第74話 相互・2

第七十四話 相互・2


 クレアはもったいぶるようにユウの眼をじっと見る。


「この前の戦いで、連合と帝国の戦況は五分五分といったところまで持ち直したわ。これは帝国にとっては大誤算なはずなのよ。本格的な侵攻から約半年、一時はケラートを奪われちゃったけど、それも取り返した。きっと帝国軍の上層部は焦ってるかもしれないわ」


 ユウをはじめとしたホワイトスワン隊や異邦者であるシン・サクマ、スバル・ナガタ。他にも多くの兵士のおかげでここまで被害を食い止められている。帝国軍からすれば、確かに当初の予定は大幅に狂っていることだろう。


「そこでこのまま帝国軍の侵攻が進まなければいずれ国民から反感を持たれると思うのよ。こういう戦争って勝ってるうちはいいけど、負けが込みだしたら一気に反対運動に繋がるの。帝国政府がいくらかは情報統制したり、反対運動を規制するんだろうけど、それも一時しのぎね。いずれタガが外れる」


 そうした国民の感情を利用し、帝国全土で嫌戦の雰囲気を作り出すのはそう難しくないという。そうした一種の破壊工作に精通した者がいるのだそうだ。


「レオやリディアのレジスタンスなんかもそういう活動してるんじゃないの? 草の根的な活動で少しずつ帝国にとって都合の悪い情報を流したり……時には嘘も混ぜたりするんでしょうけど」


「ええ……嘘の情報を流しちゃっていいの……?」


「嘘でもなんでも、あくまでその情報は噂よ。それを信じるかどうかは聞いた人しだい。そうやっていって、次の段階に入るの。帝国上層部のうち、戦争を強行しているタカ派を


「け、消すって……?」


「言葉通りよ。暗殺、謀殺……政治的に失脚させても良いわ。とにかく、その人物が何も出来なくすればいい。帝国だって、きっと一枚岩じゃないわ。タカ派の中心的人物が何人か居なくなれば、向こうから和平を申し出てくるわ」


 クレアの言っていることはある意味、これ以上人の血が流れない方法なのだろう。ユウとしても、両国で話し合いの場で決着が付くのならそれ以上は望まない。


「でも現実的に考えて、無理な話よね。帝国のタカ派の一番上は皇帝なんだし。皇帝を暗殺するとか、無理よ無理」


 肩を竦めるクレアにユウは苦笑いで返す。


「あはは……そんな偉い人、ものすごい護衛がいそうだしね」


「一番現実な方法としては……帝国に侵攻して、いくつもの街を占領、または物流や経済を混乱させることで戦争継続を困難にさせる。そこから向こうに有無を言わさない停戦勧告かしら」


「結局は力づくになっちゃうんだよね……」


「それでも、これが現実的、かつ互いの被害が少ない方法よ。血が流れない手段はすでに過去のものになってしまったわ」


 クレアは遠くの景色を眺めるフリをしてユウの顔を盗み見る。やはり彼は納得がいかないものの、他に方法が無い事をきちんと理解しているようだ。人の死に納得ができるほど大人ではないが、それを受け入れられないほど子供でもない。


(根が優しいっていうのもあるんだろうけど、きっと平和な国で育ってきたのね……)


 ユウが生まれた国の事を想うクレア。どんな世界が広がっているのだろう。どんな人たちが住んでいるのだろう。そして、口に出さないと決めていた言葉が、ふと漏れ出てしまった。


「ユウは……戦争が終わったら元の世界に帰るの?」



 ユウの目が丸くなる。突然のことにどう答えていものか、困っているようだった。



(ヤバッ! なんで私はこんなこと聞いちゃったの?!)


「あの、いや別に深い意味はないのよ? ユウはもともと別の世界から無理やり呼ばれてきたんだし、帰りたかったらユウのしたいようにすればいいわけだし……戦争が終わったらやることなくなっちゃうし……」


(あああ! 違うわよ! 私の言いたいことはもっと別の……!)



