第76話 相違・1

第七十六話 相違・1


「というわけで」


 ヨハンはバタンとドアを閉める。


「いや、何が?」


「ユウさん、いい加減に話してくださいよ。クレアの姐さんがポンコツになってる訳を」


「ポンコツって……」


 ユウは自室のベッドに腰かけながら頭をかく。それを見ながらヨハンはずい、と詰め寄った。


「ネタは上がってんスよ! 姐さんは何も教えてくれなかったけど、あれは確実にユウさんが原因っス。あの日、何があったんスか?」


「ええ……?」


 ヨハンがいつになく怖い顔をするので、思わずユウは後ずさりしてしまう。が、ベッドの向こうは壁。逃げるに逃げられない。


「いや、何もなかったって……いや、正確には今後について話をしたんだよ。この戦争を終わらせるにはどうしたらいいかとか……」


「ふんふん、他には?」


「えっと、それでクレアが聞いてきたんだよ。戦争が終わったら、僕は元の世界に帰るのかって」


「それで、ユウさんは何て答えたんスか?」


「いや、別に……」


 わずかに目が泳ぐ。それをヨハンは見逃さなかった。


「ユウさん、本当の事を話して下さいよ? 姐さんがあんな調子じゃ、いつか取り返しのつかないことになるんスから」


 眉間にシワを寄せて凄む。別に怖くは無いのだが、ヨハンが怒っていることに気付いたユウは静かに話し出した。


「……ヨハンは僕が別の世界から召喚されてコッチの世界に来たって、知ってるだろ? で、コッチに来た始めの頃、クレアからは元の世界に帰れる方法があるって聞いてたんだ。でも、アムレアスの人たちによると元の世界に戻れる方法は無いんだってさ。召喚は一方通行なんだ」


「……まじ、スか」


 ヨハンもクレア経由でそのような話を聞いていた。よくは分からないが、とりあえず世界を渡って来れるなら、同様の方法で帰れるだろう。それくらいにしか考えていなかった。


「なら、ユウさんは死ぬまで、いや、死んでもずっとこっちの世界にいなきゃ駄目ってことじゃないスか!」


「まぁ、そうなるのかな?」


 ユウの顔から読み取れるのは諦めと少しの後悔、そして安堵。どうしてそのような表情になるのか、ヨハンは不思議だった。


「……それを姐さんに話したんスか?」


「多分、クレアの様子がおかしいのはそれからだよ。たぶん、戻れる方法があるって教えたことに責任を感じてるのかも」


 クレアはそういった責任感が人一倍強い。知らなかったとはいえ、自分の発言がユウに在らぬ希望を抱かせてしまったと思っているのだ。


 以前も、ユウを単身で敵地に置き去りにしてしまった時も、クレアはホワイトスワンの隊長として然るべき判断を下した。しかしその事を彼女は後悔し、隊長としての責任感との間で押し潰されそうになったこともある。


「それはマズいっスね……。姐さんに気にするなって言っても逆効果だろうし」


「それなんだよなー。クレアって、意外と頑固なところがあるから口で説明しても難しい気がするんだよ」


 ユウとヨハンは何かいい手がないか考えるが、そう簡単に名案は浮かばない。下手の考え休むに似たり、とは言うが、ただただ時間だけが過ぎていく。




「……あ、そろそろお昼の時間かな。厨房にいかないと」


 ユウはすっくと立ちあがる。基本的にホワイトスワンの調理担当はユウの専任で、これは他の者より料理の腕が良いからだ。むしろ、まともに料理が出来るのが他にはリディアとレオくらいしかいないのだ。なのでユウがホワイトスワンに居なかった三か月ほどは二人だけで回してきた。


「ユウさんの作るメシは旨いっスからね。リディアのは良いとして、レオさんが作るのはどこか野生的にすぎるっていうか、男のメシ! っていう感じっていうか……」


 リディアは表の職業として酒場で働いていたという事もあり、人並に料理が出来る。故郷の地域性なのか酒のツマミが得意なのかは分からないが、味付けが濃い目なくらいで至極まっとうな料理を出す。だが、レオは猟師という職がその身に沁みついてしまったのか、自分で獲ってきた野生動物の肉を焼いただけの単純な料理をだす傾向にある。


 育ち盛りなヨハンですらシンプル過ぎる肉料理が続いて辛かったと零すほどなので、相当なものだったのだろう。野菜好きなボルツなど、その苦痛は筆舌に尽くし難かったはずだ。ユウの帰還にホワイトスワンの誰もが喜んだのは、そういう裏の事情もあったりする。




「……お? そうか、その手があったか?」


 ヨハンが何かを思い付いたらしく、勢いよく立ち上がる。あまり良い考えではないような気がするが、今のユウにはどんな方法でもいいのでそれにすがるしかなかった。


「いいっスか、作戦はこうっス……」








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