第76話 相違・3
第七十六話 相違・3
コンコン。パカッ。
卵を割り、ボウルに落とす。半透明の白身と濃い色の黄身が踊る。
ユウはホワイトスワンの厨房で昼食の準備をしていた。今日のメニューはユウ特製オムレツだ。中身はベーコンやタマネギ、ジャガイモを小さく刻んだものを入れるボリュームたっぷりな一品だ。
「ホントにこれで上手くいくのかなぁ……?」
時間は少し前に遡る――――
「料理っスよ、食べ物っスよ! 卵料理を作るんスよ!」
「な、なんで卵?!」
クレアの誤解を解くためにヨハンとユウが話し合っていたところ、ヨハンが突然叫びだしたのだ。
「思い出してください、姐さんの好物は?」
「た、卵料理……?」
「そうっス! そしてユウさんの作る特製オムレツはおそらく一番好きな食べ物! それで機嫌を取りつつ、ユウさんの話を聞いてもらう作戦っス! これはイケる!」
「確かにクレアはオムレツ大好きだけどさ?」
熱したフライパンでサイコロ状に切ったベーコン、タマネギ、蒸かしたジャガイモを軽く炒める。そこへ塩コショウ、近くに生えていたハーブ類を少々。ハーブとベーコンの良い香りが辺りに広がっていく。これだけでも十分に美味しそうだ。
そこへ調味料を加えた溶き卵を流し込む。ジュウ、と卵が半熟になった頃を見計らい、軽くかき混ぜて具材を馴染ませた。あとは焼き加減を調節しながらひっくり返せば完成だ。
「さて、こんなもんかな?」
食堂のテーブルの上には、特製オムレツ、白パンに野菜サラダ、エンドウ豆のスープ。これならクレアも食いつきが良いはずだ。あとはヨハンがクレアを連れてきてくれる手はずとなっている。その間、他のメンバーは食堂に立ち入らないよう、話をつけてある。
「今日のごっはんはなんデスかね~」
調子外れな鼻歌交じりに、先生が扉を開く。
(え?! どうしてここに先生が?! ヨハンが説明してくれてるはずじゃ……)
「お、今日はオムレツデスか、これは旨そうデス。みんなも早くくればいいのにデス」
「あ、ああー、そうですねーみんな遅いですねー」
明らかに動揺しているユウの微妙な反応に先生は訝しんでいる。だが、皿の上のオムレツとユウの態度を見て何かを察した先生はこっそりと口角を上げた。
(ははーん、さてはユウのやつ、オムレツでクレアの気を引こうという作戦デスね? ここは先手を打つデスよ!)
辺りをきょろきょろソワソワしているユウへと、先生は近づく。
「ユウ? 何してるデスか、早く食べるデスよ」
「えっ! ああ、えっとそうですね……」
ヨハンが考えた作戦と異なる展開に、ユウは仕方なく席につく。まさか先生にクレアが来る予定だからどこかへ行っててくれとはいえる筈もない。
「みんなを待ってたらせっかくの料理が冷めちゃいますからねー、先に食べちゃいましょう」
ぎこちない様子でユウはオムレツを口に運ぶ。調理の途中で味見をしているので知っていることだが、塩コショウとベーコンの旨味が卵とよく合っている。
「相変わらずユウは料理が上手いデスね。元の世界でもよく作ってたんデスか?」
「そうですね、炊事や掃除なんかは僕の担当でした。父さんじゃ頼りなくて……」
「ふーん? ユウはどんな感じの高校生だったデス? 全然そういう話を聞かせてくれないじゃないデスか」
「いやまぁ、話すほどのものじゃないですよ。どこにでもいる普通の男子高校生です。あ、でも
「ほう? やっぱり女の子と
「ちっ、違いますよ! 残念ながら、そういうことするほど仲のいい女友達はいなかったです」
「ということは、私がユウの初めての相手、というやつデスね!」
「妙な言い方をしないでくださいよ……確かにその通りですけど」
「ふっふっふ、観念するデス。もうその事実は消せないデス」
「いやまぁ、それはそれで別にいいんですけど」
ユウは少し困り顔で頭を掻く。なんだかんだで女性とバイクに乗ることに憧れがあったので内心は嬉しかったのだが、それを顔に出すと先生が調子に乗るので自制する。
「ユウは……ユウは元の世界に戻りたいデスか?」
先生の言葉にユウは手にしたフォークをピタと止めた。
「……どうして、そんな事を聞くんです? もしかしてクレアに……」
「ユウはこの世界の本来の住人じゃないデス。生まれ育った世界に戻ろうと思っても何ら不思議なことはないデス。でも、ユウからはその意思が感じられないんデスよ」
フォークでオムレツを一口に切り、口へと運ぶ。ジャガイモと卵を咀嚼し、ごくりと飲み込んだユウは、静かに俯く。
「帰りたい……のは帰りたいですけど……でも」
「でも、帰りたくない?」
「あの……ええ、まぁ」
ユウの気持ちとしては帰りたい気持ちは確かにある。しかし、それ以上に父親と顔を合わせたくない気持ちが強い。
ユウの母が病気で死んでから、父は仕事以外の事に関心を示さなくなった。ほとんど家に寄り付かず、父子の会話は数える程度。今夜は仕事で遅くなる、来週は出張だから。
そんな父を、ユウは許せなかった。母の死から目を逸らすかのように、仕事に集中することでその事を忘れるかのようにしている父にひどく怒りが湧いたのだ。
(そして、母さんが死んだことをすぐに受け入れてしまった僕が一番腹立たしかった)
「ま、帰りたくないんだったらそれはそれでいいんじゃないデスか?」
「え?」
「元の世界でなにがあったかは知らないデス。察するに、あんまり良い思い出がないみたいデスけど、もしユウが戻りたくないって思うんなら……それは仕方ないことデス」
「……先生は帰りたくないから、ここにいるんですか?」
ユウは思いきって日頃から抱いていた疑問をぶつける。
先生という、本名も過去の経歴も不明な目の前の女性。この数年は帝国軍の技術開発に携わっていたらしいが、それ以前は全く教えてくれない。
彼女はその小さな体に不釣り合いなほど多種多様な知識を持っている。天才的な頭脳と知識を持っているだけなら、特別不思議ではない。が、明らかに先生はユウの世界の知識を持っていることを考えると……。
「先生は……先生も、僕と同じ世界から、ここへ召喚されて来たんですか?」
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