しかしドウェインをはじめ、他の理力甲冑は攻撃を仕掛けてこない。何故かは分からないが、この場の主導権を握ったドウェインはユウとの会話を望んでいるようだった。


「おお、覚えてくれていたか! いつぞやの戦いは楽しかったぞ!」


「僕は死ぬかと思ったんですがね……ところで、どうして攻撃してこないんですか?」


「ヌハハ! 焦るな焦るな。今日、こうしてわざわざ私がここまで来たのには理由がある」


 そう言うと、ゴールスタ・ロックはホワイトスワンに突きつけていた戦槌を下してしまう。そしてアルヴァリス・ノヴァの周囲にいたステッドランドも剣を鞘に納め、少し離れた場所で待機し始めた。


「ユウ・ナカムラ。貴様、この世界に召喚されたニッポン人であろう?」


「なっ……どうしてそれを!」


 ユウがこの世界に召喚漂流されたという事を知るものは意外と少ない。ましてや帝国軍の人間がそれを知る手段はない筈だった。


「なに、その名前からピンときたわ。それにクリス・シンプソンからいくらか話は聞いておる」


「クリスさんが……!? でも僕がニッポン人だからって、なんだっていうんです!」


「まぁ、ここからがこの話の本題だ。貴様がニッポン人であるならば帝国へ来い。我々は貴様を用意がある」


「……?!」








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