第74話 相互・1
第七十四話 相互・1
――――数日後、帝国と連合の国境付近の戦闘は、帝国軍の撤退により連合軍の勝利となった。
しかしこの好機を前に、連合軍は敗走する敵部隊を追撃することは無かった。もっと正確に言うならば、それだけの余力が残っていなかった、が正解だろう。
クレアが発案した、帝国軍の新兵器・デストロイアを用いて敵の理力甲冑を行動不能にする作戦は功を奏した。両軍がまともにぶつかり合えばその被害は計り知れないが、実際に迎撃に出てきた帝国の機体はおよそ三割から四割といったところで、連合軍の損耗は想定以上に小さく収まった。
だが、連合軍がそれまでに被った被害は一朝一夕に立て直せるものではない。長期に渡る戦闘で物資も人も、理力甲冑も足りないのだ。幸いアルトスの街からの補給はすぐに届く予定だが、連合の前線指揮官は慎重に徹したのだ。
「さて、そこで私達に下った次の命令なんだけど」
ホワイトスワンの食堂兼、作戦会議室。機体の整備と修理を行っている先生とボルツ以外がここに集まっている。
「再びスワン単独での作戦行動よ。さしあたっては連合軍本隊の露払いってとこね」
クレアはそう言いながら広げた地図のとある地点を指差す。アルトスの街から少し西の辺りだ。
「連合軍は今後、帝都への侵攻に向けて準備するわ。そこで私達はそれに先んじて障害となる町の守備隊や砦を排除していく」
つつ、とクレアは細い指を滑らせ、帝国の中心都市、帝都のあるところで止める。ほぼ一直線とはいえ、それなりの距離があり、道中にはいくつもの町や城が点在する。ひょっとしたら侵攻に備えた砦も築かれているかもしれない。
「ま、改めて実感したけど、オレ達の機体は他の部隊と連携するのに向いてないっスからね」
「それにしても単独でとは、また大変な任務ですわね。いつもこんな感じですの?」
「だってスワンは一機しかないし、アルヴァリスやレフィオーネだけで敵部隊の二、三個は壊滅できるし。遊撃の方が適してるんじゃない?」
ヨハンの説明にネーナはなるほど、と手を叩く。
「そしたらまた、レジスタンスの協力が必要だね! 物資や情報を手配しとくよ」
「そうですね、特に補給面は任せて下さい。今は帝国といえど、国境付近や末端の都市はかなり混乱しているようですから、それなりに融通は利きます」
リディアとレオは早速やる気を見せている。彼らの故郷の独立、それがもはや夢物語ではなく、ある程度現実味を帯びてきているからだろう。
とはいえ、まだまだ道のりは長い。二人の戦いはこれからも続く。
「それで? 出発はいつなの?」
それまで何かを考えていたようなユウが質問する。その目付きはいつになく真剣だった。
「えっと、補給と機体の修理が予定通りにいったら……三日後ってとこね。どうしたの? 何でもあるの?」
「いや……あの、ここ最近はバイクに乗れてなかったなぁと思って……」
「何よ、そんな理由? 呆れた!」
「いやだってスワンで移動してる間は乗れないし、定期的に走ることが一番のメンテナンスなんだよ?!」
ユウが言う通り、この数ヶ月――――ユウの体感では数日なのだが――――はバイクに乗っていない。彼がいない間も先生がきちんと整備をしてくれてはいるものの、実際に走行はしていなかった。
「アンタねぇ……ま、ちょっとその辺を走ってくるくらいなら時間もあるでしょ。手が空いたときにちゃちゃっと行ってきなさい」
「やった!」
小さくガッツポーズをするユウ。それを見てクレアはそこまで嬉しいのか、というような表情をする。
「ユウさん、完全に尻に敷かれてるっスよ。いいんスか? それで」
「へ? あぁ、いいんじゃない?」
「ちょっ! 誰が尻に敷いてるってのよ!」
リディアはそのやり取りの最中、内心「どんな状況でもイチャイチャするな、コイツら」と冷静に分析してしまうのであった。
翌日、かつての戦場を風を切り、馬の疾走よりも早く駆け抜ける機械があった。
「実際に乗ってみると、かなり速いわね!」
「でしょ! ちゃんとした道ならもっと速いよ!」
鮮やかに太陽の光を反射する
ユウの愛車には搭乗者が二人。一人はもちろんユウで、その後ろにはクレアが乗っていた。
ユウがバイクで近くを一回りしようと画策していたところ、休憩中のクレアを誘ったのだ。先生とは何度かバイクに乗って出掛けたりもしたことがあったが、クレアとは初めてだったりする。
「レフィオーネも結構な速度になるけど、こうして直に風を感じられるのは気持ちいいわね!」
「それがバイクの醍醐味だよ!」
二人とも、風にかき消されないように声を張り上げる。ユウはヘルメットに取り付けられる小型の無線機でも作れないかどうか、先生に相談したことがあったが、流石に
