第77話 暗中・2

第七十七話 暗中・2


「クソッ!」


 黒い理力甲冑が手にしていた剣を弾かれる。左腕の盾で咄嗟に防御しようとするが、一瞬の隙を突かれ機体の喉元へと刀を突きつけられた。


「貴様はなかなか筋がいい。ただ、相手の力量を探り過ぎるきらいがあるな。そのせいで次の行動が一瞬遅れるのだ」


「……ご指導、ありがとうございます」


「そう腐るな。言っただろう、筋がいいと。それにその機体も良く動く。もう少しここで鍛練を積めばと肩を並べられるだろうな」




 ここは帝都からさほど離れていない帝国軍の野外訓練場の一つ。主に理力甲冑の戦闘訓練に使われる場所だ。今も他の機体同士が互いに研鑽を積んでいるのが見える。そこでクリス・シンプソンと彼の部隊に所属していた兵たちは特別訓練と称して朝から晩までみっちりと模擬戦を繰り返していた。


 クリスの額を汗が流れ落ちる。理力甲冑の操縦は肉体的な疲労は少ないが、それでも刃が潰された剣の衝撃は凄まじい。しかも一戦ごとにさながらの実戦同様の駆け引きを強いられるため、精神的な消耗も大きい。朝から何度も繰り返し訓練を続けていてはさしものクリスと言えど疲労の色が濃くなっていた。


(それをこいつらはまだ平気そうにしているとはな。これが帝国最強を誇る侍衆さむらいしゅうか……)


 黒の機体、ティガレストの前に立つ朱色の理力甲冑・カゲロウ。しかしその姿は明らかに他の理力甲冑とは異なる雰囲気を醸し出していた。


 通常、理力甲冑の装甲形状や全体的な意匠はユウの世界で言うところの中世欧州で使用された鎧甲冑と非常によく似る。いわゆる、騎士が身に着ける全身鎧フルプレートメイルだ。しかしこの侍衆が使う理力甲冑は、まさにサムライ。日本の戦国時代に使われた鎧具足といえるものであった。




 なぜ、このような意匠となるのか。それは侍衆の前身となる護衛部隊が結成される際、初代オーバルディア帝国皇帝が当時の技術者――――つまり、ユウの世界から漂流してきた人間なのだが――――を重用し、彼らの故郷の文化である侍という意匠を採用したからだ。彼らは面頬の付いた兜に籠手、佩楯はいだてといった当世具足を身につけ、これまた日本刀を模した刀剣を振るったという。


 そのため、独特な風貌の騎士サムライ達の格好は彼らの代名詞となり、その流れを汲む侍衆の理力甲冑もそれに倣ったというわけだ。そして、その戦闘力の高さと相まって大陸中にその名を轟かせるに至る。


 クリスは改めて侍衆達に与えられた理力甲冑カゲロウを見やる。彼らの武装はなんと刀と脇差のみ。近年になって発達し広まった銃器の類は誰も用いない。その理由は単純明快だった。


(圧倒的な踏み込みの速さ、そして銃弾すら回避する瞬発力……一対一でも、一対多でも対処可能な技量と合わさり、まさに一騎当千……か。まったく、厄介な相手だよ)


 侍衆が駆るカゲロウはその機体全てに装甲が施されていない。それこそ、本物の侍が身に付ける具足のように主要な部位にしか装甲を纏っておらず、一部の間接などは保護用の防護布で被われているだけだ。防御力を捨て、驚異的な軽量化を実現している、と言えば聞こえはいいが、こんな機体でまともに戦闘できる操縦士はまずいない。それだけに、侍衆の技量の高さが伺える。


 クリスの部下、グレンダの愛機テーバテータも同様に一部の装甲を外すことで大きな機動力と俊敏性を獲得しているが、これはもともと修繕が間に合わない故の苦肉の策だ。しかしカゲロウは最初から思想の設計がなされている点で異なる。


