第75話 進撃・2

第七十五話 進撃・2


 ――――銃声。そして剣と剣がぶつかり合う音。


「でえぇ……りゃあ!」


 鈍色をした理力甲冑が高く跳躍する。その放物線の頂点で両手に持った短刀を逆手に持ちかえ、そして重力に従って落下していく。


 緑灰色に塗装された鋼鉄の装甲板にスッ、と薄く研磨された紅の刃が立つ。機体の重量と落下の勢いが合わさると、それは分厚い獣の革を引き裂くかのように切断された。オニムカデの牙から作られた二振りの短刀、牙双の切れ味は並みの業物をしのぐ。


「まだまだぁっ!」


 鈍色の理力甲冑は相手の機体がよろめくなか、自身を独楽のように回転させる。その度に、敵機のあちこちに傷が走った。


 ほんの一瞬の間に帝国軍の理力甲冑、ステッドランドは見るも無惨な姿となってしまう。いまだに立っていられるのは、内部骨格インナーフレームと人工筋肉がかろうじて無事だからだ。


「これで、トドメ!」


 両手を素早く交差させると、眼前に立っていたはずの敵機は完全に停止して崩れ落ちた。ヨハンが操るステッドランドの改造機、ステッドランド・ブラストはすぐに周囲を見渡す。すぐ傍にある帝国軍の砦からは煙が上がり、敵襲を告げる鐘が鳴り響く。




 ホワイトスワン一行は連合軍の本隊に先駆け、帝国領内に侵入。進軍の障害となる砦や拠点、敵部隊の漸減が現在の主な任務だった。


 アルヴァリス・ノヴァや飛行可能なレフィオーネ、ヨハンのブラストにネーナのカレルマインといった理力甲冑は単機の性能は高い。しかし、その分だけ他の部隊との連携が取りにくいことが欠点でもあった。突出した性能を持つ機体を擁するがゆえに、このような単独の任務が課せられる。しかし彼らもこういった任務はとっくに慣れたもので、大きな消耗なく連日の作戦に挑んでいる。




「ユウさん、こっちは片付きました!」


 ヨハンは無線で砦内部に斬り込んだユウのアルヴァリスへと呼びかける。


「ユウさん? おっかしいな……」


 こんな距離で無線が繋がらないはずはない。戦闘中なので応答する余裕がないのだろうか。


「ネーナ、ユウさんの援護に行くぞ! 姐さん、周囲に敵影は?!」


「…………」


「ああ、もう! 姐さんまで!」


 ヨハンは舌打ちしながら上空を見上げる。快晴の蒼の中、淡い水色を反射させる機体が。


「ヨハン様! どうしましたか?!」


「どうもこうもないよ! 今日クレアの姐さんが使い物にならない! とにかくユウさんを援護してここから撤退!」


「了解しましたわ!」


 と、ネーナの返事がした瞬間、ブラストの真上を深紅の理力甲冑がしなやかな動きで飛び越していった。グレイブ王国製の理力甲冑・カレルマインは人体の構造を極限まで再現した機体で、その特徴は人間の動きをほぼ完璧に再現できることだ。そして操縦士であるネーナはユウの世界から期せずして伝わった武道、カラテの使い手だ。ネーナの動きを完璧に再現できるカレルマインは、徒手空拳ながらも果敢に敵機を撃破していく。その姿はまさに異世界のカラテと言える。




 砦は高く頑丈な石造りの壁に囲われており、通常装備の理力甲冑では登ることも破壊することも難しい。だが、ホワイトスワン隊が強襲を掛けた際、初手でアルヴァリス・ノヴァが例の如く驚異的な跳躍で砦内部に侵入、そして堅く閉じられた正面扉をオーガ・ナイフでかんぬきと一緒に真っ二つにしていたのだ。


 カレルマインに遅れて砦に侵入したステッドランド・ブラストは、突如斬りかかってきた敵機に迷うことなく左腕を向ける。腕に仕込まれていた散弾銃が轟き、無数の鉄球が装甲を強く叩く。至近距離での銃撃は鋼鉄の鎧を砕き、内側の人工筋肉をズタズタに引き裂いた。


