第73話 進展・2
第七十三話 進展・2
「さて、行きますか!」
クレアは口を強めに噛みしめ、レフィオーネを一気に降下させる。
重力に惹かれ、機体のあちこちが空気を切り裂いていく。腰部から展開しているスラスターからは圧縮空気がさらなる推力を生み出している。背部の理力エンジンもずっと使っていた物のように調子がいい。流石というべきか、先生が夜通しで調整してくれたお陰だ。
あれだけ小さかった基地が、理力甲冑が、間近に見えてくる。すぐさまクレアは姿勢を反転、帝国基地の上空へとレフィオーネを滞空状態にさせる。
「ガス散布開始!」
クレアが手元にある急ごしらえのボタンを押すと、レフィオーネの脚部に取り付けられた筒が展開した。パシュッ、と空気圧が解放され、円筒から中身が
それはキラキラと光に反射するガス状物質で、スラスターの圧縮空気と共に下方へとどんどん拡がっていった。
「あっ、ユウさん! ガスの散布が始まりましたよ!」
ヨハンが乗るステッドランド・ブラストが西の空を指差す。作戦が始まったのだ。
「よし、ヨハン、ネーナ、行くよ!」
「承りましたわ!」
白い理力甲冑と深紅の理力甲冑がゆっくりと立ち上がった。
作戦の概要は至って簡単だ。
前日の戦闘で帝国軍の
つまり、敵から奪ったこのデストロイアを帝国軍の前線基地に散布し、多数の理力甲冑を一度に行動不能に陥らせるのだ。すべての機体が一ヶ所に集まっているとは考えにくいが、それでもこの戦線に出撃する理力甲冑の大半を狙うことができるはずだ。
それと同時に、ユウ達理力甲冑部隊が周囲に散開して待機しているであろう敵部隊に強襲をかける。デストロイア散布による効果で敵の増援がくる心配もない。
この強襲で行動可能な敵機体の数を一気に減らせれば、帝国軍は撤退せざるをえない。しかし、裏を返せば連合軍にとってもこの作戦の成否が戦況に響いてくる。連合の理力甲冑も、前日の戦闘でかなりの数が損傷、またはデストロイアによって行動不能になっていたのだ。
いかに味方の損耗を抑えつつ、敵の機体を撃破するか。勝敗は行方はそこに懸かっていた。
そして、その目論見は上手くいきつつある。
一閃。ステッドランド・ブラストが持つ二振りの短刀、
「トドメッ!」
ブラストはその場でくるりと振り返ると左足を軸に、右足を跳ね上げた。後ろ回し蹴りが見事に決まったのだ。なすすべもなく倒れる敵機を視界の端に置きつつ、ヨハンは仲間の様子を見る。
後方ではネーナが操るカレルマインが掌打を繰り返し、反撃の隙を与えないでいた。一発一発は軽いが、流れるような動作から放たれる打撃は少しずつ敵の機体に損傷を溜めていく。
と、カレルマインの動きが僅かに鈍った。足場が悪かったのか、少し姿勢を崩してしまったのだ。そして、その隙を見逃すほど敵は甘くない。
反撃の一撃を食らわせようと、敵のステッドランドは片手斧を横凪ぎに振り抜く。よく研がれた刃先は鋭く、重量の乗った一撃だ。しかし、ヨハンはネーナを助けるでもなく、その戦いを観察していた。
カレルマインは迫りくる斧を前に、回避も防御もしていない。両足をしっかりと大地に踏み締めているだけだ。
「その斧、邪魔でしてよ」
無線越しにネーナの声が聞こえた。それと同時に、カレルマインの左膝が蹴り上がる。直後、敵機の片手斧は動きを止めていた。
カレルマインは左肘と左膝で斧を挟み込んで止めたのだ。刃先が胴体にめり込むかどうかという絶妙な瞬間。それをネーナは事も無げにやってのけた。先ほど見せた隙は
ガチリ、と止められた斧は押すことも引くことも出来ない。敵機は慌てながら斧から手を放し後ろへ下がったが、すでに遅かった。
カレルマインはその姿勢から左足を一歩前進、そして鋭い
いきなり片足を破壊され、その場に崩れ落ちそうになる敵ステッドランド。だが、ネーナの追撃は終わらない。
カレルマインは蹴足を戻すと、その反動を利用してさらに蹴りを放つ。今度は上段を狙ったものだ。左肘、左肩と合計三連撃。その蹴りは的確に各関節を完璧に破壊してしまった。
力なく倒れたステッドランドを背に、カレルマインは武道でいうところの残心を取った。
「ネーナ、お疲れ」
「ヨハン様こそ、ご無事で何よりですわ。後はユウさんですけど……」
