幕間・9 水着回が……まだ続く……だと?!

幕間・9


『水着回が……まだ続く……だと?!』


 白い雲は天高く流れ、青い海は穏やかな波を打ち寄せる。


 ホワイトスワンの面々は戦争の最中、一時の羽休めに海へとやってきていた。


「ようし! 一番!」


「うへっ、リディア泳ぐの速いよ!」


「全然追いつけなかった!」


「ユウもヨハンもだらしないなぁ~? そんなんじゃ理力甲冑の操縦士は務まらないよ!」


 海のほうではリディア、ユウ、そしてヨハンが泳ぎで競っていた。が、実はリディアは泳ぐのが得意だったらしく、二人では全然太刀打ちできない。


「海で泳ぐのは初めてだったけど、慣れればどうってことないね!」


 池や湖と異なり、海で泳ぐのは少々コツがいったとのことだが、二人の目からすれば最初から普通に泳げていたあたりかなりの才能を持っているのかもしれない。


「ふぅ……三人ともお子様ね。海に来たからってそんなにはしゃいでたらみっともないわよ?」


「あ、ヨハン様~。オイルを塗ってくださいますか?」


 と、クレアとネーナはどこから持ってきたのか、大きなパラソルの下でビーチチェアに寝そべっている。大きいサングラスをセレブ風に掛け、優雅な雰囲気はまるで女優かモデルとユウは連想してしまうほどだ。


「ムッ! そうは言うけど、海に来たら泳がなくてどーすんのさ!」


「フフフ、リディアはまだまだ遊びたい盛りね……オトナのオンナはこうやって浜辺で静かに佇んいるだけで十分なのよ」


「あ、それです。そのビンがサンオイルですわ、ヨハン様」


「なにさ、偉そうに! そんなこと言っても今この浜辺にいるのはアタシらぐらいしかいないじゃないか!」


 リディアの言う通り、この海岸付近に他の人影は見えなかった。平時であれば夏の時期は海水浴に多くの人が訪れるのかもしれないが、今はオーバルディア帝国と都市国家連合の戦争真っ最中。こうして遊びにやってくるものはごく少数なのであった。


「うぐ! い、良いのよ、そんなに私達の水着姿は安いものじゃないんだから!」


「まぁ? クレアは見て貰えればそれで満足だもんね?」


「なっ?!」


「あ、ヨハン様……ちょっ……冷た……」


 サングラスの下の顔が真っ赤になったクレアは勢いよく飛び上がり、リディアもずんずん詰め寄る。とうとうオデコとオデコがぶつかりそうな所まで近づく二人。


「何さ! 文句あんの?! 本当のことでしょ!」


「私がいつユウにそんな色目を使ったっていうの!」


「いつもじゃん!」


「……言わせておけば~!」


「ふ、二人とも、喧嘩は駄目だよ……?」


「きゃっ! もう、ヨハン様、手付きがイヤらしいですわよ!」


 リディアとクレアは今にも掴み合い殴り合いのケンカに発展しそうで、それをなんとか止めようとユウが間に割って入ろうとする。しかし二人の剣幕に思わず腰が引けてしまっていた。


