第78話 模索・2

第七十八話 模索・2


「あ、あの! 先生!」


「ひゃっ! ひゃい!」


 ユウと先生はお互いに素っ頓狂な声を上げてしまう。他には誰もいないはずの格納庫の片隅だが、変に緊張して声が上擦ってしまったユウはしどろもどろになりながらも話始めようとする。


 ようやく本心を打ち明ける覚悟が出来たユウはなんとかして先生を格納庫へと呼び出したのだ。結局、あれから丸一日掛かったのだが、その間に伝えるべき内容は言葉に纏めている。


「えっと、その……この前の事なん、ですが」


「うぇ、は、はいデス……」


 緊張しすぎて二人とも舌が噛み噛みになってしまう。先生もユウの様子から緊張が感染してしまったのだろう。お互いに目と目を合わせられず、視界は床の方ばかりをうろうろしている。


(言え、ユウ! ここで言わなきゃ……!)


「あ! あの!」


「ひゃい!」


 ユウの口は次の言葉を継ごうとするのだが、どうにも息が出来ない。喉がカラカラになり、心臓がバクバクと脈打つ。先生は目の前にいる筈なのに、その焦点は定まらない。


「……!」








(……これは非常に気まずいわね)


 クレアは今、身動き一つ取れなかった。


(これって……こ、告、白よね……。こんな時に居合わせるなんて、地獄じゃないの……)


 クレアが今いるのはレフィオーネの操縦席。彼女は帝国軍の奇襲対策に機体内部で待機していたのだ。のだが……。


「みんなには待機時間と順番伝えてるはずなのに……」


 この時間はクレアが格納庫で待機している事はもちろんユウと先生にも伝わっている。しかし、二人ともその事をすっかり忘れているようだった。それだけ別の事で頭が一杯だったのだ。


(あーもう! 最悪! よりによってこんな時にしなくてもいいじゃない、ユウのバカ!)


 音を立てないように、頭をガシガシと掻きむしるクレア。気恥ずかしさと、気まずさ、そして、彼女の心はぽっかりと穴が開いたような空虚感が広がっていた。


「ハァ……結局、ユウはを選んだのね……」









「あの! 先生! ぼ、僕は!」


 その時である。ユウの言葉は何かが爆破する音とホワイトスワンが激しく揺さぶられた衝撃にかき消されてしまった。


「な、なにごとデスか?!」


「先生危ない! こっちに!」


 工具や部品類といったものは基本的に固定されているので、二人の頭上へと落ちてきたりはしなかったが急いで安全な場所へと移る。


「もしかして帝国軍が?!」


「ユウ、急いでアルヴァリスに乗るデス!」


 二人は同時に走りだした。ユウは白い機体の下へ、先生はブリッジへと繋がる通路へ。






「ちょっ! 何なのよ!」


 理力甲冑の操縦席といえど、それなりの衝撃をその身に受けるクレア。と、無線機が応答してリディアの声が聞こえてきた。


「クレア、敵襲! 囲まれてる!」


「なんで気付かなかったのよ! 理力探知機レーダーは?!」


「ちゃんと監視してたよ! でも急に反応が現れたんだ!」


 ホワイトスワンの理力探知機レーダーは広範囲に存在する理力甲冑や魔物を感知できる代物だ。いくら待ち伏せをされていたとしても、その探知網をかいくぐって接近できるとは考えにくい。


「考えるのは後! レフィオーネ、迎撃に出るわ!」


「あ、待ってクレア! 今スワンがいる地形は……!」


 クレアはすぐさま機体を起動し、壁の装置を操作してハッチを開く。が、そこにはまるで壁のように切り立つ崖がそびえていた。


「この辺りは渓谷の谷間で、敵はその上に陣取ってるんだよ! いくらレフィオーネでも上空には上がれないって!」


「なんてことなの……!」


 ハッチの縁からレフィオーネの顔を少し覗かせると、確かに崖の上には理力甲冑らしき影がいくつも見える。そしてホワイトスワンの進路上には大量の土砂と大小さまざまな岩が積みあがっていた。どうやら先ほどの爆発は崖の一部を爆破したものらしい。