「ま、ユウさんなら大丈夫でしょ」
少し離れた場所で白い理力甲冑が片手剣を巧みに振るう。その度に敵の機体の装甲が少しずつ削れていく。
「くそっ! いくら白い影といってもこっちは
帝国軍の理力甲冑部隊を率いる隊長は金切り声を上げる。通常、三対一の戦闘だと向こうに勝ち目はない。相手があの悪名高い
だが、この隊長はユウとアルヴァリス・ノヴァの実力を知らなかった。
「うん、やっぱりこっちの方が小回りが利いていいな」
ユウはアルヴァリスの操縦桿を軽く握り込みながら呟く。
アルヴァリスが手にしている片手剣はケラートでの戦いの折り、クリス操るティガレストに弾き飛ばされたものだ。あの戦いのあと、クレアが回収してくれていたのだ。
アルヴァリスは剣を中段に構えると、ピタリと止まった。全身の人工筋肉は程よく脱力しており、どんな動きにも機敏に対応できる。
敵のうちの一機が静かに背後へと回り込み、他の二機は前方へ。どうやら囲い込むつもりらしい。
しかしユウは慌てず、敵の動きをつぶさに洞察している。
一瞬の間のあと、三機のステッドランドは同時に飛び掛かってきた。それぞれ得物の切っ先をアルヴァリスに向け、一思いに串刺しにするのだろう。
ユウは操縦桿を握る手に力を込める。すると背部の理力エンジンの回転音が高くなっていき、全身のスラスターが一斉に稼働した。
爆発のような音を立て、アルヴァリス・ノヴァは敵の包囲を簡単に抜け出した。あまりにも速い動きは、敵の操縦士には何が起きたのか理解できなかったことだろう。それか、白っぽい残像だけが目に焼き付いたかもしれない。
アルヴァリスは全身のスラスターの向きを変え、器用に姿勢を安定させる。そしてスラスターの勢いを足で殺しつつ、左腕を腰の後ろに回す。取り出したのはアルヴァリスの専用
照準は付けずに、敵機が集まった辺りの地面へ向けて掃射する。ダダダッ、と小気味良い音が連続し、先の尖った鉛玉が地面を穿った。
それ自体は敵機に大した損傷を与えられないが、敵の連携を乱し、さらなる混乱を与えることになった。
「そこだっ!」
アルヴァリスは剣を持った手を振りかざすと、手前にいた機体目掛けて投擲した。剣は綺麗に三回転したのち、機体の胸部へと突き刺さる。そしてその直後、再びスラスターを吹かせたアルヴァリスがそこへ突進してきた。
すれ違い様に剣の柄を掴むと、勢いを利用してそのまま胸から肩にかけてを切り裂く。そして振り抜いた先には別の機体が。鋭い切っ先は首を見事に断ち、理力甲冑の機能の大半を奪う。間髪いれずに剣を翻すと、残った敵機の剣を弾き飛ばし、盾の先端で殴り付ける。
オニムカデの強靭な甲殻を加工して作られたそれは防御だけでなく打撃にも有効だ。それを物語るかのように殴られた顔面は無惨にへしゃげ、首がもげかかっている。
一瞬にして、三機の理力甲冑が行動不能になってしまった。
「ユウさん、お疲れっス」
ユウは撃破した機体から操縦士が逃げるのを遠目に見ていた。以前のヨハンなら敵を逃がすことに違和感を覚えたが、今ではユウの考えを汲み取っている。
「ん、そっちも無事に倒せたみたいだね」
「もちろんですわ。ユウさんがいない間も修行は欠かしていませんもの!」
「あっ、こらネーナ!」
「ああ、いや、いいよ。ヨハン」
「でもユウさん……」
「今は作戦に集中しよう。クレア、聞こえる?」
ユウはガスを散布し終わり、空中で敵の様子を本部へ報告しているはずのクレアを呼び出す。
「なに、どうしたのユウ」
「こっちはあらかた片付け終わったけど、そっちはどう?」
「そうね……ぱっと見、五割くらいは行動不能になってるみたい。残ってる機体も、現場が混乱してるみたいでなかなか出撃できてないわ」
「これなら作戦は無事に成功するかな。……でも気を付けてよ? 今のレフィオーネは……」
「分かってるわよ! ユウまで! ……あら、ステッドランドが一機、出撃したわね。たぶん、ユウ達がいる方向に向かったわよ」
「了解、すぐに迎撃するよ」
ユウ達は急ぎ報告のあった方角へと歩みを進めた。
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