「ユウさんは?!」


「ヨハン様、あそこですわ!」


 カレルマインが指さす方には高くそびえ立つ見張り櫓、その下に純白の機体が大剣を構えていた。その周りには計五機のステッドランドが。


「ネーナ、あの包囲を崩すぞ!」


「了解いたしましたわ……って、あら」


 アルヴァリスは櫓を背に、機体の全長ほどもある大剣を静かに構える。相当な重量の筈だが、それを易々と振りかぶり、そして一息に振り抜いた。


 まさに一閃。鋼鉄が切断される嫌な音が響くと同時に、五機の理力甲冑は両の脚を失っていた。


「どうやら私たちの援護は必要なかったようですわね」


「そりゃそうか。……ユウさん! そろそろ撤退しますよ!」


「え? もうそんな時間?」


 ユウへ返答するよりも早く、ヨハンは機体の腰に括りつけていた煙幕弾を地面へと叩きつける。先生が調合したとかいう色々な薬品が入った樽は衝撃で破裂し、もうもうと白い煙を辺りにまき散らした。








 三機は白煙に紛れ、無事に砦を脱出した。あれだけの理力甲冑を破壊すれば追撃の心配もないだろう。それにどうせ、追いかけるにしてもホワイトスワンの速度に追いつける部隊はそういない。あるとすればあの黒い高速輸送艇なものくらいだが、最近はもっぱら本業である輸送と補給に用いられているらしく、あまり姿を見ない。


「ふぅ、今日もよく働いた!」


 ヨハンは格納庫の定位置に自身の機体を座らせる。すでにカレルマインとアルヴァリス・ノヴァは帰投しており、二人とも機体を降りているようだった。


 機体のハッチを勢いよく開けると、じっとりと汗ばんだ体を涼しい空気が出迎えてくれる。外はまだ日差しが強いが、格納庫内はいくらかマシだ。この時期、換気の悪い操縦席はよく蒸れて仕方ない。


 と、けたたましい音を響かせながらレフィオーネが帰還する。装甲には傷一つ無く、クレアも無事に撤退出来たようだ。


「ちょっとちょっと! クレアの姐さん!」


 レフィオーネが他の機体と同じように駐機するのを待ち、ヨハンは大きな声でよびかける。だが、当のクレアは聞こえていないかのように、呆けていた。


 たまらず、ヨハンは急な階段を一つとばしで駆け上がり、のそのそと操縦席から出てきたクレアの下へと詰め寄る。


「姐さん! 何ぼーっとしてるんスか!」


「へ? あぁ、ヨハン。どうしたの?」


 何の事か分かっていないクレアの態度にヨハンは頭を抱えそうになってしまう。


「いや、どうしたの、じゃないっスよ。姐さん、戦闘中もぼさっとしてたでしょ。一体どうしたんスか?」


「何言ってるのよ。私はちゃんとしてたわ」


「でもオレからの無線、聞いてなかったっスよね?」


「……?」


 きょとんとした顔で、彼女は明らかに何の事か分かっていない。ヨハンは思わず大きなため息を吐いてしまう。


「……姐さん、ユウさんと何があったか、詳しくは聞きませんけど……ちゃんと話し合った方がいいっスよ?」


「それは……」


 クレアの様子がおかしくなったのは、ユウとバイクで出掛けたあの日からだ。他のメンバーは痴話喧嘩でもしたのだろうと傍観を決め込んでいたのだが、ヨハンは別の違和感を二人から感じ取っていた。


「ユウさんに直接言いづらい事だったら、オレが間に入りますよ?」


「……少し、考えさせて」


 それだけ言うと、クレアは急ぎ足で格納庫を出ていった。


 何が原因かは分からないが、今のクレアは非常に危険だと感じる。だが、今は見送ることしか出来ないヨハンは、もう一度大きなため息を吐いてしまった。









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