第75話 進撃・1

第七十五話 進撃・1


 鎧甲冑を着込んだ一団が街道に沿って歩く。その纏った鉄は余程重いのか、一歩ごと踏みしめる大地にはその足跡がくっきりとれて刻まれていく。そして彼らには革や鉄の軽装鎧を着ている小人が随伴していた。まるでおとぎ話に出てくる騎士と小人たちの行軍だ。


 いや、違う。小人に見えたのは歴とした人間だ。鎧の騎士がはるかに巨大だったため、そう見えたに過ぎない。


 あれに見えるは鋼鉄の鎧を着た巨大な機械人形、操縦士の理力りりょくで動く理力甲冑りりょくかっちゅうだ。


 その理力甲冑は鈍い銀灰色を陽光に煌めかせ、重々しい足音と共に甲高い回転音のようなものが聞こえてくる。帝国軍制式採用型のステッドランドによく似てはいるが、異なる機体だと分かる。つい最近、連合軍が開発した理力エンジン搭載型理力甲冑・ステッドレイズだ。


「全機、もうすぐ敵の拠点だ。気を引き締めろ」


 短距離無線を通じて、部隊の隊長が檄をいれる。それを聞いた各々の機体は、鞘に納まった剣の柄に手を掛けたり、手に持った小銃の具合を確かめるように握り直した。


 彼らは連合軍の帝都進撃を目的とする、第一一八ひとひとはち部隊。彼らはステッドレイズを開発初期から運用しており、練度、士気ともに十分だ。その動き一つとっても無駄が無く洗練されている。


 しばらく歩みを進めると、先に斥候へ出ていた部隊からの情報が入る。やはり、敵拠点には理力甲冑が配備されており、厳重な警戒が敷かれているとこことだった。しかし。


「ふむ、敵の機体は少なく、損傷しているものも多い……か」


「隊長、如何致しますか?」


「例の部隊のお陰だろう。ここは一気に強襲して敵戦力を壊滅させる。理力甲冑各機が突入後、歩兵部隊は混乱する拠点内へ侵入。敵の指揮官級を確保せよ」


 隊長は短く作戦を伝えると、理力エンジンを基底状態アイドリングから戦闘状態に遷移させる。エンジンの回転数は徐々に上がり、吸気口と排気口からは独特な風切り音が聞こえてきた。その回転音はとても滑らかで、何かの楽器を思わせる音色だ。


「行くぞ! 全機、走れ!」


 号令と同時に、巨体がはしる。




 理力甲冑ステッドレイズはその見た目とは裏腹に、軽やかな動きで大地を駆ける。その重量は基礎ベースとなったステッドランドより増加した装甲の分いくらか重いはずだが、それを感じさせないのは背部に搭載した量産型理力エンジンが一役買っている。


 先生が開発した理力エンジンは周囲の大気中に含まれる理力を取り込み、機体へと還元させる。そのため、一般的な操縦士でも機体性能を最大で五割増しに向上させる事が可能となった。


 これはかねてより指摘されていた、同じステッドランドでも帝国製に比べ連合製の方が性能が劣っているという不利を跳ね返すには余りある結果だった。




 隊長が搭乗するステッドレイズは、手にした自動小銃アサルトライフルの安全装置を解除する。他の機体もそれに倣うか、腰の剣を抜き放つ。


 彼らは街道を少し反れた場所から一直線に拠点を目指す。舗装された街道は進軍には丁度いいが、見晴らしも良いため遠くからでも敵に気付かれてしまう。しかしこの周囲には木々もまばらで、大きな丘もない。遅かれ早かれ敵に気付かれるだろう。


 そしてつい今しがた、拠点周辺の哨戒をしていると思しい歩兵が歩いているのを見つけた。


「敵に発見されたが、決して速度を緩めるな! ここまで接近すれば強襲は成功だ!」


 ステッドレイズは土砂を跳ね上げながら疾走する。隊長の言ったとおり、あっという間に拠点へと接近した各機はそれぞれに得物を構えた。眼前には理力甲冑が二。そしてその奥には小高い丘に陣を張り簡易な壁と見張り台を構築した前線基地の一つだ。だが外壁の一部は崩れ、さらに周囲の大地は荒れており、つい先日に敵襲があったようだった。


「全機、交戦始め!」


 言うが早いか、隊長機は自動小銃の引き金を引く。拠点の護衛に就いていた敵のステッドランドは、突然の敵襲にも動じることなく盾を構えて防御姿勢を取った。


 その判断の早さと防御の手際はなかなかのものだが、彼らはステッドレイズの性能を知らなかった。銃撃が止み、反撃のため腰の剣を抜刀しようとした瞬間、すでに隊長機のステッドレイズは敵の懐に飛び込んでいた。


「遅いっ!」


 気合い一閃、敵が抜く前に刃が光る。まるで居合い抜きのように鞘から滑った剣は、敵機の胴体部を切り裂いた。ステッドレイズの膂力は凄まじく、一刀のもとに敵ステッドランドを真っ二つにしてしまう。


