幕間・10 その頃の彼ら

幕間・10

『その頃の彼ら』



「ふむ、なかなか綺麗な浜辺じゃないか」


 クリス・シンプソンは荷物を砂浜に下ろし、腰にてを当てつつ辺りを眺める。目の前に広がった海は陽光を反射させ、真っ白な砂はキメが細かい。なるほど、評判の海水浴場というだけはあるなと感心していた。


「ヨッシャ、早く泳ぐぞ!」


 そう言って駆け出しながらついでに服を脱ぎ始めたのはクリス部下の一人、グレンダだ。いつの間に服の下に水着を着用していたのか、すぐさま着替え終わりそのまま海へと飛び込んだ。


「子供か、アイツは……」


「仕方ないですよ、海に来るのは初めてって言ってたんですから」


 呆れるクリスにフォローを入れるのはセリオ・ワーズワース。幼い顔立ちと容姿ながらクリスの右腕として戦場を共に駆ける理力甲冑操縦士だ。二人とも夏の海らしい涼し気な半袖シャツにハーフパンツという出で立ちだ。


「……山賊だから、か?」


「……元、ですよ。山賊」


 二人は勢いよく泳いでいるグレンダを見ながら呆れた。彼女の泳ぎ方は我流のため、ほとんど犬掻き同然だったからだ。バチャバチャと水しぶきを上げながら顔を水面から出している様はなんというか、普段の彼女からは想像できない微笑ましい姿にも見える。


「おい、セリオ。お前泳ぎ方教えてきてやれ」


「え、嫌ですよ。噛みつかれちゃうのはゴメンです」


「ホントに海ってしょっぺぇんだな! うぉおい! オマエら何やってんだよ! ぼさっと突っ立ってないでコッチ来いよ!」


 砂浜に立ち尽くしている二人を見てグレンダが叫ぶ。海面が膝くらいの所まで来た彼女は、まるで犬がするようにブルブルと身震いをして水気を飛ばした。束ねた真っ白な髪が太陽に反射してキラキラと輝く。そして透けるような色白の肌は正直いって、およそ夏の海らしくは見えない。筈なのだが、適度な肉付きと筋肉のお陰であまり不健康には感じない。


 グレンダの水着はシンプルな紺色のスポーツタイプのもので、露出が少ないものだ。水着を持っていないという彼女の為に、基地にいる女性職員が買ってきてくれたものらしい。それを見てクリスはフム、と感心するような素振りを見せた。


