第73話 進展・3

第七十三話 進展・3


 辺りが、やたらと騒がしい。


(チッ、うるせぇな……寝れやしねぇ)


 医療用のベッドから体を起こし、廊下の方を見る。多くの兵士が行き交い、あちこちから怒号が飛び交う。どうやら敵襲のようだが、それにしては騒がしすぎる。


 木造だがしっかりとした造りの前線基地、その一角にある医療室。そこには戦場で負傷した兵士がベッド、床を問わずに寝転んでいる。歩兵、砲兵、工兵、そして理力甲冑の操縦士。殆どの者は重傷を負っており、応急処置が施されてはいるが、本格的な治療は内地都市部に戻らなければ医師も薬品も足りていない。


 その操縦士、ガスパール・ボーンが再びベッドへ横になると木組みがギシリ、と嫌に鳴った。


 彼は昨日の戦闘で負傷したのだが、幸いなことに大きな傷はなかった。しかし、角付きの操縦士スゴ腕という事で、床に寝かせるわけにもいかず、かと言って杜撰な処置で放り出すわけにいかなかった。後でインネンをつけられたり、文句を言って暴れられないようにするためだ。


 そんなわけで彼は一日寝ればすっかり元気になったのだが、医師には安静にしてろと口うるさく注意され、基地司令からは機体を喪った操縦士はそこで寝ていろと言われてしまい、すっかりふて腐れていたのだ。


(まったく……俺は生き残ったっていうのによ……)


 ガスは戦死した相棒の事を思い出す。よく喧嘩をするし、いけ好かない奴ではあったが、それでも戦闘に関しては信頼の置ける人間だった。


 スカした態度で気に食わないが、マーヴィンの射撃の腕は帝国でも随一だ。その針の穴をも通すかのような正確な狙いはとても頼もしい。だが、それを顔に出すとマーヴィンがつけ上がるのでガスはいつも黙っていた。


 マーヴィンの援護射撃があるお陰で、ガスは遠慮なく敵と殴り合える。口を開けばイラつく事ばかり喋るが、それでも他の奴と組む気は起きない。なんだかんだでガスはマーヴィンの相棒だったのだ。




「気晴らしに散歩でもするか……」


 余計に気が滅入ったガスは外の空気でも吸おうと思い立つ。体はピンピンしてても、消毒薬と血と、病室特有のえたような匂いを嗅いでいると別の病気になりそうだった。


 足元に寝転ぶ他の負傷者を踏まないように気を付けながら外に出ると、その騒がしさが肌に突き刺さるように感じる。ガスは直感的に、これは只の敵襲ではないと悟る。


「おい、一体どうしたんだ」


 たまたま見知った顔を見つけると、その肩をむんずと掴む。


「痛ェな! ……って、なんだ、ガスじゃねえか。もう傷はいいのか?」


「ああ、こんなもんツバぬっときゃ治るもんよ。って、そうじゃねぇ、この騒ぎはなんだ! ここまで敵が来たのか?!」


「ああ、ヤベェことになってるぞ。敵のスカート付きが上空から妙なガスを撒きやがったんだ。そしたらウチの理力甲冑、殆どが動かなくなっちまったんだよ」


 ガスは頭を殴られたかのような感覚に襲われた。


 スカート付きレフィオーネ。理力甲冑を動かなくさせるガス。


 それはつまり。


「あんの野郎……! 俺の機体からデストロイアを奪いやがったのか……!」


 青筋を浮かべ、憤怒の形相になる。まるで猫科の動物が威嚇するように、その黒い髪が逆立つ。


「お、おい! 大変だぞ!」


 と、そこへ別の兵士が慌てて駆け込んできた。確か、別の部隊の操縦士だった男だ。


「連合のやつら、あちこちの拠点に奇襲をかけてるって話だ! 噂じゃ、連合の白い影もこっちに来てるってよ!」


「まじかよ! そういや、お前も昨日、そいつにやられたんだってな? なぁ、ガス……って、あれ?」


 いつの間にかガスの姿は消えていた。そしてその直後、基地の格納庫からデストロイアの難を逃れ稼働状態だったステッドランドが、何者かに強奪されたという話をその兵士は後から耳にするのだった。