「これはマズいぞ……! なんとかして二人を止めなくちゃ!」




「フフフ、お困りのようデスね……」


「そ、その声は?!」


 突然ユウの前に現れた人物。それは……。


「せ、先生! あ、やっぱりその水着似合ってますね。」


「そう、私デス! ん、ちょっと子供っぽくないデスか? 大丈夫デスか?」


 先生は体を捻りつつ自らの水着を確認する。フリルが多めなので先生としてはちょっぴりなのが心配だった。


「いえいえ、そんなことないですよ。と、それよりも……」


「おっとそうデスね。二人を止める方が先決デス。ちょっと! 二人とも!」


 手と手をがっぷり組み合ったリディアとクレアの間に割って入る。というよりも、身長差で二人の間に潜り込んでしまったような形だがそこは気にしてはいけない。


「先生、邪魔しないで! 今日こそはこの生意気な口リディアを閉じさせてやるのよ!」


「こっちこそ! 今日という今日はその減らず口クレアを黙らせてやる!」


「あーもう! 二人ともいい加減にするデス! 勝負ならちゃんとつけさせてやるデス!」


 勝負、という言葉にリディアとクレアはピタリと動きを止める。そして揃って先生の方へと顔を向けた。


「勝負? へぇ? つまり、」


「合法的にコテンパンにできるってわけ?」


「お前ら、目がギラギラしてて怖いデスよ……? まぁいいデス。勝負は……!」


 先生は大仰な仕草で海の方へと振り返る。そして声高に勝負の方法を告げた。


「水泳で決着をつけるデス! せっかく海に来てるんデスからもってこいデスね!」


「ふっふーん? 先生にしては良い提案だね。このアタシに泳ぎで勝負させようなんて!」


「そ、そうですよ! リディアは泳ぐのが得意なんですよ?! これじゃあクレアが圧倒的に不利ですって!」


「まぁまぁ。ユウの言うこともモチロンデス。なのでリディアには一定のハンデを負ってもらうデス」


「ハンデ……?」








 クレアとリディアは海の中に入り、互いにバチバチと火花を散らす。どちらも戦闘準備は完璧だ。


「二人ともー! 準備はいいデスかー?」


「アタシはいいよ!」


「こっちも! 叩きのめしてあげるわ!」


 波打ち際ではユウと先生が並んで立つ。二人は審判役だ。


「それではルールの確認デス!」


「えーと、まず二人は沖にある、あの大きな岩まで泳いでここまで帰ってくる。岩には手を着かないと失格、ゴールは僕の手にタッチしないとゴールにはならない。ここまではいい?」


「問題なし!」


「分かってるわ!」


「で、リディアにはハンデとしてスタートのタイミングをずらしてもらう……時間はリディアの泳ぎからして十秒! クレアがスタートしてから十秒後にリディアがスタートだよ」


「それくらいなんてことない!」


「ふん、せいぜい余裕ぶってなさい!」


「それじゃあ二人とも、位置について……スタート! デス!」


 先生の合図と共にクレアが勢いよく泳ぎ出す。なかなかどうしてフォームの良い泳ぎ方だ。ハンデの十秒間、ここでリディアとの距離を少しでも開けておきたいところだ。


「クレアー! がんばれー!」


「……リディア、位置について、スタートデス!」


「いくよ!」


 ようやくスタートしたリディア。開いた差を詰めようとぐんぐん加速していく。クレアもなかなか速いが、リディアもやはり得意というだけあってどんどん先行するクレアに追い付いている。


「むぅ……リディアのやつ、なかなか速いデスね!」


「ちょっと先生! これじゃあリディアの圧勝ですよ?!」


「フッフッフッ、ユウ、あれを見るデス!」


 バッと指差した先には、沖になるにつれて流れが強くなっている波が。


「リディアは確かに泳ぐのが速いデス。しかしその身体には生まれつきのハンデを背負っていたのデスよ!」


「な、何を……? あれ、リディアの加速が鈍った?!」


 先ほどまでは素晴らしい加速を見せていたリディアだが、徐々に速度か緩んでいく。まだバテるには早すぎるはずなのだが、これは一体どうしたことだろうか。


「リディアはクレアに比べて胸部装甲が大きい……それはつまり、より流れが速い場所では大きな抵抗となるのデス!」


「なっ……?! え、えっと、その、おっぱ……胸が抵抗に?!」


 ユウは顔を赤らめてしまっている。


「ユウ、何を想像してるデスか! ホラ、もう二人とも岩に到着するデスよ!」


 先生の言う通り、先行するクレアがちょうど今、海にポツンと浮かぶ岩へと手を付け、そしてすぐさまこちらへと引き返す。そしてわずかに遅れてリディアも岩へと手を伸ばした。


「これはなかなか良い勝負になってきたデスよ~! 復路のこの距離でどれだけクレアが逃げ切れるか? それともリディアが驚異の追い上げをみせるか? デス!」





(くっ……! リディア、言うだけあってどんどん追い付かれる……! このままじゃ……!)


(クレア、なかなかいい泳ぎだけど……勝つのはアタシだよ!)





 激しい水飛沫を上げながら、二人はほぼ同時に海底へと足を付ける。ここからは砂浜の所にいるユウの下へ速く走っていった方が勝ちだ。


「アタシの、勝ちだよ!」


「負ける、もんですか!」


 波打ち際の浜に足を取られて思うように速く走れない。だが二人ともほぼ互角の勝負だ。これは最後まで分からないだろう。


「二人ともー! あと少しだよー!」


「頑張るデスー!」





(もう……少し……! ユウの前で負けるわけには……いかないわ!)