「アン? 何ジロジロ見てんだ」


「いや……お前も女だったんだな、と思って」


「ぶん殴るぞ?」


 言葉と同時に拳を振り抜くグレンダ。しかしクリスは事も無げにヒラヒラと攻撃を躱していく。この二人はよくこんな感じで喧嘩ばかりしているのだ。


「隊長、グレンダさん、周りに人が居ないからってはしゃぎすぎないでくださいよー」


 そんな二人の事は日常茶飯事なので適当にあしらいつつ、セリオは持ってきた荷物を広げたりパラソルを立てたりしていた。


「っと、そういや全然人が居ねーな! うるさくなくて丁度いいぜ!」


「お前ひとりで五月蠅くなってるぞ……」


「あーあー! 聞こえねぇ! 聞こえねぇぞ!」


「そりゃこんな戦時中にのんびり泳ぎに来る物好きなんて、僕ら以外にはいませんよ」


「でもよ、あっちにお仲間がいるみたいだぜ?」


 と、グレンダは海岸の向こうを指さす。長く続く浜辺の先にはクリス達のように泳ぎに来ている一行が見える。六、七人ほどだろうか。


「グレンダ、お前は絶対に向こうへ行くなよ。他人様の迷惑になる」


「オイ、そりゃどういう意味だよ」


「そのままの意味だが?」


「…………あの、隊長、


「セリオ、今日は休暇だ。見なかったことにしろ」


 セリオの視線の先、防風林になっている木々の隙間から白く巨大な物体が覗いている。あれはどう見ても連合の白鳥ホワイトスワンにしか見えないが――――


「……良いのかな?」


 確かに今は貴重な休暇だ。だが目の前には仇敵ともいえる連合の部隊が呑気に遊んでいるのである。千載一遇の好機といえば好機なのだが。


「…………」


 隊長であるクリスはパラソルの下にシートを引き、そこへ寝転びながら本を読み始めてしまった。完全にやる気ゼロである。


「ま、理力甲冑も何もないし、仕掛けようがないのは確かだし……」


 セリオはため息を一つ吐くと、もうすぐ昼どきだという事を思い出し持ってきた荷物の中から調理器具や食材を取り出し始めた。









「つーまーんーねぇー! つまんねぇーぞ!」


 三人が昼食を取り、ゆっくりと寛いでいる時だった。


「……一応、聞いてやるがそれは私たちに言ってるのか?」


「他に誰がいるってんだよ?!」


 グレンダは再び泳ぎに少し沖まで行っていたのだが、戻ってくるなりクリスとセリオに噛みつく。どうやら彼女は一人で遊ぶのに飽きてしまったようだ。


「グレンダさん、何か遊ぶもの出しましょうか?」


「それならアレ、アレやろうぜ! スイカ割り!」


 そう言うとグレンダは荷物の中からまるまるとしたスイカを取り出した。


「荷物がやけに重いと思ったら……」


「いいだろ! 食堂のおっちゃんから貰ってきたんだぜ! あのおっちゃん、趣味で野菜とか作ってるから良く分けてもらうんだよ!」


「まぁまぁ……あ、棒ならこれ使います?」


「おい止めとけセリオ、碌なことにならん。私にはその未来が見える」


「いちいちうるせぇな。テメェにはぜってースイカを食わしてやんねぇからな!」


 グレンダは渡された流木を脇に抱え、手拭いで目隠しする。その間にセリオはスイカをセッティングしていた。そんな様子を見てクリスはやれやれというため息をこれ見よがしにしてみせる。


「おいグレンダ。三回まわってワン、だぞ」


「スイカじゃなくてテメェの頭をかち割ってやろうか?」


「グレンダさん、そのまま真っすぐ……あ、ちょい左!」


 セリオの誘導で一歩ずつスイカへと近づく。その歩みはかなりしっかりとしており、着実にその距離を詰めていった。


(うーむ、やはり体幹がしっかりしている……野生児同然だからか?)


 などとクリスが割と失礼なことを考えているうちにグレンダはスイカの前に立ち、棒を思い切り高く振りかざした。


「おいセリオ! ここでいいか? もうヤッちまっていいか?!」


「大丈夫です、そこです! 思い切りやってください!」


「…………」


 グレンダは口を真一文字に結び、棒を鋭く振り下ろす。


 一閃。


 その瞬間、が轟いた。


「うわっ!」


「わ、わっ! ちょっとグレンダさん!」


 グレンダは力を込めて棒を振り下ろしてしまい、スイカはまるで爆発したかのように周囲へと飛び散ってしまう。そのせいですぐ近くにいたグレンダとセリオはスイカまみれとなってしまった。粉砕されたスイカの赤い果汁を頭から被ってしまった二人は慌てふためいている。


「見ろ、いわんこっちゃない」


「隊長……一人で逃げるなんてズルいですよ……」


「はっはっはっ、こういう勘が働かないと戦場では長生きできんぞ?」


「じゃあこれでテメェも撃墜だな、っと!」


 いつの間にかクリスの背後を取ったグレンダは、残ったスイカの残骸を彼の頭にぶちまける。一瞬の隙を突かれたクリスは避ける暇もなく、二人と同様にスイカまみれとなってしまった。


「だっはっはっは! ざまぁねぇ!」


「…………」


「これで隊長もお揃いですね。いやぁ部隊の仲間同士、結束が大事ですよ」


「……ハァ、こいつらときたら」


 クリスは近くにあった手拭いで顔を拭きながらため息をつく。その横ではグレンダとセリオが残ったスイカの破片のうち、無事なものを選って拾う。


「けっこう甘いなコレ!」


「うん、美味しいです。ほら、隊長もどうぞ」


「……私は塩をかけないと食べんぞ」




 彼らは誇り高きオーバルディア帝国軍の理力甲冑操縦士。一度戦場に出れば俊敏な機動と苛烈な攻勢はどんな敵でも撃滅してしまう。


 だが、今の彼らは休暇中。たまにはこうしたゆったりとした時間も必要なのだ。


「はやく洗い落とさないとベタベタになるな。ちょうどいい、このまま泳ぐか」


「おっ、ようやくその気になったか! それなら勝負しようぜ!」


「グレンダさんは、その、泳ぎ方を……」


「あ?! なんだよ、アタシの泳ぎに文句あんのか?!」


「ここらで彼我の実力差というものを嫌というほど体に叩きこんでやろうではないか」





 喧嘩するほど仲がいい、とは言うが。この三人の間にも確かな信頼関係はあるのだった。









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