「敵機発見。ユウさん! クレアの姐さんが言ってたのはアイツじゃないですか?」


 ステッドランド・ブラストが立ち止まり、遠くを指さす。アルヴァリス・ノヴァとカレルマインもその場で停止し、ヨハンが言った先を注視する。


「……みたいだな。数は一機か? 武装は揃えてるようだけど……」


「たった一機で私達に挑むなんて、百万年早いですわ!」


「だな。ネーナ、行くぞ! ユウさんはそこで辺りを警戒待機しといてください!」


 言うが早いか、ブラストとカレルマインは弾かれるようにして敵機がいる方へと駆けだしていった。


「あっ! ……まったく、二人とも気を付けろよ!」


 仕方ないのでユウは自動小銃を片手に、言われた通り警戒に入る。あの一機が囮で、自分たちの周囲を包囲されているという可能性も捨てきれない。




 だが、ユウ達の考えは外れてしまった。


「ユ、ユウさん!」


「どうしたヨハン?」


「コイツ……つよッ! クソ!」


「そっちに行きましたわ! ユウさん、お気をつけて!」


 只ならぬ雰囲気を感じとったユウは草原の向こうを見る。そこには緑灰色の機体ステッドランドが立っていた。


「テメェ……これまでの借りとついでに相棒の仇、万倍にして返してやる! 覚悟しやがれ!」


 外部拡声器スピーカーから野太い男ガスパール・ボーンの声が響く。だがしかし、ユウにはその声の主に心当たりがない。


「でも、ヨハンとネーナ二人がかりを簡単に突破してくる奴だ……手強いぞ」


 アルヴァリスは小銃の銃口をピタリと敵機の足元に向けている。鋼鉄の脚が一歩を踏み出した瞬間、ユウはその引き金を引く。だが、敵のステッドランドは既にその場には居なかった。


「なっ?!」


 敵機は単純にはやかった。着弾する頃にはもうアルヴァリスの目と鼻の先まで距離を詰めていた。


(違う! 相手の操縦士はの詰め方が上手いんだ! 速さ自体は普通のステッドランドより少し素早いくらいだ!)


 そう彼、ガスパール・ボーンは元来、一撃離脱による強襲および、近接格闘戦を得意としていた。そしてその真骨頂は敵との間合い読む事、そしてその間隔の取り方であった。


 一気に懐に潜り込まれたアルヴァリスは咄嗟に後方へと飛び退る。しかし、ガスの機体もその後を追いながら右腕を小刻みに振るう。その手には小型のナイフが握られており、一撃一撃が的確に肩や肘、装甲の隙間を狙ってくる。


「くそ、避けきれない!」


 あまりにも早く、そして正確な狙いのナイフを全て躱すことは出来ず、アルヴァリスの装甲に傷が増えていく。今はまだ関節や人工筋肉に深刻な損傷はないが、それも時間の問題だ。


 突如、土煙が上がった。アルヴァリス・ノヴァが全身のスラスターを噴射し、その場を緊急離脱したのだ。


「一度、間合いをとって仕切り直し……って、うわ?!」


 ユウがその目に見たのは、土煙の中から突然あらわれたムチだった。


 そのよくしなるムチは生きているかのようにアルヴァリスの小銃を絡めとると、一瞬にして何処かへと放り投げてしまった。仕方なくユウは左腕の盾の裏、そこから片手剣を引き抜き次の攻撃に備える。


「逃がしゃしねぇぜ!」


 再びあの男の声。土煙が少し晴れ、ステッドランドの顔が覗く。そしてやはり、左腕をしならせるとあのムチが飛んできた。


「くっ、手強い!」


 ユウは襲い来るムチを剣で切り払おうとする。しかし敵機は器用に手首を返すと、逆にアルヴァリスの剣を絡めとったのだ。このムチは見た目以上に丈夫でしなるため、なかなか振りほどけない。


「ヘッ! ざまぁねぇ! ついでにこれも食らいやがれ!」


 別の攻撃がくるのかと警戒したユウは激しい衝撃に襲われた。


 一瞬、何が起きたのか分からない。目の前がチカチカし、舌や指先が引き攣ったように痙攣する。


「で、電撃?!」


 アルヴァリスの操縦席では、周囲の映像を写すモニターのいくつかが明滅していた。おそらく、あのムチから強力な電撃を流されたのだろう。その影響で無線などから煙が噴き出している。


 次の電撃までどれくらいの時間充電が必要なのかは分からないが、剣を絡め取られているままなのは危険だ。そう判断したユウはすぐに剣を手放す。


「こんなことならオーガ・ナイフを持ってくりゃ良かった……」


 後悔先に立たず。通常の理力甲冑同士の戦闘ならばその過剰な攻撃力と、大振りで扱いにくいという理由から今日はオーガ・ナイフは持ってきていなかったのだ。あの巨人のナイフが持つ切れ味ならば、たとえムチに絡めとられたしても簡単に切断できたかもしれない。


(無いものねだりは出来ないな……さて、どうする?)


 残る武装は左腕の中型盾のみ。オニムカデの甲殻は非常に頑強だが、果たして電撃には抵抗できるのだろうか。その性能を信じつつ、ユウは盾を前面に構える。









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