 クレアは必死に足を前に出す。もう水面が足首の辺りの所まで来ており、ゴールユウは目の前だ。しかし次の瞬間、クレアの視界が突然ぐらついた。


「?!」


 思わず足がよろけてしまった。恐らく今まで全力で泳いだせいで、体力が残りわずかになってしまっていたのだ。なんとか足を踏ん張ったおかげで転びはしなかったが、この一瞬の隙をリディアが見逃すはずもない。


「ゴール!」


「勝者はリディア!」


 リディアの手がユウの左手を叩く音が浜辺に響く。そしてその直後にクレアの手がユウのに右手に触れた


「ハァ、ハァ……負けた……? この私が……?!」


「ゼェ、ゼェ……この勝負、アタシの、勝ちだよ!」


 クレアとリディアは全力を出しきったため肩で息をしている。先生はそんな二人に向かって冷たい飲み物が入ったグラスを手渡す。


「クレア、リディア、今回は良い勝負だったデス。勝ち負けでいえばリディアが勝ったデスけど、二人ともよくやったデスよ! さ、お互いに健闘を讃えて握手するデス!」


(先生……!)


 ユウはなるほど、と心のなかで感心する。先生は二人にいい勝負をさせてお互いに仲直りさせる算段だったのだろう。流石は先生だ。


「はぁ? 勝ったのはアタシなんだからそれでオシマイでしょ?」


「へ?」


「そうよ、なんで負けたからって握手しなくちゃいけないのよ」


「え?」


「おっと~? 勝者の権利として、負けたクレアさんには何をしてもらおうかな~?」


「ちょっ?! そんなこと決めてなかったでしょ?!」


「まずはそのうるさいお口を閉じてもらおうかな~? 具体的には今日一日の間は!」


「くっ、コイツ……!」


「何さ! 勝者の言うことが聞けないってわけ?!」


 リディアとクレアは再び手と手をがっぷりと組んで取っ組み合いの喧嘩を始めそうになってしまう。今度はより激しくなりそうだ。


「あ、あれ……? おかしいデスね、私の計算では二人が友情を確かめあってメデタシメデタシのはずなんデスけど……」


「ちょっ、先生も首を傾げてないで二人を止めて下さいよ!」


 ユウは慌てて二人の間に割って入ろうとするが、以外と力が強くてなかなか一人では止められそうにもなかった。


「こんにゃろ!」


「生意気よ!」


「二人ともやめてー!」






「あらヨハン様、そんなに顔を真っ赤にして……どうかされました?」


「い、いえ、大変良い思いオイル塗りをさせて頂きました! あざっす!」


 少し離れたビーチパラソルではリディアとクレアの勝負はどこ吹く風、ネーナの蠱惑的な表情にドギマギしているヨハンが弄ばれているのであった。








 月が登り、空は一面の星で埋め尽くされている。ホワイトスワンの廊下、小さめの窓からは星明かりが差し込む。


「あっ、クレア」


 窓から外の景色を眺めていたであろう彼女は長い髪をファサ、とかき上げながら振り返った。


「あらユウじゃない。こんな時間にどうしたの?」


「いや、ちょっと喉が乾いて……それはそうと、昼間はお疲れ様」


「うっ……その話はしばらく止めておいて……」


「あっ、ご、ごめん!」


「いや、いいのよ……ユウは悪くないわ」


 クレアは昼間の事を思い出したのか、少しゲンナリとした表情になる。だがユウが謝る姿を見て、その顔は少し綻んだ。


「あ、あの! クレアは水泳で負けたかもしれないけど……泳ぐ姿は……その、カッコ良かったよ」


「ふふっ、なにそれ? 褒めてくれてるの?」


「いや、その……」


 ユウは思わずクレアの笑顔に見とれてしまう。真夏の熱に浮かされたのか、月明かりに照らされたクレアは普段よりも綺麗に見える。透き通るような肌は少し日焼けしていても白く、意志の強そうな紅い瞳は真っすぐにユウを射抜いている。


「…………」


「ちょっと、どうしたのよ黙りこくって」


「うん、やっぱりクレアはカッコいいよりも綺麗だな……って」


 ユウは心で思ったことを口に出してしまった。しかし当の本人は自分が何を言ったのか気付いていなかったようで、目の前のクレアの顔が真っ赤になってからようやく自身の発言を理解した。


「あっ、えっと、変な意味じゃなくて……!」


「ご、ごめんねユウ! 私もう寝るわ! お休み!」


 結局クレアはその場を逃げるよう足早に立ち去った。思わず追いかけようかと思ったユウはしかし、一歩を踏み出してから止めた。


「うーん、泳ぐクレアは綺麗だったな……」


 昼間の水泳対決。力強く泳ぐクレアだったが、その光景はユウの脳裏に焼き付いたようにハッキリと記憶されている。


「うん、この戦争が終わったらまた皆で泳ぎに来よう。きっとその時はもっと楽しめるよね」


 ユウは誰に言うでもなく、ポツリと呟く。明日からは再び戦場に戻らなければならない。しかしユウの心には一つ、戦うための理由が増えていた。




 窓から外を眺める。夜の海は静かに波打ち、空には綺麗な満月が登っていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る