 背面から響く理力エンジンの音を聞きながら、隊長は周囲を確認する。もう一機のステッドランドは僚機によって剣を弾かれ、別の僚機の銃撃に晒されている。つい今しがた、拠点の門をくぐって出てきた一機も他の味方機と交戦に入った。


 多くの敵兵士は混乱しつつも、次第にこちらへの反撃に移りだした。見張り台では敵襲を知らせる鐘が鳴り響き、丸太と岩で組まれた壁の隙間から大砲の砲身がせせり出す。しかし、他に理力甲冑が出てくる気配がない。後は拠点周辺を哨戒している機体が一機か二機程度だろう。


「敵は既に寡兵だ! 一気に突き崩せ!」


 いくら守勢に優れる拠点といえど、戦力の要である理力甲冑がいないのであれば勝負は決まったようなものだ。連合軍は拠点の門を完全に破壊し、拠点内部へとなだれ込む。それほど大きくないこの拠点の制圧にそう時間は掛からない。結局、日没前には指揮官と思しき男は拘束され、強襲から数時間と立たずに陥落してしまった。





「捕虜の様子はどうだ?」


 帝国の施設をそのまま接収した理力甲冑部隊の隊長は会議室の一室で地図を眺めつつ部下に声を掛けた。


「はっ、皆大人しくしております。後ほど帝国より交渉の使者が参るとの事です」


 拠点内にいた敵兵の多くは門が破壊されたと同時に白旗を揚げた。無駄に抵抗しても被害が増えるだけなのは明白であるし、連合軍としても無抵抗な兵士を無慈悲に殺すほど荒んではいない。それにお互いに捕虜は交戦規定に則り、捕虜同志の交換や交渉と金額で返還される場合が多い。特に、指揮官級であったり貴族出身の者は高額で取引されたり、政治的な駆け引きにも利用できる。


「今回の戦闘でもこちらの損害は軽微で済んだな」


「歩兵の負傷者は三十余名、死者は五名。理力甲冑の操縦士に至っては負傷者無し」


「まったく、白鳥部隊ホワイトスワンさまさまだな。彼らが理力甲冑の頭数を減らしてくれたおかげ、という奴だ」


「しかし……いまだに信じられませんよ。たった四機の小隊でこの拠点を強襲、帝国の理力甲冑を十二機撃破してしまうなんて」


「そこは、ほれ。噂の白い影アルヴァリスがいるからだろう。私も噂でしか聞いたことがないが、その操縦士はまだ年若いそうだ。それでいて、あの帝国の岩熊・ドウェインとゴールスタを相手に戦い、生きて帰ったらしいぞ?」


「……」


 その部下は驚いているのか呆れているのか、口が開いたままだった。ドウェイン・ウォーといえば、そこらの子供でも知っている猛将だ。彼と対等に戦える人間など、この大陸に何人いるというのか。


「そんな顔をするな。噂とはいえ、今日の事を見れば信じたくもなる」


「……それはそれとして、補給部隊はいかが致しますか? この拠点に残された物資と食糧を考慮しても、この先は潤沢な補給は望めなくなります」


 ここは未だ帝国領の玄関口といっても、やはり敵地である。補給部隊にはそれなりの護衛をつける事になっているが、それでも完璧ではない。それに、これより先に進軍すればするほど、補給部隊が襲われる可能性は高くなっていく。


「……頭の痛い限りだ。一応、その辺は上に進言しているのだが、いくらか行軍速度を落として周辺地域から敵を排除せねばならんよな……」


 言うは易く行うは難し。ある程度は敵兵を排除できたとしても、ゲリラ的な攻撃を受けるかもしれない。そうなった場合、護衛に回される戦力も大きな負担となってしまう。




 そもそも、連合の上層部には今回の帝都進撃に反対する勢力もいる。あくまで都市国家連合とは帝国の侵略に対抗するためのものであり、専守防衛を基本とするべきだという主張に基づく。そしてやはり、それに反発するかのような好戦派も少なからず存在する。


 彼らの対立により、一部の戦力配置や補給の遅延といった悪影響が出ているのだが、それを是正するのは難しい。何故なら都市国家連合といえど、元は複数の小国家の寄り合いなのである。それぞれの都市国家同士のいざこざがあるのは否めない。




「とにかく……主計科の連中に食糧をなんとかするように伝えておいてくれ。この付近の町や村は我々に対する悪感情を抱いていない所がまだ多いはずだ。交渉次第で食べ物はなんとかなるだろう」


「ですね……上層部のいざこざをこちらに持ち込まないで欲しいのですが」


「そうは言っても、な。それで国が動くから政治というやつは侮れん」


 隊長は乾いた笑いを上げるが、彼の部下は呆れたように見つめるだけだった。




 障害は多いが、連合軍は着実に帝国領内へと侵攻していく。目指すは帝都、帝国の中枢。


 そしてホワイトスワンはその水先案内人。本体が円滑に進軍出来るよう、露払いをするのが彼らの役目だ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る