第73話 進展・4

第七十三話 進展・4


 勝てる。


 そう確信したガスは相対する白い理力甲冑を睨みつけた。


(ヤツの武装はもうあの盾だけ! 他には何も無い!)


 ギリ、と握りしめる操縦桿。その掌には汗がにじみ、心臓の鼓動は焦燥感を煽る。


 しかし、ここで勝ちを急いではいけない。あくまでも冷静に事を進めなくては。長年の経験と勘がそう告げている。


 ガスが操るステッドランドは右手にナイフ、左手に電磁ムチ。そしてまだ背部には試製散弾銃ショットガンを背負い、腰には片手斧がある。ゆっくり、慎重に追い詰めるのだ。


 左手を左右に振り、ムチの先端を加速させる。二、三度、頭上を旋回させると、その速度はまさに目にも止まらぬ速さになった。その勢いを保ちつつ白い機体目掛けてムチをしならせると、先端は音速を超えて文字通り空気を切り裂く。


 鳥の鳴き声にも似た鋭い音を立て、ムチは白い盾を弾く。鋼鉄製の細い線をって束ねたこのムチならば、薄い鉄板程度、簡単に引き裂くだろう。それがたとえ理力甲冑用の盾といえど、何度も打てばそのうちバラバラになるはずだ。


「なっ?!」


 そう思っていたガスは全くの無傷のままな盾を見て驚愕する。


 二度、三度。四度、五度。繰り返しムチの一撃を盾に浴びせるが、びくともしない。


「これでどうだ!」


 ムチの先端が盾と衝突する瞬間、充電池から強力な電圧が流れる。瞬間、放電によって青白いイオンが明滅した。


「これでもダメなのかよ!」


 白く塗られた盾は表面がすこし焦げた程度で、大した効果はないように見える。


 それならばとガスはムチで牽制しつつ、機体を一回転させると背中に背負っていた散弾銃を手に取る。相手はムチの牽制を受け止めるのに必死で動けないままだ。


 ガスのステッドランドはさらにもう一歩前進し、散弾銃の引き金を引く。激しい火薬の爆発が無数の鉛玉を加速させる。


 硝煙が晴れる間もなくムチを放り投げ、次弾を装填し再度引き金を引く。やがて装填されていた全ての散弾を撃ち尽くすと、その場に銃を捨て、片手用の斧を腰から振り抜いた。


「てめぇはもう、おしまいだぁ!」


 上段から足下に向けて斜めに斬り下ろす。そのまま、肩をぶつけ敵の姿勢を崩しにかかり、トドメとばかりに水平に凪いだ。


 手応えはあった。この猛攻を避けきれるはずもない。いくらあの盾が頑丈と言えども、これだけの攻撃を叩き込めば――――


「な……んだと……?!」


 そこには、白い理力甲冑が無傷で立っていた。


 全ての攻撃を、あの盾一枚で防ぎきったのだ。手応えはあったが、ムチの一撃、散弾銃の至近射、斧による斬撃。そのどれもが一切の傷にすらならなかったのだ。










「……ここからはこっちのターンだ!」


 ユウが叫び、アルヴァリス・ノヴァが改めて盾を構え直して地面を蹴った。


 目の前にいた敵ステッドランドに盾ごとぶつかり、思いきり弾き飛ばした。その突進力は全身のスラスターの補助推進、新型人工筋肉のバネなどを総動員したもので、街の外壁程度ならば一撃で吹き飛ばせるほどだろう。


 その凄まじい衝撃を一身に受けたステッドランドは宙に舞い、砕けた装甲の一部が剥がれ落ちる。アルヴァリスはさらに追撃を仕掛けるべく、スラスターを吹かせた。


 左腕を振りかぶり、盾の先端で殴り付ける。その度に装甲が嫌な音を立てて歪んでいく。敵機が力なく倒れ込むとアルヴァリスはその上へ馬乗りとなり、機体の頭部目掛けてトドメの一撃をブチ込んだ。










 ――――オーバルディア帝国帝都。そこに本拠地を構える軍本部の一室。


「クリス・シンプソン。貴官の拘束を解く。速やかに原隊へ復帰せよ」


 そう言うと刑務官は手錠を外し、手早く部屋を出ていった。


「全く……手厚いもてなしだな」


 少し腫れてしまった手首をさすりながら、クリスはため息を吐く。すると部屋のドアが鳴った。


「入るぞ、シンプソンは貴官だな?」


 大柄で厳つい風体の軍人が姿を現す。その顔はよく知ったもので、クリスは条件反射的に敬礼をする。


「はっ、私がクリス・シンプソンであります。ドウェイン・ウォー殿」


「畏まらんでいい。ここには二人しかおらん」


 ドウェインは備え付けのベッドに腰を下ろす。その大きな体の体重に、思わずベッドが悲鳴を上げてしまう。


「拘束されて軟禁生活を送っていたそうだが、案外良い部屋ではないか」


「……貴方ほどの人が、一体何の用ですか? 軍の試作機体を奪い敵前逃亡した容疑が掛けられている、この私に」


「まったく、せっかちだな。……貴官が数か月もの間、行方をくらましていた理由を聞こうと思ってな」


 いかにもウンザリした顔をし、それを見たドウェインは苦笑する。


「どうせ貴方も知っているのでしょう? 謎の島で遭難していたんですよ。理力甲冑と一緒に」


 クリスは軍に戻ってからのこの数日間、散々同じ回答を繰り返してきた。先ほど言った通り、彼には軍の装備品扱いであるティガレストを不当に占有し、あまつさえケラートでの戦闘中に逃亡した容疑でつい先ほどまで拘束されていた。このままでは軍事裁判に掛けられるところだったが、何故かつい先ほど解放されたという訳だ。


「ふっ、誰も信じんだろう? そんな与太話」


「ええ、この話をするたびに頭がおかしいか、罪を認めようとしない愚か者という風に見られましたよ。どうせ、貴方も疑っているのでしょう?」


「……なぜ、戻ってきた? どうあっても貴官は逃亡兵の誹りを免れん。戻るにしても、適当な嘘を言ってやり過ごすことも出来た。何故だ?」


 クリスは静かに目を閉じる。


「……そうですね、ある少年に感化された……いや、違うな。私は私が正しいと思ったことをしたまでです。その結果、どうなろうとも」


 その表情はどこまでも真っすぐで、何も後悔はないように見える。そしてなるほど、と呟いたドウェインはニヤリと口角をあげた。


「それで? の連中とは何を話したんだ?」


「……! なぜ、その名前を……?! もしや貴方は、知っている側の人間、ということですか……?」


 クリスがこれまでに尋問で話したのは謎の島に遭難したこと、召喚のこと、その前後では時間が連続して経過していないということ。それ以外の、ユウの事やアムレアスに関する内容は喋るのが憚られた。これは誰に言っていいものではないと判断したからだ。


「察しが良いな。まぁ、つまりそういう事だ。ついて来い。この世界の秘密を知った貴官はその扱いが難しい。今後は私の下で働いてもらうぞ」


 そう言うとドウェインは扉を開け、外に出る。


「おっと、そうだ。私の中隊は今度、再編されることになった。これからは部隊だ。これでお前の事を僻んでいた連中の鼻を明かせるな」


「は? 何だと、どういう事だ?!」


 あまりにも唐突な話に、クリスは思わず素の喋り方が出てしまう。


「どうもこうもない。素直に喜べ、あの皇帝を守護する最強の理力甲冑部隊、侍衆さむらいしゅうと肩を並べられるんだぞ?」










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