第77話 暗中・1
第七十七話 暗中・1
遥か上空から、一発の弾丸が流星の如く飛来する。亜音速のソレは鋼鉄製の装甲板を容易く貫通した。
「一機撃破。ヨハン、そっちはどう?」
凛とした響き。クレアの落ち着き払った声が無線機を通してヨハンの耳に届く。
「うっス、こっちはだいたい片付きましたよ。歩兵はまだたくさん残ってるけど、理力甲冑はもう出てこないスね」
ホワイトスワンは現在、オーバルディア帝国領内にて遊撃行動をとっている。その主な役目は連合軍本体の露払い、及び帝国軍の攪乱だ。
そして今、主要な都市から離れた荒野の片隅、そこにポツンとある小規模な基地を叩いているのには訳があった。
「もうそろそろ撤退するっス。姐さん、上空から牽制をお願いします」
「分かったわ……ところで」
「ああ、やっぱりダメっスね。なんとか戦えてるけど、完全に上の空ってやつスね」
と、ヨハンは機体の首を動かし、白い理力甲冑を視界の端に捉えた。
大勢は決したが、まだ戦闘中である。にも関わらず、アルヴァリス・ノヴァは呆けたようにただ突っ立っていた。
「今度はユウさんがポンコツになっちゃった」
「今度
「あっ、いや! そうじゃなくて……!」
「……いいからヨハン、あなたが皆を引き連れて撤退して。追撃は私が止めるから」
上空から理力エンジンの甲高い音とスラスターから噴出される圧縮空気の轟音が鳴り響く。それを後方に聞きながらヨハンは無線機のチャンネルを切り替えた。
「ネーナ、ユウさん! 撤退しますよ!」
「了解ですわ!」
「……」
「ユウさん!」
「へっ? なに、敵?」
「違います! 撤退です!」
気の抜けた返事をしながらアルヴァリスがよろよろと動き出す。それを見ながらヨハンは大きなため息を吐きたくなったが、唇を噛んでそれを我慢する。
結局、帝国軍の反撃は一部の歩兵が散発的に銃撃してくるだけで、理力甲冑はおろか追撃部隊は現れなかった。そのためユウたちは無事にその場から撤退に成功したのであった。そして各機はホワイトスワンへと帰投し、それぞれ駐機姿勢を取る。
「……はぁ」
大きなため息が操縦席の中で響いた。ユウはシートに体を預け、足を投げ出す。狭い空間なので少々窮屈さを感じるが、今はあまり気にならない。
「……」
柔らかい感触を唇に思い出しながら、先生の言葉が頭の中で繰り返し反響する。
(私は、ユウが好きデス。これが私の素直な気持ちデス)
先生は自分の気持ちに素直になると言った。それはユウが予測していなかったもので、予想していたものであった。
ユウは先生からの好意には薄々勘づいていた。それが恋愛による好意なのか、仲間としての好意だったのか。ユウとしては後者であって欲しかったし、そうでなければ今の関係性が壊れると思っていた。
別に先生の事が嫌いなわけでも疎ましいわけでもない。むしろその逆だ。ただ、ユウにはどうしていいのか、どうやってこの感情を処理すればいいのかが分からなかった。
(僕は……どうしたらいいんだろう?)
ユウが一人悩んでいるなか、帰還してからも操縦席のハッチが開かないアルヴァリスをただ一人、無言で眺めている人物がいた。
「ユウは……ユウは先生の想いにどう答えるの?」
(そして私はどうすればいいの……)
クレアとユウの気持ちは知らないとばかりにホワイトスワンは小刻みに振動し、次の目的地へと一行を運んでいく。さながら、流れ行く運命のように。
「うぅー……こいつぁヤベーデスよ……」
ホワイトスワンの艦内、その中にある先生の自室。そこでは先生がベッドの上にうつぶせになり、枕へと頭を突っ込みながらうめいていた。
「勢いもあったとはいえ、ユウに……キ、キスしてしまったデス! くぁー!」
その時の事を思い出すと、顔も体もまるで沸騰したかのように熱くなる。覚悟を決めたとはいえ、恥ずかしいものやっぱり恥ずかしかったのだ。
(……クレアを出し抜く……とまではいかないにしても、一歩リードしようと思ったんデスけど……これなら二歩も三歩もリードしてしまったデス! これはチャンスでもあるけど別の意味でピンチデス!)
すでに三人の様子がおかしいのは他のメンバーに悟られつつある。そしてそれが、三角関係にまつわることも。それ自体はもう気にしないことにしたのだが、リディアとネーナの三人を見る目がやたらニヤニヤとしているのだ。完全にゴシップの対象にされている。
(う゛あぁ~! 他人の色恋沙汰には興味なかったデスけど、まさか自分がその対象になるなんて! こんなこと予想だにしてなかったデス! 恥ずかちい!)
羞恥心から足をバタバタするとベッドの上にかろうじて引っ掛かっていた下着がぱさりと落ちる。先生はまず部屋が散らかっていることを恥じるべきなのだが、それはそれ。
と、いきなり体をガバッと起こした先生はクシャクシャになった髪を手櫛で撫で付け始める。そして着ていた服をぐっと伸ばし、身だしなみを一応整える。
「悩んでても整備の仕事は無くならないデスか……それとレフィオーネの戦闘データを送らなきゃデス。はぁ、
壁に掛けていた白衣を手に取ると、先生は力なく格納庫へと歩みを進めだしたのであった。
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