第73話 進展・1

第七十三話 進展・1


「そうか、マーヴィン・ハドックは戦死したか……」


「はっ、報告によると、連合のスカート付きレフィオーネに撃破された可能性が高いとの事です」


 オーバルディア帝国の前線基地の一つ。戦争以前から密かに作られた木造の建物には司令部が置かれ、そこでは司令官が部下からの報告を聞いていた。


角付きエースの彼がやられるとはな……あの白鳥部隊ホワイトスワンは強敵ぞろいと聞いていたが、ここまでとは」


 部下は司令官の表情を盗み見る。マーヴィンは腕は確かだが、なにかと問題行動が付き纏う操縦士だった。そんな彼が死んだとあって悩みの種が一つ消えた、と考えるのは彼の邪推ではないのかもしれない。


「奴には相棒が居たな。確か……」


「ガスパール・ボーンです。彼も機体を撃破され、今は治療中です。幸いなことに、命に別状はないと聞いております」


「ふむ、角付きが二人も。しかし、不幸中の幸いといったところか。彼らは彼らの仕事を全うした。敵の理力甲冑の損耗率はどれくらいだ?」


「正確な数は分かりませんが、恐らく配備されている部隊の約二割弱は戦闘不能になったはずです。修理するにも、当分は人工筋肉の数が足りなくなるので連合の戦力は大打撃を被ったでしょう」


「そうか。対してここ数日間、我が軍の損耗は許容範囲内。……この数日が勝負だな」


「明日、大規模な補給がやって来る予定です。それを踏まえて、三日後の攻撃作戦を立案中です」


「ふむ。ようやく前へと進めるか。帝都への報告は良いものになりそうだな」


 そう言うと司令官は安堵した様子で机の上のコップに手を伸ばす。もう何か月も膠着した戦況を打破できずにいたため、軍上層部からはお小言を言われ放題だった。ひょっとすると指揮能力を疑われて後方へと更迭されるかもしれないのでは、と内心恐怖していた。


「……なに? 本当か?!」


 突然、無線通信担当が大きな声を出す。その剣呑な声色に司令官は少し眉をひそめてしまう。


「どうした?」


「あっ、いえ……その」


「報告は明瞭に! 何があった?」


 部下が叱責すると、その通信士は萎縮してしまった。それを見て司令官はゆっくりとコップに口をつける。ほろ苦いお茶の味が舌に広がり、いくらか気分を落ち着けていく。


「まぁまぁ。君、きちんと報告したまえ」


「は、はっ! ガスパール・ボーンの乗機、オキサイドを回収した部隊からの報告です。ガス状兵器、デストロイアの弾頭が……その、奪われた形跡が、あると……」


「……なんだとっ?!」


 コップが滑り落ち、床に中身をブチまけてしまった。









 翌日の早朝。まだ薄暗い時間帯。


 昨日の戦場から少し離れた森に面する一帯。そこでは連合軍の部隊が集まり、臨時の拠点を形作っている。ここは多くの人間が生活する場であり、理力甲冑の応急修理の工房でもあり、そして兵が出撃する基地なのだ。


 近くにアルトスの街があるため、本格的な設備や施設は存在しない。そのどれもが臨時のものだ。臨時の兵舎、臨時の工房、臨時の防壁。しかし、それがあちこちに展開している。それがかえって効果的な役割を果たすのだ。


 帝国軍の電撃戦は恐るべき進軍速度を誇ったが、対する連合軍は大規模な縦深防御を展開した。その要は高速飛行艇によるもので、そこで連合軍は最前線からの侵攻を一部、通過させたのだ。


 前線を突破した敵部隊は連合領内で待ち構えていたからなる防御部隊に待ち伏せされ、個別に撃破されていった。まるで柔軟な網に捕らえられたかのように、敵の進撃速度は削られ、孤立し、磨り潰される。


 当初は思い切った戦術と思われていたが、ふたを開けてみれば想定以上の効果を挙げていた。


 


