第76話 相違・4
第七十六話 相違・4
「ここにもいない?! 部屋にもいないみたいだし、他に姐さんの行きそうなところってどこだ?」
ヨハンは扉を勢いよく閉める。先ほどからクレアを探しているのだが、一向に見つからずホワイトスワン中をくまなく捜索しているのだ。
「早くしないと! それに先生もどこに行ったんだ?! まだ話をつけてないのに!」
ユウとクレアを二人きりにするため、他のメンバーに食堂へ近づかないようお願いしているのだが先生だけまだ見つかっていない。このままではヨハンの立てた作戦がご破算になってしまう。
「あんの二人、どこに行ったんだ!」
ホワイトスワンのクレアの自室。そこではクレアが一人、備え付けの椅子に腰かけていた。何かを考え込んでいるらしく、先ほどヨハンの呼びかけにも気づかないほどだ。そのお陰でヨハンは今もあちこち探し回っている。
(ユウをこの世界に留まらせるように……それって、こっちで生活を続けるってことよね。ってことは……やっぱり……ケ、ケッコン?!)
自分でも飛躍した論理に、思わず頭をブンブンと振る。しかし、先生が言っていた「この世界で生きていくためにユウを支えてあげる」という言葉からは他の選択肢が思いつかないのであった。クレア自身、結婚願望というのは漠然としたものしか抱いておらず、この戦時中ということもあってそういうのは縁遠いと感じていた。少なくとも、幸せなお嫁さん、というものは子供の頃の憧れでしかない。
(ユウは……どう思ってるのかしら。元の世界に戻れないと知ってからは、
さっきから同じ事ばかり、堂々巡りしている。果てしない思考のアリジゴクにはまったような感覚だ。抜け出そうともがけばもがくほど、その考えは深みに落ちていく。
「そもそも……
クレア自身はユウの事が好きだと自覚できる。しかしそれが友愛の情なのか、それとも愛慕の情なのか。
他のメンバー、例えばヨハンは昔から姉弟のように接してきたし、先生とは助け助けられる関係だ。なんだかんだでリディアやネーナとも仲間だと思えるようになっている。
(私は……ユウのどこに惹かれたの?)
初めて出会ったとき、あの時はどこにでもいる普通の少年に見えた。他の異邦者であるスバルと違って、本当にコイツが理力甲冑に乗って戦えるのかと思いもした。
しかしユウは初めて乗った理力甲冑で強敵ともいえる魔猪を撃退してのけた。そこは素直に凄いと感心したし、操縦席で見た横顔はちょっとカッコよく見えたりもした。
裏表がなくて、しっかりしているようでどこか抜けている。普段は大人しいほうなのに、理力甲冑に乗り込むと途端に頼もしく感じる。いつも作ってくれる料理は美味しくて、特に卵料理は……。
「そういえば、お腹空いたわね……」
クレアはようやく自分の空腹に気付いた。もうとっくにお昼時を過ぎているにも関わらず誰も呼びに来なかったのはちょっとおかしい気もするのだが、それだけクレアは自分が集中していたことを自覚していない。
「今日のご飯は何かしらね……」
ふらふらとした足取りで、クレアは食堂へと向かっていった。
「先生は……先生も、僕と同じ世界から、ここへ召喚されて来たんですか?」
先生はじっとユウの目を見つめ返す。
「どうして……そう思うデスか?」
「え? だって、先生は僕の世界の知識に詳しくて……どことなくこっちの世界の人じゃない感じもするし」
「雑な考察デスねぇ……ま、さっきの質問に答えるのなら、召喚されたのかもしれないし、そうでないのかもしれないデス」
「そうでないのかも……? どういう事ですか?」
「ぶっちゃけ私にも分かんないデス。ユウだから教えるデスけど、私は昔の記憶がないデス」
「え……?」
「今から四年くらい前デスかね。気が付いたら帝国のとある町の外れに私は立っていたデス。名前も、家族も、どこの生まれだとか何をしていただとか、そういうのが全部記憶になかったんデス」
重大な告白を、先生はこともなげに淡々と話す。彼女自身、記憶喪失に頓着していないのか、それともその事を受け入れているのか。それがユウには分からなかった。
「幸い、科学技術や色んな工学の知識や経験は憶えてましたからね。それと先生って呼ばれてた事も。で、紆余曲折があって私は帝国軍の理力甲冑開発に携わったんデス。それからあとはユウも知っての通り、アルヴァリスとホワイトスワン、理力エンジンを開発して、連合に亡命したってわけデス」
「それじゃあ、先生には帰る場所が……」
「無い、デスか? 故郷という点では、確かに私はどこに帰ればいいのか分からないデス。でも別にそんなことは大して重要じゃないデスよ。それに、私の帰る場所はここデス。他のどこでもなく」
「先生は強いですね。僕は……どうしたらいいのか分かりません。アムレアスの人たちに元の世界に帰る方法が無いって言われた時、僕はホッとして、でも後悔の気持ちもあって……」
「ユウはそういうところ、変に物分かりがいいデスからね。きっと頭では受け入れられなくても、心は理解してるんデス。そういうのは変に自分の気持ちに逆らわないほうがいいデス」
「自分の気持ちに逆らわない……?」
「そうデス。ユウが何をしたいか、思ってること考えてること、そういうのと反対の行動をしてもしょうがないデス。きっと、後々で後悔することになるデス」
ユウは先生の言葉を胸のなかで反芻する。自分がしたいこと。自分の考えていること。それらは一体、なんだろうか。
「だから……私も後悔しないように、自分の気持ちに素直になるデスよ」
そう言うと先生は静かに立ち上がり、ユウの隣までやって来た。何をするつもりだろうかとユウは思ったが、先生の眼差しは真剣そのもので座ったまま動くに動けなかった。
「ど、どうしたんですか先生」
「最初に出会った時のことを覚えてるデスか? 私とボルツ君が必死に帝国軍から逃げて、そこへ偶然ユウ達が助けに来てくれたデス。正直、アルヴァリスをあそこまで扱いきれるとは思ってなかったデスけど……ユウは臆する事なく敵に立ち向かっていったデス」
先生の右手が、そっとユウの頬を撫でる。先生の手は相変わらず小さい。
「クリスでしたっけ? アルトスの街中で暴れまわったのは。ユウはあの時も私を助けてくれたデス」
「あの時は……必死でしたし、それに……」
ユウは先生の手に自分の手を重ねる。少しひんやりとしていて、細い指は機械油で荒れ気味だった。
「先生の震える手が……この小さな手が僕の手を握った時、守らなくちゃって思ったんです」
「ユウ……」
瞬間、時が止まったかのように、二人は見つめ合う。
そして、先生の顔がユウと重なる。
「私は、ユウが好きデス。これが私の素直な気持ちデス」
顔を真っ赤にした先生はその場から逃げるように食堂を出た。
「…………」
後に残されたユウは唇に残った感触が頭から離れず、しばらく金縛りにあったみたいに動けなかった。
食堂を飛び出した先生は、その扉の陰にいた人物に気付く。
「私はユウに気持ちを伝えたデスよ。抜け駆けみたいになってしまいましたが、こればっかりはオマエでも遠慮しないデス」
「……」
「あとはオマエしだいデス。どうするかはよく考えるデスよ、クレア」
「……そうね」
クレアはそのまま立ち去る先生の背中を見送る。
(私は……どうしたらいいの?)
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