「まったく、あなた方の踏み込みの速さには驚かされる。あれなら銃器を持たない理由がわかります」


「ふっ、確かに銃というやつは強力だが、ある一定以上の使い手を前にすると只の筒だ。我等が相手にするのは敵ばかり。むしろ邪魔にすらなってしまう」


「確かに……」


 言われてクリスはユウとアルヴァリスを思い浮かべる。彼との戦いで銃が役に立った試しは殆どない。アルヴァリスの恐るべき運動性と身のこなしによって悉く銃弾は回避されてしまう。精々が牽制に使えるくらいだろうか。


「その様子、心当たりがあるな?」


「まぁ……」


「その操縦士、強いか? いや、お前が苦戦するような相手だ。恐らく相当な腕なのだろう」


 クリスは目の前に立ちはだかるカゲロウを見やる。


(……剣の腕と純粋な技量でいえばやはりコイツらに分があるが、ここぞという時の爆発力と身のこなしはユウのほうが上だな。一対一なら互角……か?)


 静かに侍衆とユウの戦力分析をするクリス。アルヴァリスとカゲロウ、どちらも非常に強敵ではある。そこに自分クリスとティガレストがつけ入る隙はあるのだろうかと思案する。と、クリスが急に黙ってしまったために、カゲロウの操縦士は不貞腐れたものと勘違いしとしまったようだ。


「まぁ焦るな。必ずお前は強くなる。少なくとも帝国最強の侍達と互角にはな」


「……精進します。それより、ドウェイン殿はどちらへ? ここ二、三日は見かけていないですが」


「ああ、彼なら直属の部隊を引き連れて出撃したよ。なんでも、連合の白鳥を仕留めるつもりらしい」


「……!?」









 鉱山地帯の一角、帝国軍の大規模基地の一つ。ここは臨時ではなく元から鉱山を警護するために作られたものの為、それなりの防御力と戦力が配備されていた。そしてそれらを統括する本部棟、そこには帝国軍のドウェイン・ウォーがいた。


「それで? 白いやつが目撃されたのはどの辺だ?」


「この第二十七基地だ。この本部から離れてるので配置されている理力甲冑は少なく、全機やられてしまいました」


 鉱山基地の司令官が苦々しく報告する。やられたのは理力甲冑二部隊とはいえ、それでも損害を被ったことに違いはない。するとドウェインは地図を眺めながら少し考え込む。


「ふむ……ならばここまでは三日といったところか。よし、それではこの地点で迎え撃つぞ」


 ドウェインが指さしたのは鉱山の手前、ちょうど渓谷になっている場所だ。連合の白鳥ホワイトスワンは草原のような平坦な場所ならともかく、この辺りのような荒地や山間部では通過できる箇所が限られてくる。ドウェインはそれを加味し、敵がこの鉱山基地を攻めるとすればこの渓谷を通るだろうと予想した。その渓谷を大きく迂回しても本部基地にはたどり着くが、それでは時間が掛かる上に多くの前線基地を相手にしなくてはならない。


「なるほど。では早速迎撃部隊の抽出を行います。まぁドウェイン殿の部隊がいれば何の問題もないでしょうな!」


「ふふ、私もそう言いたいところだがな……この白鳥部隊は一筋縄ではいかんぞ? 連合の白い影、貴方も耳にしたことくらいはあるだろう?」


「え、ええ。なんでもドウェイン殿を打ち負かしたとか……あっ、これは失礼……」


「いや事実だ、気にするな。しかし、それほどの強敵というわけだよ」


「で、ですがドウェイン殿の理力甲冑もさらなる強化を施されたと聞き及んでおります。それならば……」


「もちろん二度も負ける気はさらさら無い。この私と、ゴールスタ・ロックが必ずや奴を倒す」


 ドウェインは窓の外を見やる。そこにはあのゴールスタの改修機、ゴールスタ・ロックの巨体がまるで山のように仁王立ちしていたのであった。


 









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