 そして、そんな臨時基地のいくつもあるうちの一つ。その一角にホワイトスワンが駐機しており、その傍らには四機の理力甲冑が佇んでいた。


「さって、これで準備は完璧……と言いたい所デスが……」


 目の下にはっきりとクマを作った先生がレフィオーネの前でうんうん唸っている。


「大丈夫よ、先生。今回の作戦で私は直接戦闘には参加しないから」


「とは言ってもデスよ。クレアはすぐ無茶をするから手放しに信用できないデス」


「うっ……さ、流石に装甲のない理力甲冑で無茶はしないわよ……多分」


 近くの松明の明かりを受けてレフィオーネの姿がゆらりと浮かび上がる。いつもの淡い水色の装甲は大部分が取り外され、まさに最低限、といった装いだ。華奢な機体がさらに細く見えてしまう。


「あんだけぶっ壊れていたのを一晩で人工筋肉全部張り替え、スラスターも完全に修復、新しい理力エンジンとの同期まで終わらせたんデスから、これで傷一つでも付けて帰ってきたらタダじゃすまさないデス」


「分かってる、分かってるわよ!」


 これ以上、ここにいたら先生に嫌味を言われ続けないと判断したクレアはいそいそと操縦席へと登っていく。


「先生、クレアは?」


「お、ユウデスか。クレアなら丁度レフィオーネに乗り込んだとこデス」


 ホワイトスワンの方からユウがこちらへとやって来る。いつもの操縦士用の戦闘服パイロットスーツを着こんで、あとは出撃を待つだけだ。


「もうそろそろ出撃か。こっちも乗り込んどくかな」


 ユウが振り返ると、ヨハンとネーナが小走りにやって来る。彼らも準備万端のようだ。


「ユウ、クレアが無茶しないように見張っといてくれデス。今のレフィオーネは紙装甲どころか、殆ど装甲外してるデス」


「ん、分かりました。皆、無事に戻って来れるように頑張ります!」


 その声からは気負う事のない自信が感じられる。どうやら昨夜の不安は無くなったようだった。





 ユウ、ヨハン、それとネーナが自身の機体に乗り込むのと同時に、レフィオーネが甲高い音を響かせながら一足先にまだ暗い空へと飛び立った。


 いつもの狙撃用半自動小銃や対魔物用ライフル、ブルーテイルは持っていない。その代わり、脚部周りに円筒形がいくつも連なった部品が取り付けられている。これがクレアの言っていた作戦成功の鍵だ。


「こちらクレア。ホワイトスワン、リディア? 聞こえる? レフィオーネは予定通り帝国軍の前線基地へと向かうわ」


「こちらホワイトスワン。了解したよ。他の部隊にも連絡を回すから、作戦開始時間には気を付けて」


「分かってる。例のブツを散布し終わったらそのまま観測に移るわ」


 無線を切り、クレアはレフィオーネの高度をあげていく。周囲の空気は次第に冷えていき、吐く息も白くなっていく。普段なら装甲である程度は断熱できるのだが、今はほとんど剥き出しだ。


 しばらく飛行していくと、眼下の草原に白っぽい点や線が見える。帝国軍の前線基地だ。


「けっこうしっかりした基地じゃない」


 敵に感づかれないよう、高度を維持したまま基地の様子を窺う。その周囲には理力甲冑らしき人型が確認できる。格納庫のような大きな建物もいくつかあるが、全てを収容する事はできないのか、かなりの数が露天駐機野ざらししていた。


 おそらく、まだ別の所にも小規模な拠点がいくつか存在するのだろう。しかし、ここを叩けばまとまった損害を与えることが出来る。


「今回の作戦におあつらえ向きね」


 しばらく基地上空を旋回し、風の流れを確認しつつ作戦開始の時刻を待つ。上空から見える景色は格別で、クレアはいつもこの役得を楽しみにしていた。


(ここから見える朝日は綺麗ね……いつか戦争も終わって、戦うため理力甲冑に乗らない日が来るのかな……)


 暗い青と明るい赤が混じりあい、はるか東の彼方は不思議な色合いを見せる。朝の僅かな時間にのみ見られる景色だ。そうしていると突き刺すように眩しい日の光が。


「っと、そろそろ時間ね。味方の理力甲冑も見えてきたし」







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