第77話 暗中・3
第七十七話 暗中・3
荒野から次第に切り立った山岳へと周囲の光景が変わる。その様子を遠くの崖から野生の獣が眺めていた。いくつかの小規模な基地を撃破したホワイトスワンは砂煙を上げつつ目的を目指す。オーバルディア帝国が所有し、猛将ドウェインが待ち構える鉱山基地だ。
「この帝国の鉱山は主に鉄を産出してる
いつものように、食堂兼、作戦会議室では事前の打ち合わせが行われていた。この辺りの地図が貼られた黒板の前にクレアが立ち、それを囲むようにユウ、ヨハン、ネーナといった操縦士たちが座る。他のメンバーはブリッジか格納庫だ。
「連合でもレジスタンスでもそういう情報や地形は正確に分からないみたい。帝国は何年も前からそういった情報は非公開にしてるみたいね。だからこそ逆にこの鉱山は帝国にとって重要といえるし、叩けば大きな損害を与えられるってわけ」
「とは言ってもっスよ。俺らだけで鉱山をぶっ潰すなんてできないっスよ?」
「そこはそれ。私達の役目は徹頭徹尾、本隊の露払いよ。周辺の前線基地と本部基地の戦力を可能な限り漸減させ、本隊の損害を極力減らすことで速やかな制圧を達成させるの」
「それと威力偵察を兼ねているんですのね。敵の陣容が判明すれば本隊の皆さまは戦いやすくなりますわ」
「なるほどね~」
クレアとネーナの説明にふんふんと頷くヨハン。
「だから私達はなるべく敵の目を引きつけながら進まないといけないわ。帝国軍も私達と本隊が分かれているのは気付いていると思うけど、だからといって向こうも警戒を緩めるわけにはいかない。でも、絶対的な戦力で劣る私達は各個撃破を心掛けていかないと簡単に磨り潰されてしまう」
「ま、要はいつも通りっスね」
「それに待ち伏せにも気を付けなくてはいけないのではなくて? あれだけ派手に暴れたんですもの」
ネーナが言ってるのは先日襲撃した前線基地のことである。小規模とはいえ、基地にいた全ての理力甲冑を撃破したのだ。おそらく既にこちらの目的と進路も割れていることだろう。
「そうね。というわけで私達操縦士組はこれからいつでも出撃出来るようにしておいて……って、聞いてるのユウ?!」
「ふぇっ?!」
ユウはクレアにデコピンされ、間抜けな声を上げてしまう。どうやらぼーっとしていてクレアの話を聞いていなかったようだ。
「ちょっとユウさん、気を抜かないでくださいよ」
「ヨハンに言われたら世話ないわね」
「イテテ……あ、ああ、ごめん。えっと、それでなんだっけ?」
「これから帝国の鉱山基地へ殴り込みをかける話ですわ」
何の事か分からないのか、ユウはポカンとした表情を浮かべている。その様子を見たヨハンとネーナは思わずため息を吐いてしまった。
「……ユウ、あとで教えてあげるからちょっと外の空気でも吸ってきなさい」
「あ、いや僕は大丈夫だよ? 続けて?」
「大丈夫に見えないからそう言ってるの!」
クレアがもう一度デコピンをしようとするのでユウは思わずその場から飛び上がってしまう。そしてそのまま食堂を走って出ていってしまった。
「まったく……って何よ、二人とも」
クレアはヨハンとネーナのニヤニヤした顔を見て訝しむ。
「いやぁ、姐さんは大変だなぁと思って」
「完全にお尻に敷いてますわ」
「……あんた達、ふざけてると射撃訓練の的にするわよ?」
クレアが腰のホルスターに仕舞ってある拳銃に手を掛けたことで、ようやくヨハンとネーナは己の失言に気が付いたようだ。二人は冷や汗を流しながらゆっくりと立ち上がり、出口の方へと後ずさりする。
「す、すんませんでしたー!」
「ごめんなさいですわー!」
一目散に逃げ出した二人が見えなくなり、クレアは盛大なため息を吐く。そしてそのまま近くの椅子へと腰かけた。
「……まったく、これもそれも全部、ユウのせいなんだからね」
「……いてて」
クレアにデコピンされたおでこをさすりながらユウが廊下を歩く。
(うーん、クレアに怒られた……)
今は食堂に戻ってもしょうがないので、クレアに言われた通り外の空気でも吸いに行こうとするユウ。廊下の奥のハシゴを登ればホワイトスワンの上部甲板という名の小さなデッキに出る。が、そんなユウの目の前に小さな人影が急に飛び出した。
「……あ」
「……う」
先生とユウが互いを気まずそうに見つめ合う。先生の手には書類や何かの値が書き込まれた紙などを持っており、どうやら自室の整理でもしていたようだ。
なんともいえない雰囲気のなか、ユウはどうにか口を開こうとするが、どうにも話題が思い付かない。まるで金魚のように口をパクパクとさせてしまう。
「……えっと、いい天気……ですね」
「……そ、そうデスね!」
通路に設けられた小さな窓の外は薄暗く曇っているのだが、どちらもその事には気付いていない。そして二人とも次の話題を見つけようとするが上手く切り出せないでいた。
「そ、それじゃあ私は急いでるデス。悪いデスけど、そこを通してもらうデス」
「あ、はい。どうぞ」
そういってユウは通路の右に寄る。しかし先生はユウと同じ側に寄ってしまい、先程と同じく二人は見つめあってしまう。俗に言う、お見合い状態だ。
「……」
「……」
仕方ないので先生は反対の方へと寄ろうとすると、ユウも同じことを考えていたのか再びお見合いしてしまった。さらに気まずい雰囲気が二人の間に流れる。
「……」
「……アハハ」
力なくユウが笑う。そんなユウを書類の束で押さえつけながら、先生は俯きつつ無理やり通り抜けていってしまった。まるで逃げるようにパタパタ走り出す先生の背中を見送ったあと、ユウは髪をグシグシと掻きむしる。
「やっぱり、決めなきゃいけないよな……」
ユウの言葉は誰もいなくなった廊下で静かに消えていった。
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