「このままじゃあ不味いわね……! ブリッジ! 急いで反転して!」


「こんな狭い所じゃすぐには無理だって! っていうか艦後方にも理力甲冑反応!」


 ホワイトスワンはホバークラフトと同じ原理で推進しているので急制動や細かい挙動が苦手なのである。そして敵はそれを見越しての包囲網を形成しつつあった。


「クレア! 後ろの機体は僕が片付ける! 上の敵は任せた!」


「あっ! ちょっとユウ!」


 レフィオーネの真横を白い機体が駆け抜ける。ユウのアルヴァリス・ノヴァだ。


「勝手に外に出ないで! ああもう、リディア! ヨハンとネーナは機体で待機させといて! スワンは先生とアンタ達に任せる!」


 クレアは理力エンジンの回転数を徐々に上げ、右手に持った半自動小銃の安全装置を外す。ユウが飛び出していった以上、援護しないわけにはいかない。独断専行については後で詰問するとして、今はアルヴァリスとホワイトスワンを守らなくては。


「こんな渓谷、レフィオーネなら飛べなくても!」


 レフィオーネは腰から放射スカート状に広がったスラスターを展開させると、高密度に圧縮された空気を吐き出し始める。理力エンジンの回転数がさらに上がり、レフィオーネは勢いよく艦外へと飛び出した。


「くっ!」


 左右は切り立った崖、前方は土砂で塞がれ、後方は理力甲冑が迫りくる。そして頭上には切り取られたような青空が覗いていた。


 この狭い空間の中で高所から銃で狙われたのであっては、レフィオーネやアルヴァリスは良いマトだ。クレアは機体のスラスターを小刻みに可動させてジグザグに飛行させて少しでも被弾する可能性を低くしようとする。


「……?!」


 何かがおかしい。クレアは機体を上向きに反らせて敵機を牽制程度に狙って撃つ。


「なんで攻撃してこないの……?」


 高所に陣取った理力甲冑部隊はホワイトスワンとレフィオーネに銃口を向けるだけで殆ど撃ってこなかった。時折、撃ち返してきはするものの、レフィオーネの動きを牽制する程度。撃破しようという意思は感じられない。


「……ユウは?!」


 敵の目的は不明だが、考えている暇はない。今のうちにホワイトスワン後方の敵を排除してこの窮地を脱せねば。少しずつだがホワイトスワンはその進路を変えつつある。


(なんなの……? 嫌な予感がする……)


 クレアは自らの直感を振り切るようにレフィオーネを加速させる。機体のカメラ・アイはアルヴァリス・ノヴァが敵機と交戦しているのを捉えた。


「落ち着くのよクレア……」


 雑多な思考を排除し、クレアは五感を狙撃に集中させる。機械のスイッチを切り替えるように、彼女の精神と思考は一瞬にして戦闘状態に入った。狙うはアルヴァリスの右前方、小銃を構えているステッドランド。レフィオーネは低空飛行しながら狙撃姿勢に移る。通常の小銃では厳しい距離であっても、クレアの腕と狙撃用に調整された彼女愛用のライフルであれば何も心配はない。


 機体に軽い衝撃が走り、銃口からは硝煙が立ち昇った。放たれた弾丸は正確に敵機の頭部を破壊し、機体の制御機構を停止させる。この操縦士は何が起きたのか理解できなかったであろう。


 機体身体に染み込んだような慣れた手つきで次弾を装填し、次なる標的を探す。遥か前方のアルヴァリスは片手剣を器用に操り、迫りくる敵機を二機まとめて撃破してしまう。そのユウの隙を突こうと果敢に迫るステッドランドが手にした両手斧を振り上げた。


「やらせはしないわよ!」


 クレアはスコープ上の十字線レティクルと狙うべき箇所を慎重に、且つ素早く交差させ引き金を引く。すると両手斧を振りかぶった機体の左手首が弾け飛んでしまい、思うように振り抜けなくなってしまった。すっかり勢いが失われた斧の一撃を余裕で躱したアルヴァリスは剣を一閃、直後に回し蹴りを食らわせる。右肩から先を切断された機体は吹っ飛んだ勢いで別のステッドランドに衝突し、そちらも戦闘不能になってしまった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る