二人はしばらく走り続ける。この辺りは比較的、平野が続いているが農耕や放牧などには利用されていないらしい。なんでも、近くに川や池などの水源が無いためだとか、そこまで肥沃な土地ではないとか、レオが言っていたのを思い出す。
「ここらで休憩しようか」
平野を抜け、なだらかな丘が連なるようになった頃、まばらに木々が広がりだした。ユウはバイクを適当な木陰へと入れ、エンジンを切る。
「ふぅ。走ってる時はいいけど、止まったら暑く感じるわね」
「今日は日差しがあるからね。走ってる間は暑さを感じにくいんだよ」
二人はヘルメットを脱ぎ、木の下へと座り込む。じんわりとかいた汗が、そよ風で涼しく感じる。
「戦争が続くと、どこもあんな感じになるのかな……」
今来た方へとユウの視線が向いている。近くからでも、遠くからでも、戦闘によって荒らされた大地がよく分かった。砲弾や爆弾で深く掘り返されていたり、理力甲冑の大きな部品や装甲があちこちに落ちている。
多くの負傷者が友軍によって救出されたが、それでも全てではないだろう。運良く回収された遺体もあるが、まだかなりの兵士が行方不明者として捜索されている。
「そうね……長引けば長引くほど、泥沼になるのかも。連合も帝国も、なまじ大きな国家だから」
「ねぇ、クレアはどうやったらこの戦争を終わらせられると思う?」
突然の質問にクレアは戸惑う。が、ユウの表情を見て、それが真剣な質問であると分かった。
「難しい問題なのは確かよね……。普通に考えれば、戦争が終わるのは攻めてきた方が目的を果たすか、継戦ができない状況に陥るか」
この戦争は、帝国の領土拡大がその目的と言われている。つまり、連合に属する都市国家のいくつかをその版図とすれば帝国の目的は達成される。そしてそれは、連合の敗北を意味する。
「もしそうなった場合、一番怖いのはその後の経済や物流、工業に食料が帝国に独占されることね」
オーバルディア帝国は周辺の植民地を含め最大の領地を持ち、軍事力においても右に並ぶ国はない。工業、科学技術でも秀でており、市民も比較的豊かな生活を送っているという。
その巨大国家に対抗するべく、大小数多くの都市国家が寄り集まったのが都市国家連合であり、そこまでしてようやく帝国と同規模か、というところである。
「だから、帝国に国や土地を奪われたらその分だけ帝国の力が増すって事だよね」
「ええ、これまでも帝国は諸国に高圧的な態度を示したり、力ずくで他国を植民地化してきた歴史があるわ。そしていずれはこの大陸全部を統一するんじゃないかって」
そして、この戦争で連合全てを打ち倒す必要はない。連合全体の半分、いや三分の一でもその手中に収めれば帝国の勝ちは決まるのだという。
「それだけ奪えれば、もう誰も帝国に文句を言えなくなるもの」
「あとはゆっくり経済や資源を武器に大陸を統一……か。確かに戦争は終わるね」
「でも、それだけは絶対に避けなければならない。で、他の方法なんだけど、帝国が戦争を続けられなくなる状況ね。いくつかあるけど、まずはこの戦争が長期に渡ること」
帝国のような巨大国家といえど、無制限に戦争を続けられるわけではない。戦争とは、資源や経済、人員を大量に消費するものだ。小国同士の小競り合いでは済まされない規模の戦いは確実に国家の体力を削っていく。
さらに、オーバルディア帝国と都市国家連合の戦争が本格化する直前まで、工業国家シナイトスとの戦争があった。結果的にシナイトス侵攻は早期に終結したが、それでも相当な負担になっているはずである。
「立て続けに戦争をやれるなんて、帝国が何年も何十年も前から戦争の準備を怠ってなかった結果なんだけどね」
帝国が成立したおよそ二百年前から、軍事には力をいれてきたのだという。そうでもしなければ、当時は新興国家の一つや二つ、簡単に攻め滅ぼされる可能性があったからでもあるが。
「うーん、戦争の長期化って、具体的には……?」
「そうね、国家の余力なんて簡単に計算できないけど……いまの状態が続くなら五年から十年? 休戦期間を挟んだらもっと長くなるわね」
「そんなに?!」
「そんなに、よ。もちろん、色んな要因があるから短くなったり、長くなったりするわ。確実に言えるのは、帝国も連合もそこまで戦い続けると共倒れするってこと」
クレアの言葉にユウは難しい顔をする。
「それじゃあ、みんなが辛くて大変なだけだよね。もっと別の……」
「ユウ、アンタの考えも分かるけど、それはあくまで理想論よ。いますぐ戦争が終わって平和な世の中がくればいいけど、それがどれだけ難しいかはユウでも理解できるはず」
「それは……そうだけど」
「まぁ、方法があるとすれば、それは一つだけね」
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