「うん、その事なんだけど……僕、もう帰れないみたいなんだ」



 ざぁ、と風が吹いた。



「え……? どういう事なの……?」


「クレアが教えてくれた、召喚には元の世界に戻す方法があるって話……アムレアスの人によれば、そんなの無いんだってさ」


「う、嘘よ! 私はバルドーさんから確かに聞いたわよ! 無理矢理呼び出して大丈夫なのかって! そしたら帰す方法はあるから心配するなって……!」


 クレアは思い出す。ユウやシン、スバルを召喚するために準備していたあの森での会話。


「バルドーさんも、きっと悪気があってついた嘘じゃないと思うよ。たぶんクレアたちに余計な気を使わせないようにしたんじゃないかな」


「でも……でも、それって……!」


 クレアは急に立ち上がる。その目にはうっすらと涙が。


「私たちの、こっちの世界の勝手な都合でユウを振り回して、危険な目にあわせて! 故郷に戻れなくして! もう二度と家族や友人と会えないなんて!」


 ユウはゆっくりとクレアの前に立ち、どこか寂しそうに微笑む。クレアには、それが無理をしているようにも見えた。


「改めて言われると、ちょっとなぁ……。でも、僕は大丈夫だよ。こっちの世界でやらなくちゃいけないこと、やりたいことがあるから。それに、クレアや先生、スワンの皆がいるから、僕は大丈夫」


 そっとクレアの手を取る。白くて細い、女性の指だ。ユウは頭のなかを整理するように、ゆっくりと心のうちを話す。


「父さんや学校の友達と会えないのは寂しいけど……クレアや皆と出会って、本当に楽しかった。まだ一年しか経ってないし、辛い事や悲しい事もあったけど、それでも僕はこのルナシスの世界に、クレアと出会えて良かったと思ってる。だから僕は戦えるし、大丈夫。クレアが気に病むことは何もないよ」








 二人は暫くしてからホワイトスワンへと戻った。クレアとはその帰路、ほとんど会話が無いままだ。


「あっ、二人ともお帰り……?」


 ホワイトスワンの格納庫にバイクを停めると、整備の手伝いをしていたヨハンがこちらへとやって来た。


「……」


 しかしクレアは浮かない顔のまま、足早にその場を離れていった。


「ユウさん……? 姐さんを怒らせましたね……?」


「えっ?! いや、怒らせたっていうか……」


「ねぇ、ちょっとクレアどうしたの?! さっき廊下ですれ違った時にすっごい思い詰めた顔してたんだけど……」


 そこへリディアもやってくる。


「ああ……どうやらユウさんが何か怒らせるような事をしちゃったらしいんだ……」


「いや、あの僕は」


「あーそっかー。駄目だよ、ユウ? いくら二人の仲でも無理矢理はー」


「無理矢理なに?!」


「なにやろうとしたんスかユウさん!?」


「何もしてないよ!」


「そこ! 何くっちゃっべってるデスか!」


「あ、先生! 実はユウさんが……」


「なぁにぃ?! おいコラ、ユウ! オマエは一体なんて事をしたデスか!」


「だから僕は何もしてないって!」


「いいや、乙女に涙させるなんて大罪もいいところデス!」


「だからクレアを泣かせては……あっ」


「あっ、てなんデスか!? やっぱり泣かせるような事をしたんデスね?!」


「ユウさん……」


「ユウ、相手の気持ちも考えた方がいいよ……?」


「あの、だから違うんですって! 話を聞いて!」






 その後、ユウはみんなの誤解を解くのに丸一日、クレアの機嫌を直すのに二日掛かってしまった。


(クレアには悪いことしたなぁ……もう少しタイミングをみて話せば良かったかな?)


(ユウはこの先どうなるの? ずっと、一生こっちの世界で生きていくの……? でも、ユウが元の世界に帰れないって聞いたとき、心の中では一瞬、ほんの一瞬だけど嬉しいって思っちゃった……人として最低ね、私)


 ユウとクレアの心はすれ違ったまま、ホワイトスワンは西へと出発したのであった。











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